山下ユイが男の股間を責めることに興味を持ち始めたのは、それほど前のことではない。 彼女は中学から陸上を続けており、スラリと伸びる長い脚を持った、痩せ形の美人だった。しかし性格は内気な方で、人並みに異性への関心はあったものの、恋人関係にいたるまでのことはなかった。 そんな彼女に声をかけてきたのが、同じ陸上部の先輩の吉村アツトである。 アツトは短距離走の選手で、ユイも密かに憧れを抱いている、爽やかな好青年だった。しかも彼は積極的で、ユイが自分の誘いにまんざらでもない態度を見せると、グイグイと自分のペースに引きずり込んでしまったのだった。 そうしてある日、部活動が終わった後、ユイはいつの間にか、アツトの家で二人きりになってしまっていたのである。
「何か飲むだろ? ちょっと待ってて」
そう言い残して、部屋を出て行った。 家に入る前から、すでに緊張の頂点を迎えていたユイは、もはや自分が何を見て、何を聞いているのかさえ分からなくなっていた。 高校生の女の子が、男の部屋でいきなり二人きりになってしまったのだから、無理もない。 やがてアツトが部屋に戻り、ジュースを持ってきても、それを手に取ることさえできなかったのだ。
「え…と…。山下…」
「は、はい!」
ユイがあまりに緊張しすぎているのが分かったため、さすがに気まずくなってしまったようだった。
「そんな…緊張するなよ。まあ、俺もそこそこ緊張してるんだけど…。山下は、俺のこと嫌いなのかな?」
好きとか嫌いという言葉は、この年頃の男女にとっては、何よりも重たいものだ。かろうじてその言葉は、ユイの耳に届いてきた。
「あ…! いいえ…。嫌いとかじゃなくて…」
「そ、そうか? じゃあ…す、好き…かな…?」
アツトの方も、相当な覚悟をもって口にした言葉だった。 それを聞いたユイは、雷に打たれたような衝撃を受け、しばらくは目を丸くしてぼうっとしていたが、やがてためらいがちにうなずいて、上目づかいにアツトを見つめた。
「……あ…そうか…。うん…。よ、よかった…」
アツトの顔が、パッと明るくなった。それを見ると、ユイの方も興奮を抑えきれなくなってしまう。 すでに自分の心臓の音が耳鳴りのように響いていたが、それはさらに大きくなるようだった。
「あの…山下…。目、つぶって…?」
二人はベッドの上に座っていたが、すでにお互いの呼吸がかかるくらいに、顔を近づけていた。 ユイはその言葉が何を意味するかすぐに悟り、ゆっくりと目を閉じた。 数秒間の沈黙の後、ユイの唇に、暖かい感触が重なった。 思わず薄目を開けると、いつも憧れていたアツトの涼やかな顔が、すぐ目の前にあった。
「……!!」
不意に、アツトの鼻息が荒くなり、口づけをしたまま、ベッドに押し倒してきた。どうやら、猛り狂うような若い欲望を抑えきれなくなってしまったらしい。 ユイは驚いて顔をそむけ、必死に押し返そうとした。
「あ…やだ…!」
しかしアツトの力は強く、ユイの体を抱きすくめて、再び強引にキスを迫ろうとする。
「山下…! 俺…!」
「やめて! やだ…! いやだってば!!」
ベッドに押し倒された彼女の右脚が跳ね上げられたのは、まったく意識したことではなかった。あるいはそれは、貞操を守ろうとする女の本能がさせたことかもしれない。 男に襲われた女が使う、最後の切り札。力で劣る女性のために、神様が用意してくれた、最終手段。逆に男は、どんなに強引に女の体を奪おうとしても、きちんと同意を得られなければ、最後の最後で痛い目を見る。 考えれば考えるほど、そのために作られたとしか思えないのが、男の最大最弱の急所だった。
「うぐっ!」
興奮しきっていたアツトの頭から、一気に血の気が引いて行った。 あとほんの少し、目の前に迫っていた男の欲望の最終地点さえ、一瞬で忘れ去ってしまう程の衝撃だった。
「あうぁ…!」
両手で股間をおさえ、あっという間にベッドの上にうずくまってしまった。 ユイは一瞬、何が起こったのか分からなかったが、アツトの力が緩んだのに気付くと、急いでベッドから立ち上がった。
「ハア…ハア…」
すでにいくつか外されていたシャツのボタンを留めながら、何が起こっているのか理解しようとした。 目の前には、両手で股間をおさえ、尻を突き上げるようにしてうずくまるアツトの姿がある。 ユイは、さっき自分の脚が、どこに当たってしまったのかを理解した。
「うぅん…あぁ…」
ベッドに顔をうずめて、アツトは小さな子供のような鳴き声を上げた。 突き出した尻の下で両足がピクピクと動いているのが、妙に滑稽だった。
「あの…先輩…?」
自分はアツトのタマを蹴ってしまったんだ。男のシンボルである、最大の急所を。 さっきまであんなに激しく力強く動いていた体が、急にしおらしくなってしまった。たった一回、タマを蹴られたくらいで。 そう考えると、危機を脱したユイの心に、妙な高揚感が生まれ始めていた。
「あの…私、帰ります…!」
ユイ自身、その得体のしれない高揚感に困惑し、すぐにその場を離れることにした。 アツトはもちろん、それを止めることもできずに、しばらくベッドの上で苦しむことしかできなかった。
(そういえば…中学の時に、女子の先輩が男子の先輩のアソコを蹴った時があったっけ…。あの時も、あの先輩はすっごい痛がってたな…)
アツトの家から帰る途中、ユイは自分の中の記憶を思い返していた。
(あのとき、私もちょっと蹴らせてもらったんだっけ…。それを体が覚えてたのかな…。必死だったから…)
ユイはもちろん処女だったから、押し倒された時は、本当に恐怖しか感じなかった。 あの時返事をした通り、アツトにほのかな好意は抱いていたものの、それが一足飛びにセックスにまでつながることは、彼女の中ではありえなかったのだ。
(先輩、痛そうだったな…。ちょっとやりすぎたかな…。でも、いきなり押し倒してきたんだから、先輩が悪いんだよね…。でも、あんなに痛がるなんて…。ちょっとおかしい…)
押し倒してきたときのアツトの興奮しきった顔は、まさしく盛りのついたオスのようだった。いつも爽やかで、後輩たちに対しても紳士的に振る舞っていたアツトがあんな風に変貌してしまったことに、ユイは驚いていた。 しかしそれが、自分の蹴り一つで、一瞬で大人しくなってしまったのである。
(あんなに必死で…。エッチの寸前までいってたのに、途中でやめちゃうなんて…。そんなに痛いのかな。我慢できないくらい? 男子って、エッチのことで頭がいっぱいっていうけど、それも忘れちゃうくらい痛いのかな?)
ユイにとっては、男の性的な欲望も、急所の痛みも、自分にはまったく理解できないことだったので、興味深かった。 しかもその二つは、同じ睾丸という二つの小さな玉を出発点にしているのだ。
(あのタマの中で、男の子は精子を作って、エッチがしたくなるんだよね…。でもそのタマを蹴られたら、痛すぎて、エッチな気分もなくなっちゃうの? なんでだろ。痛いなら、もっと頑丈にして、強くしとけばいいのに…。フフフ…)
女の子にとっては、それは大きな謎であると同時に、男に対しての優越性の証明のようなものだった。 男は女とエッチをするとき、必ず性器を出さなくてはならない。しかしその性器が、実は男の最大の弱点で、女はその気になれば、いつでもそれを叩きのめして、男を拒絶することができる。 オスの選択権はメスにあるというのが、大方の自然動物の習性だったが、それはどうやら人間に対しても当てはまるらしかった。
(何か…男の子って、面白い…!)
ユイの目に焼き付いた、股間をおさえて苦しみもがくアツトの顔は、泣いている子供のように切ないものだった。 それを思い出すと、自然と笑みがこぼれてしまうことに、ユイは自分でも気がついていなかった。
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