「出来心ね…」
ヒトミはしかし、表情を崩さず、ポケットから白い手袋を取り出して両手につけた。 そしてうずくまっているユウジに歩み寄ると、その鼻面に、思い切りビンタを入れた。
「ひゃっ!」
女の子のような声を上げて、ユウジはのけぞった。 巨体がベッドを揺らし、足を大きく広げて、股間をさらしてしまう。 ヒトミは先ほど痛めつけた金玉を、トランクスの薄い布ごしに再び握りしめた。
「昨日、言ったわね? 一生後悔させてあげるって。聞いてなかったのかしら? それとも、私の言葉が理解できないくらいバカなのかしら? どっちなの?」
「ぎゃあぁ!」
再び男の最大の痛みに襲われたユウジは、身も世もなく叫んだ。
「ねえ、どっちなの?」
答えを要求するかのように、ヒトミはさらに強くユウジの金玉を握りしめた。 ユウジはたまらず、叫ぶようにして答えた。
「バ、バカでした! ボクがバカでした。ごめんなさい! ごめんなさい!」
「そう。バカなの。だったらもう、しょうがないわね。バカには体で分からせないと」
囁くように、ヒトミは言った。 ユウジは背中に冷たい汗が流れるのが分かった。 今、自分の命の次に大切な金玉が、彼女の手の中にしっかりと握られていて、その生殺与奪まで彼女に握られていると思うと、心の底から恐ろしくなってきたのだ。
「立って、奥田さん。ゆっくりでいいから。ほら。少し緩めてあげるから」
言葉通り、少しだけヒトミの手が緩んだが、ユウジの体はまだとても立ち上がれるほどではなかった。 でっぷりと突き出た腹を揺らして深呼吸していると、ヒトミは痺れを切らしたように叫んだ。
「立て! この変態!」
「ぎゃああ!! はいぃ!」
白い手袋が金玉袋に食い込み、それを引っこ抜くようにして持ち上げると、ユウジの巨体がようやく立ち上がった。
「そう。立てるじゃない。まったく、大げさなんだから」
ヒトミは呆れ顔でそう言ったが、ユウジにしてみれば、必死の思いで力を振り絞ったのだった。 男にとって金玉がどういう器官で、それを握られるとどういう痛みがあるのか。まったく理解できないヒトミだからこそ、ここまで乱暴なことができるのだろう。 今、ユウジは膝から力が抜けて崩れ落ちそうになるのを、とめどない痛みの中で必死にこらえているのだった。
「少し、話をしましょうか。ねえ、奥田さん。あなたこの部屋で、いつも何してるの? 学校にも行かないで。アルバイトもしてないんでしょう? 何をしてるのかしら?」
金玉を握る手は決して緩めようとせず、ヒトミは話しかけた。 彼女の手が、マッサージのように金玉を揉みしだくたび、ユウジは呼吸が止まる思いだった。
「いつもは…ゲームとか…テレビとか、見てます…ウッ!」
「そう…。じゃあ、この気持ち悪い人形たちは、何のために置いてあるの? これ全部、アナタが買ったの?」
「こ、これは別に…。気持ち悪くなんか…あうっ!!」
ヒトミは棚に並べてあるフィギュアの一つを手に取った。 改めてよく見てみると、そのフィギュアは全裸の女の子で、細部まで細かく作り込んであるらしかった。
「ヤダ…。この人形、こんなところまで作ってあるの…? ホント、気持ち悪いわね」
そのフィギュアは足を大きく広げた挑発的なポーズをとっており、その豊満な乳房にはピンク色の乳首が、その股間には、女性器の形が緻密に再現してあるようだった。
「これを見て、何してるの? これでオナニーしてるの?」
聞かれたユウジが恥ずかしくなるくらい、ハッキリと尋ねた。
「いや…。は、はい…。その…たまに…ですけど…」
「そうよね。こんなに可愛くて、エッチなポーズしてたら、興奮しちゃうわよねえ。こんなのを毎日見てたら、私の裸なんかじゃ興奮しないんじゃないかしら? ねえ、どうなの?」
いたぶるような口調だった。 ユウジは恐怖と痛みに震えながらも、先ほど目に焼きついたヒトミの下半身を思い出していた。
「あ…いや…それは…ぎゃあぁっ!!」
不意に、ヒトミが強烈な力でユウジの金玉を捻り上げ始めた。 ユウジの体からは痛み以外の感覚がなくなり、膝から崩れ落ちそうになる。
「バカじゃないの? 今、想像したでしょ、私の裸を? 想像してんじゃないわよ! さっき見た私の下着のことも、すぐ忘れなさい。今すぐ!」
ユウジは床に倒れ込みたかったが、ヒトミが金玉袋を放さない限り、それはできなかった。
「わ、忘れます! すいません! 忘れますから!」
ユウジは必死に叫んだ。 事実、痛みで頭が真っ白になってしまっている。 ヒトミは少しだけ、手を緩めてやった。
「まったく。アナタみたいな変態のオナニーのネタにされてるかと思うと、気持ち悪くなるわ。アナタ、セックスしたことあるの?」
「い、いえ…」
「そうよねえ。スカートの脱がし方も知らないんだから、そうだと思った…」
言いながら、ヒトミはさらにユウジの金玉を握る手を緩めてやった。
「ねえ、週にどれくらい、オナニーしてるの? いつもお人形さんを見ながらやってるの? それとも、ビデオとか?」
やがてその手はリズミカルに、金玉袋を揉み始めた。 ユウジの下腹部にはまだ重苦しい痛みが残っていたが、それはそれとして、掌の上で金玉を転がすような指先の動きには、心地よさを感じてしまった。
「え…と…。週に2回くらい…です」
「週に2回? ホントに? アナタみたいな変態は、毎日してるんじゃないの? 学校にも行かない、彼女もいないんじゃ、頭の中でいやらしいこと考えるのだけが楽しみなのよね? そうでしょ?」
「は、は…い…」
いたぶるような言い様だったが、ほとんど事実なので、ユウジには否定することはできなかった。 男としてのプライドよりも今は、睾丸をマッサージされる快感に身を委ねたかった。
「だからね。その奥田さんの唯一の楽しみを…私が奪い取ってあげるわ!」
ヒトミの手に、先ほど以上の圧力がかかり始めた。 今まで快感に身をよじっていたユウジは、突然の激痛に叫び声を上げる間もなく、息を詰まらせてしまう。
「あ…はぁぁっ!!」
もはや立っていることはかなわず、ユウジの意思とは無関係にその膝は折りたたまれてしまった。 しかしヒトミの手は一切緩むことなく、座り込んでしまったユウジの金玉を、ますます強く握りしめている。
「奥田さんはいやらしいことばかりしてるから、この部屋に居座り続けるんでしょ? だったらこの金玉を潰して、二度とオナニーできなくなればいいのよ。アナタみたいな人は、それでちょっとはマトモな人間になれるかもよ?」
ミサトはほほ笑みながら言うが、その手には万力のような力が込められ、本当にユウジの金玉を潰そうとする勢いだった。 ユウジは思わずヒトミの手を掴んだが、全身の感覚は強烈な痛みに支配され、まるで力が入らない。
「あがぁああ…!! は、離して…。離してください…」
絞り出すようにしか、声を出すことができなかった。 股間から発せられる痛みは、すでにユウジの呼吸器官にまで影響し、胃の奥から吐き気さえこみ上げてきているのだ。 涙と鼻水を流しながら懇願するその姿に、ヒトミはさすがに少し笑ってしまった。
「大丈夫よ。もうすぐ終わるから。犬だって、去勢すればおとなしくなるでしょ? 奥田さんも、明日にはさっぱりした気分で引越しができるはずよ」
ヒトミの笑顔は、ユウジにとってこの上ない恐怖だった。 金玉がどれだけ痛いのかさえ分かってもらえれば、手を離してくれるはずだと思ったが、この名状しがたい苦痛をどうやって女性であるヒトミに伝えればいいのか。昏倒する寸前のユウジの頭では分からなかった。
「ひっ…引っ越します…! ここから出ていきますから…。ゆ、許してください!」
ピクリと、ヒトミが反応した。 その手に込められた力が、わずかに緩んだ。
「あ、そう。アナタの方からそう言ってもらえると、助かるわ。でも、いつ引っ越してもらえるのかしら?」
ユウジはここでヒトミの機嫌を損ねてはなるまいと、必死に考えた。
「あ…はぁ…。こ、今週中には…ぎゃあっ!!」
「今週中? 今日はまだ火曜日よ、奥田さん。私は昨日、明日までに出て行けって言ったわよね? アナタはその約束も守ってないのよ。それはちょっとおかしいんじゃないかしら? ねえ?」
「はい。はい…その通りです! あ、明日までに出て行きます。出て行きますから…!」
問いかけるたびに、ユウジの睾丸はヒトミの手の中で無残に変形した。 ユウジは悲鳴を上げながら必死に許しを乞うたが、ヒトミは手を緩めることなく、さらに言った。
「あ、そう。明日? 無理しないでいいのよ。だって、そんなに急に引越しされたら、契約違反っていうことで、敷金と礼金を返せなくなるもの。合わせて20万円くらいかしら。それでもいいの?」
言葉とは裏腹に、ヒトミの手の圧力はじわじわと強くなっていく。 ひとつ答えを間違えれば、本当に金玉を潰されかねないとユウジは感じた。
「い、いいです! それはいいですから…!」
「本当に? 敷金と礼金は返さなくていいの? それじゃ何か悪いわね」
そう言いながら、ヒトミは笑っていた。
「そうだ。敷金の10万円だけ返すから、その代わりに奥田さんのコレを、一つ潰させてもらうっていうのは、どう?」
睾丸の一つに親指の爪を食いませると、ユウジの下半身には火がついたような痛みが走った。 これ以上力をこめれば、すぐにでもユウジの金玉は破裂してしまいそうだった。
「ぎゃあぁっ!! い、いいです! いいですから!! 離してください!」
喉が枯れんばかりの叫び声を上げるユウジを見て、ヒトミは楽しそうに笑う。
「あ、そう? 遠慮しなくていいのよ? ちょっと我慢すれば、10万円も貰えるのに。そうそう。それから、アナタがさっき汚い手で触ったこのスーツね。もう着たくないから、家に帰ったらすぐ捨てるつもりなんだけど…。どうしようかしら?」
「べ、弁償します! 弁償させてください! お願いします!」
「そう? 何か悪いわね。催促したみたいで」
「ああぁっ!!」
ニコニコと笑うヒトミに対して、ユウジの意識は今にも飛んで行ってしまいそうだった。 あるいはその方がユウジにとっては幸せだったかもしれないが、ヒトミは気絶すら許さないとでも言うように、リズミカルに揉みこむようにして、睾丸を握りしめているのだった。
「じゃあ明日、書類を持ってきますから、印鑑とお金を準備しておいてね」
涙を流しながら、必死にうなずいた。 ヒトミはそれを見て満足そうに笑うと、ようやくユウジの股間から手を離してやった。 ユウジはすぐさま股間を両手でおさえて、自分の金玉の無事を確認する。解放されたとはいっても、これから数時間は、この重苦しい痛みと闘わなければいけないのだ。
「奥田さんって、意外といい人だったのね。助かるわ。でももし、明日引越しができなかったら…」
うずくまるユウジの耳元に口を近づけて、囁くように言った。
「今度こそ、本当に潰すからね」
その声は冷たく、有無を言わせぬ迫力があり、すでに抵抗する気力を失っているユウジの脳内に、重く響くものだった。 「はい…」と、ユウジはか細い声で、うなずくことしかできなかった。
「じゃあ、よろしく」
ヒトミは一仕事終えたように揚々と立ち上がると、両手にはめていた白い手袋を外して、ユウジの頭の上に投げ捨てた。 ユウジは何も言うことができず、動くことさえできなかった。 やがてヒトミが部屋を出て行くのを確認すると、床に突っ伏して、シクシクと泣き始めるのだった。
終わり。
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