2ntブログ
男の絶対的な急所、金玉。それを責める女性たちのお話。


浅川ヒナは、一目で分かる不良少女だった。
中学生に似つかわしくない濃いめの化粧をし、長い髪を茶色に染めて、耳と唇にピアスをじゃらつかせている。小柄で、不健康に痩せていて、顔色も悪かった。
何よりその目つきは常に淀んでいて、しかし時折、ギラリと鈍く光るものがあり、彼女と会話する者を気味悪がらせた。
学校にはごくたまにしか来なかったが、来たら来たで、何かしらのトラブルを巻き起こすのが常だった。
この日の帰り道もそうだ。

「おい、待てよ、浅川!」

呼びとめたのは、これもまた一目で不良と分かる男子生徒だった。
振り向いてその顔を確認すると、ヒナは明らかにめんどくさそうな表情を浮かべた。

「山崎か。なに?」

「とぼけんな! お前、いっつも無視しやがって。逃げてんじゃねえぞ!」

山崎は大声で威嚇したが、ヒナは意に介さない様子だった。

「はあ。何の話?」

両手をポケットに突っこんだまま、くちゃくちゃとガムを噛んでいる。
山崎はいきなり近づいてきて、彼女のパーカーの襟を掴んだ。

「ざけんなよ、コラ! 俺とお前がタイマン張るって話だろうが。寝ぼけんな、ボケ!」

ここは学校の裏門を出てすぐの所で、家路につく生徒たちの姿も多かったのだが、誰も二人に近づこうとはしなかった。
すでに学校内では、この二人の対立は有名になっていたのだ。

「へー。そんな話だったっけ? ていうか、離してくんない?」

「お前が逃げてっから、勝負になんねえんだろうが! ああ?」

山崎はさらに両手で襟を掴むと、ヒナの顔に自分の顔を寄せ、睨みつけた。
とても中学生とは思えないほどの迫力だったが、ヒナは動じる気配がない。

「なんなら、今ここでケリつけてやるか、コラァ! …ぐっ!?」

山崎が、今にも殴りかかってきそうになったそのとき、突然、その顔が苦痛に歪んだ。
ヒナが、山崎の股間をズボンの上から握りしめたのである。

「あ…く…!!」

全身から急激に力が抜け、腰を引いた姿勢になる。
ヒナはいつの間にかポケットから右手を出していて、山崎の股間にぶら下がっている男の最大の急所を、下からすくい上げるように握りしめていた。
大柄な山崎も、腰を曲げて前かがみになると、ヒナよりも低い位置に頭がきた。

「離してくんない、手?」

「てめえ…!! あぁうっ!!」

山崎はそれでも、歯を食いしばってヒナを睨みつけようとしたが、ヒナの右手にさらに力が込められると、耐えきれずにパーカーから手を離した。

「ああ、思い出した。アタシがアンタらの仲間に入らないから、イラついてんだっけ? それで、こないだアイツを…武田だっけ? やっちゃったから、次はアンタの番ってわけ?」

苦痛に顔を歪め、脂汗を流す山崎を、冷めた目つきで見下ろしていた。
その右手には、男のシンボルである二つの小さな玉がしっかりと握り込まれて、万力のように締めつけている。
山崎はなんとかヒナの手を引きはがそうとしたが、この状態では、まったく力が入らない。膝から力が抜けて、倒れそうになるのをこらえるので精いっぱいだった。

「は、離せ! クソッタレ…!」

「アタシ、好きじゃないんだよね。仲間とかダチとかさ。一人でいたいから、そうしてるだけなんだけど。ほっといてくんない?」

「うる…せえっ!! ダチやられて、黙ってられるかよ!」

「そうなんだ? まあ、やられ方が悲惨だったからねえ」

ヒナはガムを噛みながら笑い、山崎の耳元で囁くように言った。

「武田はさ、パンツ一枚でションベン漏らしながら、アタシに土下座したんだよ。すいません。もう許して下さいって。まあアタシも鬼じゃないから、許してやったけど。アイツの金玉、見た? すっごい腫れて、デカくなってただろ? アンタのコレより、全然でかかったよ」

ヒナが睾丸をコロコロと手の中で転がすと、山崎の全身に電撃のような痛みが走った。

「ああうっ! ク…クソが!!」

「アンタらはアタシのこと、金蹴り女とか呼んでるんだろ? まあ、その通りなんだけど。超面白いよな。こんなちっちゃな玉を、ちょっと握るだけで、こうなるんだから」

そう言って、右手で掴んでいたモノを、捻るようにして持ち上げた。
山崎はギャッと悲鳴を上げて、つま先立ちになり、金玉袋で全身を吊られたような体勢になった。
ヒナはクスクスと笑いながら、山崎の苦しむ顔を見ている。
小柄なヒナが、山崎のような男子を右手一本で意のままに操っている姿は、何とも異様な光景だった。

「金玉が潰れる時って、どんな感じなんだろうな? この、グニグニした柔らかい卵みたいなのが、プチンって弾けるのか? ん?」

囁くように言いながら、楕円形の睾丸を掌の中で弄び続ける。ヒナの指がマッサージのようにそれを押し潰すたび、山崎は呼吸が止まる思いだった。

「アンタに恨みはないけど、アンタがラスボスだっていうんなら、そのうち勝負してやるよ。気が向いたときにね。でもその時は、金玉潰される覚悟はしときなよ?」

ヒナは最後に、睾丸を指で弾くようにして離してやった。

「あぐっ!!」

ようやく解放された山崎は、すぐに両手で股間をおさえ、睾丸の無事を確認した。そしてそのまま膝をつき、土下座するかのようにうずくまってしまう。
睾丸を握られた痛みは、解放されたところで、すぐにおさまるものではない。ヒナはそれすら見透かしたように、笑みを浮かべて見下ろしていた。

「じゃあね」

「く…そ…! このクソ女…!!」

振り向いて、平然と立ち去るヒナの後ろ姿に、山崎は悪態をつくことしかできなかった。




学校を出てから数十分後、ヒナは公園でベンチに座り、タバコを吸っていた。
教師や大人に見つかるという配慮はない。そんな感覚を持ち続けるほど、彼女は年季の浅い不良少女ではなかった。
ぼうっとして空を眺めていると、いつの間にか、スポーツバッグを担いだ男子中学生が一人、彼女の側に立っていた。

「ヒナちゃん! またタバコ吸ってんの?」

「うん。一日一箱」

「ダメだよ。いい加減、やめな。最近、タバコも高いでしょ?」

「いんだよ、後輩からパクるから」

「それ、もっとダメだよ」

ごく自然な様子で、ヒナの隣に腰を下ろした。
彼の名前は広瀬エイジ。小学生のころからのヒナの幼馴染だった。

「今日、学校来てたね。楽しいでしょ、たまに来ると?」

「別に。変なヤツが声かけてくるし。楽しくないよ」

エイジはヒナの幼馴染だったが、成績優秀で、学校の生徒会にも参加しているほどの優等生だった。
明るく人懐っこくて、誰にでも親切。
テニス部に所属しており、県大会で好成績をおさめるなど、まさにお手本のような優等生だった。
しかしそんな彼が、学校でも有名な不良の浅川ヒナと、ごく自然な様子で話している姿を見ると、校内の誰もが不思議がった。

「あのさ、ボク今度、テニスの大会があるんだけど、応援に来る?」

「行かねーし。勝手にやれ」

「えー。一回、来てみてよ。絶対楽しいから。一緒にテニスやりたくなるから。ボク、ヒナちゃんとダブルスやるのが夢なんだ」

「一生ないから。諦めろ」

エイジにしてみれば、小さい頃からの習慣で、ヒナに話しかけることには何の違和感も感じていなかった。
ヒナの方もまた、つい昔に戻ったように話してしまう。
実際、彼女が本当にリラックスして話ができる相手は、今やエイジだけなのかもしれなかった。

「ヒナちゃんさ、もっと学校来なよ。ボク、ヒナちゃんと一緒に帰ったりしたいんだけどな。昔は、よく一緒に帰ってたじゃない?」

ヒナは無言だったが、まんざらでもないように、タバコの煙を大きく吐き出した。
何かの感情を押し殺しているような様子だった。

「アタシといるとさ、アンタも困ると思うよ。変なヤツもいっぱい寄ってくるし。話があるときは、電話してよ」

「変なヤツって? さっきの、山崎さんみたいな?」

エイジはヒナの顔を覗きこんだ。

「見てたの?」

「うん。助けに行こうかと思ったけど、ヒナちゃん強いから、大丈夫そうだったね?」

エイジが笑うと、ヒナは苦笑した。

「ハッ。別に、強くないし。金玉狙えば、誰でも勝てるって」

「あー、そっかあ」

エイジは感心したようにうなずいた。

「ヒナちゃんはさ。アソコを蹴ったりするの、好きなの?」

エイジの口から、思わぬ質問が飛び出したことに、ヒナはさすがにちょっと驚いた。

「別に、好きってわけじゃないけど…。ん…いや…。まあ、好きか…。好きかもね」

自分で言って、少し考え込んでしまった。
確かに彼女は、一部の不良から金蹴り女などと呼ばれていて、自分でもその通りだと思っている。
しかもそれが気に入らないわけではなく、まんざらでもない証拠に、そういう呼び名がついて以降、もっと積極的に男の急所を狙うようになった気がする。
金玉を攻撃して男を倒すことに、密かな悦びを感じている自分がいることを、今、初めて気づかされたようだった。

「やっぱりそうなんだ。何でなの? アソコを蹴ったりするのって、気持ちいの?」

「気持ちいいってさあ…。まあ、そうかもね。なんつうかこう、アタシにケンカ売ってくるヤツって、だいたい強そうじゃん。体もデカイし、筋肉もついてるし。そういうヤツが、アタシの金蹴り一発でダウンしちゃうのが、面白いっていうか、気持ちいいっていうか…」

「さっきは、掴んでたよね。あの人の…」

「うん、まあ…。掴むのはさ、すごいダイレクトって感じなんだよ。ダイレクトにアイツを支配できるっていうか…。あんな小さい玉二つ掴むだけで、思い通りになるから、それが面白いんだろうね」

先ほどの山崎の金玉の感触を思い出すかのように、手を握ってみせた。
その顔には、自分でも気づかぬうちに、うっすらと笑みが浮かんでいる。
エイジはそんなヒナの様子を見て、微笑んだ。

「そっかあ。でもさ、アソコを蹴られるのって、すっごい痛いんだよ。知ってる?」

「知ってるよ。知ってるから、やるんだって。…いや、ホントは知らないんだけど…。どのくらい痛いとか知らないから、気持ちいいんだろうね。アタシには、一生分かんない痛みだから、いいんだ」

先ほどからエイジの言葉によって、ヒナ自身が自分の感情に気づかされているような形になっていた。
エイジはあるいは、そういうことを狙って質問をしているのかどうか。どちらにしろ、彼を信頼しきっているヒナは、そんなことまで考えることはなかった。

「ふーん。…ヒナちゃんさ、ボクのアソコも蹴ってみたいとか思うの?」

「はあ?」

「だって、男のアソコを蹴りたいんでしょ? ボクも一応、男なんだけど?」

ニコニコしながら尋ねるので、ちょっと答えに詰まった。

「…ハッ! 誰が、アンタのなんか。アタシはさ、強そうな男が金蹴りされて倒れちゃうのが好きなんだよ。アンタみたいなヒョロイのが倒れても、つまんないでしょ」

言いながら、ヒナは頭の中で想像した。
自分の金的蹴りを受けたエイジが、股間をおさえ、内股になって苦しむ姿。
エイジが苦悶の表情を浮かべながら、自分を見つめることを想像すると、得体のしれない興奮が、胸の奥から沸々と湧き上がってくるような気がした。
思わず、エイジの顔から目をそらしてしまう。

「えー。ボクだって、こう見えてスポーツマンなんだけどなあ。やっぱりボクの試合、見に来てよ。絶対、ボクのこと見直しちゃうよ。カッコイイから」

ヒナの興奮を知ってか知らずか、エイジは相変わらず無邪気な様子だった。

「行かないってば」

どこか拗ねたように、そっぽを向いている。

「土曜日の2時からだから。絶対来てね。待ってるから」

「おい、人の話を聞けって…」

たまりかねたように振り向くと、エイジは満面の笑みを浮かべていた。
ヒナはその笑顔に見とれて、それ以上の言葉が出なくなる。
エイジはすっと立ち上がった。

「ヒナちゃんはさ、いつからボクのこと、名前で呼ばなくなったのかな?」

「え?」

「前みたいに、名前で呼んでくれると、嬉しいな」

ヒナは何か言いたそうに口を開きかけたが、何も言わなかった。

「じゃあね。もう練習始まってるんだ、実は。戻らないと」

エイジは笑いながら、学校へ向かって歩き出した。
ヒナは無言で、次第に遠くなる後ろ姿を眺めていたが、やがてエイジが振り向いて手を振ると、また拗ねたように顔を逸らすのだった。






土曜日の昼下がり。
中学校のテニス大会が行われている会場に、そこには似つかわしくない格好の浅川ヒナがいた。
いつものようにボサボサの髪で、明らかに大きめのパーカーをだらしなく羽織り、それに膝までくるまるようにして、テニスコートの観客席に座っている。
さすがにタバコを吸うのは我慢しているようだったが、気晴らしにガムを噛んでおり、口を動かすたびに、シルバーのピアスがジャラジャラと揺れた。
彼女の周りに近寄る人間はいなかったが、大会の方はそれなりに盛り上がっているようで、各学校の応援団のような連中もいた。
試合はちょうど、エイジのシングル戦である。
ヒナは、テニスのルールなどはほとんど知らず、見ていてもよく分からなかったが、周りの反応を見る限り、エイジとその相手はいい勝負をしているらしかった。

「広瀬! 落ち着いて! 一本とっていけ!」

「先輩! ファイトー!」

テニス部の部員らしき連中が、エイジを応援していた。
エイジは集中した表情で、相手のサーブが来るのを身構えていた。
その顔は、幼馴染のヒナが初めて目にするもので、普段のエイジからは想像できない、戦う男の表情だった。
やがて、相手方のサーブを打ってきた。
それはヒナの目には、手が届くことが不可能だと思えるほどのボールだった。

「くっ!!」

エイジの息遣いが、聞こえたような気がした。
素早く走り込み、見事に弾き返してみせた逞しい肉体の躍動に、ヒナは密かな興奮を感じずにはいられなかった。

「よーし! やった!」

「すごい! エイジ先輩!」

何回かのラリーの後、どうやらエイジは、試合に勝利したようだった。
コート上で、ラケットを振りあげて喜ぶ彼の姿を、ヒナは遠い目で眺めた。
すると突然、エイジがヒナの方を向き、手を振った。

「ヒナちゃーん! ありがとー!」

勝利を祝う拍手と声援に包まれて、他の人間は気がつかなかったかもしれないが、ヒナの耳にははっきりそう聞こえた。
ヒナは一瞬ドキッとして、自分の顔が熱くなっていくのを感じたが、すぐにコートから目を逸らして立ち上がった。

「フン…」

わざとらしいほどだるそうに、ヒナは立ち去っていき、エイジは他のテニス部員達に囲まれて祝福を受けながら、目だけでその後ろ姿を追っていた。




テニス大会の会場を出た後、ヒナはいつものように、近所の公園のベンチに座って、タバコをふかしていた。
いつもだるそうな彼女だが、今日はそれに輪をかけて、だらけきった体勢で、ぼんやりと空を眺めている。
頭の中には、エイジがテニスをプレーする姿が鮮明に残っていて、何度も思い返していた。
さらにヒナは、そのエイジが金的を蹴られて悶える姿を、わずかに想像してみた。

にわかに、自分の耳のあたりが熱くなっていくのを感じた。呼吸も荒くなり、胸の鼓動が速くなっている気がする。
今まで、エイジの股間を蹴ったことなど一度もなかったが、この前、エイジの方からそんなことを尋ねてきたためだろうか。そして今日、彼の意外な男らしい姿を見たためだろうか。
金的を蹴られたエイジが浮かべる苦悶の表情に、興奮してしまう自分と、そんな気持ちを認めたくない自分が入り混じり、なんとなくイライラしてしまっていた。

「よお。一人かよ?」

ふと気がつくと、目の前に山崎の姿があった。さらに今日は、先日ヒナにこてんぱんにやられたという、武田の姿もある。
武田は一歩下がって山崎の背後に控え、ヒナに近づかないようにしている風だった。

「ウザい…どっか行けよ」

ヒナは山崎の方を見ようともせず、けだるそうに言った。
山崎はなんとなく、ヒナの様子がいつもと違うことを感じていたが、先日のこともあり、慎重に身構えていた。
しかし表面だけは、余裕そうに強がってみせるのが、不良のポリシーのようなものらしい。

「まあ、そう言うなよ。タバコ、一本くれねえか?」

ヒナが山崎の顔を見つめて、少々の沈黙が流れた。
山崎が、この質問でヒナの態度を試そうとしているのは、明らかだった。
やがて意外にも、ヒナはパーカーのポケットからタバコの箱を取り出して、無造作に山崎に差し出した。

「おう。悪いな…」

山崎はタバコを一本取り出して、口にくわえた。
背後で見ていた武田の顔が強張っているのは、ヒナがいつ怒りだすのかと思っているからだろう。
しかし予想に反して、彼女は無表情なまま、相変わらずけだるそうにしていた。

「火、ねえか?」

内心緊張していた山崎も、ある程度落ち着いたようで、さらなる要求をぶつけてみた。

「…はい」

ヒナはまたしても意外なほど素直に、ポケットからライターを取り出し、山崎に投げた。

「おう。サンキュー」

山崎が両手でライターを受け取り、火をつけようとかまえたその瞬間だった。
ヒナの体が、獲物に飛びかかるネコのように素早く動いて、その右脚を振り上げたのである。
バシン、と乾いた音が響いて、山崎の股間にヒナの足の甲がめり込んだ。

「ぐがっ!!」

タバコに火をつけようとしていた山崎は、思わず手に持っていたライターを落とし、口にくわえていたタバコもこぼしてしまった。
腰に突き抜ける痺れるよう感覚の後で、じんわりと重い波のような痛みがやってくる。そのころにはもう、山崎の両膝から力は抜けて、自然と地面にひざまずいてしまった。

「どっか行けって言っただろ。聞こえないのかよ?」

先ほどまでのけだるそうな態度とは打って変わって、イラついた様子で山崎を見下ろした。

「だ、大丈夫か!?」

後ろで見ていた武田は、一瞬のことで、何が起こったのか分からなかった。
しかし結果から想像できるのは、やはりヒナが山崎の股間を攻撃したということである。
武田は山崎に声をかけながら、ヒナの顔を直視することができなかった。

「武田ぁ。アンタさぁ。潰すって言ったよな? 今度アタシにからんできたらさぁ。マジで金玉潰すって言ったよな?」

怒鳴るわけではないが、静かな怒りのこもったヒナの言葉に、武田はトラウマを呼び起こされる思いだった。

「い、いや、俺は何も…。何もしてないよ…!」

武田は山崎のことも忘れて、必死の形相で弁解した。
自分でも気づかないうちに、両手で股間をおさえてしまっていた。

「イラつくんだよ。何かしんないけどさぁ。イラついてるから、誰でもいいって感じなんだよ」

独り言のようにつぶやきながら、武田の前に立った。
武田は完全に怯えきっており、しっかりと足を閉じて、腰を引いてしまっていた。

「お、俺は何も…!」

再び、ヒナがネコのような素早さで獲物をとらえようとした時、背後からエイジの声が聞こえた。

「ヒナちゃーん!」

ヒナは一瞬、体を硬直させ、舌打ちをしたように見えた。
口元には、笑いをこらえるような歪みが浮かんだが、怯える武田の目には、それは冷酷な微笑みにしかうつらなかった。

「ヒナちゃん?」

再び声をかけると、ヒナはチラリと振り向いた。
公園の柵の向こうに、スポーツバッグを担いだエイジの姿が見える。

「…もう、ほっといてくれよ。ウザいんだよ、アンタたち」

ヒナは吐き捨てるように言うと、振り向いて、エイジの方へ歩いていった。
恐怖に足を震わせていた武田は、命拾いしたという思いで、その場に座り込んだ。
一方の山崎は、睾丸の痛みに歯を食いしばりながら、去っていくヒナの後ろ姿と、その先にいるエイジを睨みつけていた。

「友達?」

公園を出ると、エイジが笑顔でヒナを迎えた。
その屈託のない笑顔に、ヒナは一瞬、目を奪われてしまったが、それを隠すようにうつむいた。

「バカ。そんなわけないし」

「だよねー。なんか、すっごいヒナちゃんのこと睨んでるし。またケンカしてたの?」

「ケンカっていうか…まあね」

ヒナは口ごもった。
二人はゆっくりと歩きはじめる。

「今日、応援来てくれたでしょ? ありがとうね。おかげでボク、決勝まで行けたよ」

「あ、そう。アタシすぐ帰ったから。関係ないでしょ」

「そんなことないよ。ヒナちゃんが来てくれたから、頑張れた。ありがとうね。ヒナちゃんも、テニスやりたくなったでしょ?」

「別に。キツそうだし、アタシはいいよ」

「えー。大丈夫だよ。ヒナちゃん、ケンカも強いんだし、運動神経もいいって、絶対」

「ケンカと運動神経は関係ないだろ。アタシ、金蹴りしかしてねえし」

「いいじゃん。テニスだって、ボールを叩くだけだよ。アソコを蹴るのと似たようなもんだよ」

「ぜんぜん面白くねえから」

二人は話しながら、歩いて行った。
エイジと話をしている時の彼女は、普段とは比べ物にならないほど、弾んだ声と表情をしていることに、ヒナ自身はまだ気がついていなかった。




ヒナのスマートフォンが鳴ったのは、夜もだいぶ更けてからだった。
普段、彼女のスマホは、ほとんど鳴らない。
父親と離婚した後、夜の仕事で生計を立てている母親が、「今日も遅くなる」というLINEを送ってくるくらいしか、使い道がなかった。
自分の電話の着信音すら忘れてしまっていたヒナは、突然鳴りだした電話に、正直、驚かされた。

「ん…」

ベッドから身を起こして画面を見ると、エイジの名前がそこに表示されていた。
ヒナはスマホを手に取ったが、出ようとはしなかった。
用があるときはかけてこい、と言ったものの、エイジから電話がかかってきたのは、これが初めてだったような気がする。
ヒナは戸惑いながら、どうしていいかわからなかった。
やがて、スマートフォンは諦めたように、鳴るのをやめた。

「……」

ホッとしたような、残念なような、妙な気分になってしまう。
するとその数秒後、再び鳴りだした。
画面には、再び「広瀬エイジ」の名前が表示される。
ついにヒナは、通話ボタンを押した。
恐る恐るスマホを耳に当てる姿は、か弱い少女のそれだった。

「…はい。…もしもし?」

「浅川! 早く出ろや、クソッタレ!」

予想に反して、電話からエイジの声は聞こえなかった。
聞こえてきたのは、聞き覚えのある下品な声だ。

「…? アンタ…? 山崎?」

「そうだよ。山崎さんだ。驚いたか? お前の彼氏のスマホは、俺が持ってんだよ。どういうことか分かるか?」

嘲るような山崎の笑いが、ヒナの耳に飛び込んできた。
ヒナは混乱しながらも、事態を把握しようと、懸命に頭を回転させる。

「はあ? アンタ、何言ってんの?」

「お前の彼氏は、俺がシメたっつってんだろうが、このボケ! ほらよ」

山崎が電話を代わった相手は、エイジだった。

「もしもし? ヒナちゃん? ボクは大丈夫だからね。大丈夫だから。心配しないで…うっ!」

電話の向こうで、エイジは山崎に殴られたようだった。

「もしもし? おい! 何してんだよ! おい!」

エイジの声は、悲壮感に満ちたものだった。
ヒナがスマホに向かって叫ぶと、また山崎が電話に出た。

「うるせえ! 叫ぶな!」

「お前…! 何してんだよ! ぶっ殺してやるからな!」

ヒナは、自分の頭に血が上っていくのをハッキリと感じた。
山崎はそんなヒナの様子に満足したように、電話の向こうで笑っている。

「おう。ぶっ殺してえならよ、さっさと来いや。学校の近くの公園で待ってるからよ。一人で来るんだぞ。余計なことすんな。コイツがどうなるか、分かんねえぞ」

まるで誘拐犯人のようなことを、山崎は言ってのけた。
そしてそこで、電話はプツリと切れてしまった。
ヒナは飛び起きて、寝巻きのジャージ姿のまま、家を飛び出していった。






人気のない公園に、山崎とエイジの姿はあった。
エイジはすでに数回、殴られたようで、口元には血が滲んでいる。
目を血走らせた山崎の横で、力なくうなだれていたが、ヒナの姿が現れると、ハッと顔を上げた。

「ヒナちゃん!」

「来たな、浅川ぁ!」

ヒナはここまで走ってきた様子で、息を切らせていた。
長い髪はふり乱されて、ぐしゃぐしゃになっている。
エイジの姿を認めると、ホッとしたように息をついたが、すぐに山崎を睨みつけた。

「てめえ、イカれてんのか! 何してんだよ!」

「うるせえ! お前が逃げ回ってるからだろうが。お前のせいだぞ! コイツが殴られてんのはよ!」

山崎はちょっと正気を失っているかのように、まくしたてた。
さんざんヒナに弄られて、もはや不良としてのプライドにかけて、どんなことをしてでもヒナを潰してやると思っているようだった。

「ヒナちゃん! ボクは大丈夫だからね! 全然、迷惑なんかしてないから」

「うるせえ!」

かいがいしく声をかけようとするエイジの脇腹を、山崎が蹴飛ばした。
エイジはウッと呻いて、その場に倒れ込んでしまう。
それを見たヒナは、ついにブチ切れた様子だった。

「おい…! アタシに用があるんだろうが! 相手してやるよ!」

鬼のような形相で、山崎に向かって行く。
山崎も望むところという様子で、ヒナに向かって行った。

「来いよ!」

ヒナは迷わず、山崎の股間を狙って脚を振り上げた。
しかし、さすがに山崎も警戒していたようで、飛び下がるようにしてそれを避けた。
ヒナは怒りに燃えながらも、努めて冷静に、山崎の動きを観察しようとしていた。

「おい、ビビってんのか? 男だろ? かかってこいよ」

「うるせえ、ボケ! 調子に乗んな!」

悪態をついたが、山崎は慎重だった。
ヒナが徹底的に股間の急所を狙ってくることは分かっていたし、ヒナの手足の届く距離である限り、その危険度は高かった。
とにかく、うまく当たれば一発でKOされてしまう恐れがあるのが金的なのである。
山崎にしてみれば、確実な先制攻撃でヒナを仕留めてしまわなければ、返り討ちにあう恐れがあったのだ。

「…しょうがねえな。ちょっと本気出してやるよ」

何事か決心したように、山崎はヒナとの間合いを詰め出した。
ヒナにとっても、山崎の腕力は脅威だったのだが、彼女が狙うのは、ただ金的のみである。
どんなに殴られても、意識のある限り山崎の金玉を潰してやろうと決心していた。

意外なほど無防備に近づいてくる山崎を、ヒナは辛抱強く待った。
自分が攻撃される恐れはあるにせよ、もっとも効果的に金的を攻撃できる位置まで、引きつけたかったのである。
そしてついに、山崎がヒナの眼前にまで迫った。

「オラァ!」

真正面から、ヒナは山崎の股間を蹴りあげようとした。
山崎は足を閉じて防御するものの、本能的に腰を引いてしまう。
するとヒナは、またネコのような素早さで山崎に飛びかかり、その肩を掴んで、強烈な膝蹴りを山崎の股間に浴びせるのだった。

「オラ! オラ!」

まともに当たらなくても、連続して蹴れば、衝撃は金玉に伝わるはずだった。
とにかく、金玉にわずかでもダメージを与えれば、山崎の動きは十分鈍るはずだと思った。
しかし。

「おい…。それで終わりかよ?」

ヒナが肩で息をし始めたころ、山崎はようやく口を開いた。
まったくダメージを受けていない様子だった。
今までヒナが放った金蹴りにクリーンヒットはなかったが、それでも何ともないはずはない。
これには、傍で見ていた男のエイジでさえ、口を開けて驚くことしかできなかった。

「調子に乗んな、ボケ!」

山崎はヒナの長い髪を掴んだ。
そしてその顔を、思い切り殴りつけたのである。

「あっ!」

あっけなく、ヒナは地面に倒れてしまった。
今まで男相手のケンカで殴られたことはなかったが、これが、本来の男と女の体力の差だった。

「ヒナちゃん!」

エイジの声も耳に入らないほど、ヒナは混乱していた。
目の前の景色がグルグルと回り、自分だけ揺れる船の上に乗っているような気分だった。

「ホント、ワンパターンなヤツだなあ。お前が金玉狙ってくることなんか、分かってたんだよ!」

殴った山崎にとっても、それは会心の一撃だったようで、すでに勝利を確信したような余裕さえあった。
彼がヒナに脅威を感じていたとしたら、それはただ一点、金的蹴りに対してだけで、それが通用しないとなれば、勝利は揺るがないはずだったのだ。

「どうした? もうおしまいか、コラァ!」

地面に座り込むヒナの顔に、靴の裏で踏みつけるような蹴りを浴びせた。
およそ中学生のケンカでするような行為ではなかったが、ずいぶん前から、山崎はヒナのことを年下だとも、女の子だとも思っていなかった。
男のプライドの象徴であり、命の次に大事な金玉を、さんざん痛めつけられてきたのである。もはや、ヒナには何をしてもかまわないという気持ちが、山崎の考えを占めていた。

「うっ! …てめえ!」

軽い脳震盪を起こしていたヒナは、かえってそれで正気に返ったのか、蹴りを受けた直後、座ったまま、山崎の股間に下からパンチを打ち込んだ。

「おっ!」

山崎の動きが、一瞬、止まった。
今度こそ、急所にキレイに入ったはずだった。
しかし、ヒナは気がついた。
山崎の股間には、何か、クッションのような詰め物がしてあったのだ。
膝蹴りをしているときには分からなかったが、拳で殴ってみて、初めて違和感に気がついたのである。

「へっ! 効かねえってんだよ!」

しかし、それに気づいたからといって、どうすることもできない。
山崎は嘲るように笑い、再びヒナに蹴りを入れた。

「ああっ!」

ヒナの体は横倒しに倒れ、地面に顔をついてしまった。
今まで、男の金玉を攻撃することで無敵を誇っていたヒナだったが、それを封じられてしまうと、こんなにもあっけなくやられてしまう自分を、思い知らされた。

「オラ! 今まで、ずいぶん調子に乗ってくれたなぁ!」

倒れ込んだヒナの頭を、無情にも踏みつけた。
ヒナの目に、うっすらと涙が浮かんでいた。
悔しいとは思わなかった。
元々、反則のような真似をして、勝っていただけだったから。
自分がケンカに負けることは何とも思わなかったが、ただ、自分のせいでエイジに迷惑をかけたことが、悲しかったのだ。

「これでお前も、自分の実力がわかっただろ? ああ? セコイ真似ばっかりしやがって。とりあえず、明日からお前は、俺の奴隷だ。まあ、色々とやりたいこともあるからよ。お前もおとなしくしとけば、それなりだし、なあ?」

ヒナの頭を踏みにじりながら、山崎は勝ち誇った。
そしてその表情には、いやらしいオスの欲望が、わずかに見え隠れしているようだった。
その時。

「どけーっ!!」

山崎の背後から、エイジが体ごと突っ込んできた。
不意を突かれた山崎は、避けることもできず、そのタックルをまともに食らってしまう。

「うおっ!」

長身のエイジが、全速力で突っ込んできたのだ。
山崎の体は2メートルも吹っ飛ばされ、地面に転がった。

「かっ…! はっ…!」

背中を強打した山崎は、呼吸ができなくなったようで、すぐに立ち上がることができなかった。
解放されたヒナが顔を上げると、そこには、怒りに肩を震わせるエイジの後ろ姿があった。

「お前…!! ヒナちゃんに、何してんだ!!」

ヒナも初めて見る、怒り狂ったエイジの姿だった。
地面に横たわる山崎のベルトを掴むと、そのまま両手で、山崎の体を高々と持ち上げてしまった。

「うわっ! わっ!」

予想だにしていなかったエイジの反撃に、山崎は慌てて、空中で手足をばたつかせた。

「何してんだよーっ!!」

エイジの背中の筋肉が、はち切れんばかりにTシャツを膨張させていた。
ベルトを掴んだまま、山崎の体を振り回し、そのまま頭からブン投げてしまった。

「わーっ!!」

山崎の体は、ヘッドスライディングのように頭から地面に突っ込んだ。
その拍子に、ズボンがすっぽ抜けて、股間に隠していたタオルが落ちた。

「ふう…ふう…」

横たわったまま動かなくなった山崎を見て、エイジはようやく我に返った。

「ヒナちゃん! 大丈夫?」

まだ座り込んだままのヒナの側に駆け寄ると、思わずその肩を抱きしめた。
ヒナは、エイジの大立ち回りを呆然と眺めていたが、やがて安心したように、エイジの胸に頭を傾けた。

「なんだ…。エイちゃん、めっちゃ強いじゃん…」

思わず、ヒナはそう言った。

「ゴメン、ヒナちゃん。ボクがアイツに捕まらなければ…。ボク、ケンカとかしたことなかったから…」

「いいよ。元々、アタシのせいだし。でも、すごい力だね。びっくりした」

「うん…まあ…。部活で鍛えてるからね。ヒナちゃんも、テニスやる?」

ニッコリと笑った顔は、普段のエイジに戻っていた。
しかしヒナの脳裏には、先ほど見たエイジの力強く大きな後ろ姿が、焼き付いていた。

「……」

ヒナが黙ってゆっくりと目を閉じ、心もち唇をとがらせると、数秒の戸惑いの後、エイジは唇を重ねてきた。

「……ん!」

二人が目をつぶって口づけした直後、エイジはハッとして目を開けた。
ヒナの右手が、エイジの股間に伸びて、そこにある二つの膨らみを掴んだのである。

「んん…!!」

エイジは一瞬、身をよじって抵抗したが、ヒナが目を開けて、その瞳に悪戯っぽい笑みが浮かんでいるのを見ると、抵抗するのをやめた。
やがて二人は唇を離し、見つめ合った。

「ヒ、ヒナちゃん…!」

エイジは肩を震わせて苦しみながらも、どこか恍惚とした表情を浮かべていた。

「やっぱり。エイちゃんも、痛いんだ…?」

ヒナもまた、頬を赤らめて、明らかに興奮していた。
その手にはエイジの二つの睾丸がしっかりと握られており、また、握り始めた直後から、エイジのペニスが勃起し始めていたことを、ヒナは感じとっていた。

「痛いよ…。痛いよ、ヒナちゃん! ああ!」

エイジは天を仰ぎ、苦しみと快感に喘いだ。
ヒナはそんなエイジを、愛おしそうに見つめている。

「…カワイイ」

ヒナは手の中でエイジの睾丸を転がしながら、つぶやいた。




終わり。




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