(あ…。やっちゃった…)
ミチルはさすがにしまったと思ったが、ステージを止めるわけにはいかない。 ボールレンジャー達の声は、全て録音されたものであり、台本通りのことしか言えないのだ。 この場では、唯一ミチルだけが、アドリブに対応できる存在だった。
「…ホホホホ。油断したな、ボールイエロー!」
なんとか戦いを進めようとした。 ボールレンジャー達も、それについていこうと、必死に動きをとった。 「とおっ!」とか「やあっ!」などの掛け声だけなら、ある程度合わせられるはずだった。
「イエロー! 大丈夫―?」
「どうしたの、イエロー!」
子供たちから応援と、そして疑問の声が上がっていた。 子供たちにしてみれば、あんなに力強いボールイエローが、軽い蹴り一発で倒れてしまったのが、不可思議なようだった。 まさか、ヒーローも金的が急所だとは思ってもいなかったのである。
「…ホホホホホ! ボールレンジャー達よ! お前たちの弱点は知っておる! お前たちの足の間には、大切な魔法のボールが入っているのだろう? 今日は、それを狙ってやるぞ!」
苦境のあまり、とんでもない設定をミチルはブチ込んできた。 もちろん、そんな話はボールレンジャー達をはじめ、子供たちも聞いたことがなかった。 しかし、現実にボールイエローは倒されてしまっている。 そしてさらに、残りのボールレンジャー達も、股間を狙われるのだろうか。 思わず尻込みした彼らに、ミチルの方からしかけてきた。
「えい! そおら!」
クラッシャークイーンは、ボールブルーに素早く近づくと、その股間に膝蹴りを打ち込んだ。 さらに隣にいたボールグリーンに対しては、持っていた魔法の杖で、その股間を打ち上げた。
「あっ!」
「うえっ!」
ブルーとグリーンは、なす術もなく倒れてしまった。 イエロー同様に、股間を両手でおさえ、うずくまって苦しんでいる。 それは演技でも何でもなく、そのヘルメットの下は、普段かいたことのない汗でびっしょりになった、苦痛の表情があるはずだった。
「…く、くっそー!! よくも!」
ボールレッドの声が、ステージに響いた。 もともと、レッド以外のボールレンジャー達が一度やられてしまうのは、台本通りだった。
「ホホホホ! 貴様の魔法のボールも、いただくぞ!」
もはやどうにでもなれと、開き直っているミチルのアクションは、普段、溜まりに溜まっていた感情に忠実だった。 完全に及び腰になっているボールレッドに近づくと、その股間の膨らみを掴み、もぎ取るようにして捻りあげたのである。
「ぐああぁぁ…!」
実は、ボールレッドを演じているスーツアクターは、ミチルの元彼だった。 スーツアクターとしての実力は確かなものの、女癖が悪く、さんざん浮気されて、半年前に別れたのである。 しかも最近では、例のピンク役に抜擢された新人女優に手を出しているという噂を、ミチルは聞いている。 さまざまな恨みつらみがこもった力で、ミチルはボールレッドの睾丸を握りしめていた。
「ホホホホ! どうした、ボールレッド? 魔法のボールが痛いのか? これを取ってしまえば、お前は二度と変身できなくなるぞ。ほおら!」
「あががが…! ミ、ミチル…やめて…」
ヘルメットの下から、元彼の悲痛な声が漏れた。
「レッドー! 頑張れー!」
「負けるな、レッドー!」
子供たちの声援も、レッドには届かなかった。 やがて、レッドの体がブルブルと痙攣し始めたころ、ようやくミチルはレッドの股間から手を放してやった。
「…ぐわぁっ!」
録音されたレッドの声が響いたが、ステージの上のボールレッドは、声を上げることもなく、その場に倒れ込んでしまった。
「フン! 弱いヤツらめ!」
ミチルは完全にふっ切れているようだった。 ステージ上には、股間を抑えて呻いているヒーロー4人と、それを見下ろしていうクラッシャークイーン、そして、無事なのはボールピンクだけだった。 およそ、ヒーローショーとは思えない、異様な光景だった。
「あとはお前一人だ、ボールピンク!」
そうは言ったものの、ミチルはこの後の展開に困ってしまった。 さすがにピンクまで倒してしまうわけにもいかず、考えた挙句に、台本通りに倒されることにした。
「行くぞ! そおら!」
再び、クラッシャークイーンの金的蹴りが唸りを上げた。 ここまで、半ば呆然と事の成り行きを眺めていたピンクは、自分がどうしていいか分からないまま、また、女性特有の股間の無防備さで、ミチルの金的蹴りを受けてしまった。
「…っ!」
他のボールレンジャー達をあっさり沈めたクラッシャークイーンの攻撃が、ピンクにだけは効かなかった。
「な、なに! お前には、効かないのか!?」
もちろん、空手二段のミチルの前蹴りを股間にくらえば、女性でも多少のダメージはあるだろう。 ミチルはとっさに、自分でシナリオをくみ上げ、それに沿って手加減していたのだ。
「ま、まさか…。そうか! お前は女だからだな! 女は、魔法のボールが他の場所に入っているのだな! くそうっ!」
ここで、ミチルはスーツアクター同士にしか分からない、合図を送った。 今が、とどめをさすチャンスだという、合図である。 それを見たピンクは、すぐさま、必殺の飛び蹴りを放った。
「必殺! スーパーボールキーック!」
「ぐわあぁー!」
なんとか音声も間に合い、飛び蹴りが決まった。
「く、くそう…。ボールレンジャー最強の戦士は、ボールピンクだったのか…」
捨て台詞を残して、クラッシャークイーンは退場していった。 後に残されたボールピンクは、周りでうずくまっている他のボールレンジャー達に、声をかけて回った。 なんとか立ち上がって、決めポーズを取らなければ、ステージは終わらないのである。
「う…せ、正義は勝つ…あぁ…」
ピンク以外の4人は、よろよろと立ち上がったものの、前かがみなり、腰に手を当てながら、決めポーズをとった。 そうしてステージは無事に終了したが、その後のボールレンジャー達との写真撮影会は、中止になったという。
ミチルはさすがにとんでもないことをしてしまったと、ステージ終了後に反省したが、意外にも、そのステージの評判は良かった。 それも子供たちよりも、一緒に見に来ていた母親たちに、圧倒的な支持を受けたのである。
「お決まりの退屈なステージではなく、面白かった」
「いつも守られてしまいがちなピンクが、女性の強さを見せつけてくれて、スカッとした」
などの感想が、インターネットのHPに多く寄せられた。
そして、それに興味を持った番組制作会社が、次回は女性がメインとなるヒーロー戦隊を作ろうという企画を出してきたのである。 女性ならではの、しなやかな動きと素早さ、そして必殺の金的蹴りを使って、悪役怪人たちをなぎ倒していく。 その主人公候補として、ミチルの名前が挙がったことは、言うまでもない。
終わり。
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