そこは今どき、監視カメラもついていないような古い本屋だった。 店主は居眠りばかりしている老人だし、アルバイトのタクヤでさえ、この店は万引きし放題だろうなと思っていた。 しかし、そもそも入ってくるお客自体が少ないから、たいていの場合、意外なほど平穏な時間が、この本屋には流れているのだった。
「いらっしゃいませー」
ある日の夕方、女子高生が一人、店に入ってきた。 この辺では見かけない制服だなと、タクヤは思った。 彼女はチラリとレジの方を見ると、そのまま店の奥へ入っていく。 本棚が密集しているそこは、レジからはよく見えない死角になっていた。 まさかとは思いながら、タクヤは少し警戒することにした。 さりげなくレジカウンターを出て、女子高生の後ろ姿を確認する。 彼女はマンガ本の棚の前にいるようだった。 そう思った次の瞬間。 女子高生はマンガ本を数冊、棚から抜き取り、自分のバッグの中に素早く押し込んだのである。
タクヤあっと息を呑んだ。 女子高生は、自分の行動が見られていることに気づいていないようだったが、むしろタクヤの方が緊張してしまった。 万引きだと直感したが、このまま店を出るまでは分からないと思い、見なかったふりをして、女子高生に背を向ける。 女子高生は、脇に抱えていたバッグを肩にかけなおすと、ちょっと周りを見回して、そのまま出口に向かって歩き出した。 彼女が店を出た瞬間、タクヤも動いた。
「ちょっと! お客さん!」
その声が女子高生の耳にも入ったはずだが、立ち止まりはしなかった。 このまま逃げる気だと思ったタクヤは、バイトのエプロン姿のまま、店を飛び出した。
「ちょっと待って! そこのキミ!」
逃げようとする女子高生の肩を、後ろから掴んだ。 長い茶髪を翻して、彼女は振り向いた。
「はあ? なんですか?」
すでに半分キレている。 そんな態度だった。
「なにって、わかってるでしょ? ちょっと来て!」
タクヤも興奮しており、女子高生の腕を掴んで、逃がさないようにした。
「わけ分かんないんですけど! 何の用ですか?」
「分かんないことないでしょ! そのバッグの中のモノ、確認させてもらうから。ちょっときて!」
二人は引っ張り合いになった。 女子高生は必死で逃げようとしたが、さすがに男の力には勝てず、タクヤが勝るかと思われたその時、
ゴスッ!
と、女子高生の革靴のつま先が、タクヤの股間に深々とめり込んだ。
「はうっ!!」
その痛みは一瞬でタクヤの体から力を奪い、その場にひざまずかせることになる。 女子高生は手を振り払い、そのまま走り去ってしまった。
「うぐぐ…!」
本屋の店先で、タクヤは男の苦しみに喘ぐことになった。 道を通る人たちは何事かと彼を見ていたが、関わり合いになろうとはせず、彼が店内に戻ったのは、それからしばらく経ってからのことだった。
翌日。 まだ少し痛む股間を抱えて、タクヤはレジカウンターに立っていた。 昨日の万引きの件は、結局警察には通報せず、店主にも黙っていた。 下手に報告すれば、タクヤの責任を問われてしまうし、股間を蹴られて女子高生を逃がしてしまったなどと、誰にも言いたくなかったのだ。 幸い、店主は万引きなどにはあまり関心がないようだし、もう忘れてしまおうと思っていた矢先。
「いらっしゃいませー。…あ!」
昨日の女子高生が、再び店にやってきたのだ。 タクヤは思わず目を疑ったが、まぎれもない、昨日万引きをした女子高生だった。 彼女はタクヤをチラリと見て、そのまま昨日と同じように、店の奥に入って行った。 タクヤはどうしたものかと思ったが、とにかく彼女の行動を見張ることにした。 店主が居眠りをしているのを確認すると、女子高生の後を追って、店の奥に入っていく。 本棚を曲がれば、そこには彼女が昨日万引きをしたマンガ本のコーナーがあるはずだった。 しかし。
「うっ!」
目の前に、いきなり女子高生が現れた。 彼女はタクヤが来ることを予想して、本棚のかげに隠れていたようだった。
「動かないで! 動いたら、膝を跳ね上げるよ」
女子高生は小声でそう言った。 至近距離で、彼女はいつの間にか、タクヤの両脚の間に自分の脚をねじ込んでしまっていた。 もし彼女が膝を跳ね上げたら、タクヤの股間は再び押しつぶされることになる。 タクヤの脳裏に、昨日の苦しみが蘇ってきて、思わず体が硬直した。
「そう。声も上げちゃダメよ。ちょっとこっちきて」
女子高生はタクヤの肩を掴んで、彼の背中を本棚に押し付けた。 これで完全に、彼らの姿はレジの方からは見えなくなってしまう。もちろん、タクヤの股間に膝は入ったままだ。
「この店にいるのは、アンタとあのおじいちゃんだけ?」
タクヤは小さくうなずいた。
「あっそう。アンタ、昨日のこと誰かに話した? 学校とか、警察とか」
タクヤは首を振った。
「そう。それなら良かった。もし話したりしたら、アンタの金玉、ぶっ潰すからね」
彼女の眼は本気だった。 チラリと下を見ると、女子高生の白い太ももが、相変わらずタクヤの股間のすぐ下でかまえられている。 大きな本棚を背負ったこの状況では、タクヤに逃げ場はなさそうだった。
「わ、わかりました…」
「良かった。一応、学校では優等生で通ってるからさ。あんまりハデなことできなくて、困ってるんだよね。新品のマンガって、けっこういい値段で売れるからさ。たまにここに来させてもらうね?」
どうやら彼女は、小遣い稼ぎのために、万引きをしているようだった。 しかしそれはタクヤにとって、到底容認できることではない。
「そ、そんなこと…ひっ!」
言いかけたとき、コン、とごく軽く、女子高生の膝がタクヤの股間に押し付けられた。 昨日、蹴り上げられたばかりの金玉は、あの地獄のような痛みをまだ覚えている。
「なに? なんか文句あるの?」
「あ、い、いや…。でも…はうっ!」
グイっと、女子高生は膝をさらに股間に押し付けた。 斜め下の角度から、タクヤの睾丸は圧迫を受けることになる。
「男の金玉ってさあ、超痛いんでしょう? 昨日はゴメンね。私も焦っちゃって、あんまり手加減できなかったんだ。痛かったんじゃない? 潰れなかった?」
膝からの圧力が、少しずつ強くなっていくのを感じながら、タクヤはうなずいた。
「そう。良かった。ていうのはさ、前に元彼の金玉、潰しちゃったことあって。まあ、向こうが浮気したからなんだけどね。後ろから思いっきり蹴とばしたら、グチャって感じで。金玉って、意外と簡単に潰れちゃうんだね。あ、コレ、その時の写真」
女子高生はタクヤにスマホの画面を見せた。 そこには、白目をむき、泡を吹いて倒れている男の姿が写っている。
「ウケるでしょ? なんか、ピョーンって飛び跳ねた後、気絶しちゃったからさ。一応、撮っといたんだ。友達に見せたら、爆笑してたよ。金玉蹴られたくらいで泡吹くとか、ありえなくない?」
写真を見るタクヤの背筋に、冷たい汗が流れた。
「しかも、潰れたのって一個だけだからね。二個のうち一個しか潰れてないのに、気絶するとかどんだけなのって感じじゃない? もう一個も潰してやろうかって言ったら、土下座して謝ってきたんだよ。まあ、結局別れたんだけどね」
女子高生の膝は、さらに強くタクヤの股間を押し付け始めた。
「一個潰れただけで超痛いんだから、二個同時に潰れたら、どれくらい痛いと思う? まあ、私には分かんないけど。たぶん、気絶するくらいじゃすまないんじゃないかなあ。アンタ、試してみる?」
「あっ! うぐぐぐ…!!」
いまやタクヤの睾丸は二つとも圧迫され、その形を歪めている。吐き気を催すような強烈な痛みが、下腹から湧き上がってきた。 身をよじって逃れようとしても、女子高生の膝は、器用にタクヤの動きを追いかけてくる。 もはや彼に残された道は、女子高生の言うとおりにすることだけだった。
「や、やめて…! 分かったから、やめてください…!」
「あっそう。じゃあ、私、たまにここに来て、マンガとか貰っていっていい?」
タクヤはためらいがちにうなずいた。
「ハッキリ言いなよ!」
女子高生はグッと膝を押し上げる。
「ぐあっ!! は、はい…。分かりました。マンガとか…持って行っていい…です…」
「そう。ありがとう」
女子高生は、スッと膝を降ろしてやった。 タクヤは、自分の睾丸が本当に潰れたかと思った。 すぐさま股間に手を当てて、その無事を確認する。解放されたとはいえ、まだ股間には鈍い痛みが響いていた。
「あれ? そんなに痛かった? ゴメンゴメン。ちょっと強くやりすぎたね。男って大変だね」
女子高生は無邪気に笑いながら、前かがみなったタクヤの背中をさすってやった。
「じゃあ、今日はコレ、貰っていくからね」
いつの間にか、女子高生の手には数冊のマンガ本が握られていた。 彼女はそれを、当然のように自分のバッグに入れてしまう。 タクヤはそれを黙認するしかなかった。
「またよろしく。じゃあね」
女子高生の後ろ姿を見て、できるだけ早く、このアルバイトを辞めてしまおうと、タクヤは決心していた。
「あ、そうだ」
立ち去ったと思い、少し安心していたタクヤの耳元で、女子高生の声がした。 タクヤはハッとして、振り返る。
「アンタ、バイトでしょ? もしかして、この店辞めようとか思った?」
タクヤは返事をしなかったが、その表情を見れば明らかだった。
「アハハ。やっぱり? 予想通り。ウケる」
女子高生は笑っていたが、その顔がタクヤには小悪魔のように見えた。
「言っとくけど、アンタがこの店辞めたら、私が警察に万引きのことバラすからね。アンタと私が付き合ってて、アンタに言われて万引きしてたってのは、どう? みんな信じると思わない?」
タクヤは愕然として、何も言えなかった。
「アンタ、大学生とかでしょ? アタシは未成年だし、か弱い女子高生だし、いろいろ大変なことになりそうだね? フフフ」
女子高生の手が、後ろからスッとタクヤの股間に伸びた。
「ま、お互い助け合っていかなきゃね? 言う通りにしてくれればさ、痛いことだけじゃなくて、いいこともあるかもよ?」
女子高生の手が、尻の隙間からタクヤの睾丸を掴み、柔らかく撫でまわした。
「ね?」
ギュッと、その手がいきなり、睾丸の一つを強く握った。 タクヤはうっと呻いて、その場に膝をついてしまう。
「アハハ。じゃあね」
女子高生はその様子を見て小さく笑うと、今度こそ店を出て行ったようだった。
終わり。
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