2ntブログ
男の絶対的な急所、金玉。それを責める女性たちのお話。


某中堅スポーツ用品メーカーに就職して2年目の竹内チナミは、今年から何か一つくらい、重要な仕事を任されるかもしれないと身構えていた。

「竹内くん。キミにコレを任せるから。営業してきて」

ゴロン、と営業部長が机に置いたのは、白い布地にプラスチック製の容器のようなものがついた物体だった。

「あ、はい! ……えと、あの、部長…コレは…?」

無造作に手に取ってみると、それが何か、下半身に履くタイプの製品であることが分かったが、チナミにはまったく見覚えのないものだった。

「それはね、その…アレだ。アレを守るヤツ。ファールカップっていうから。詳しくは、西田くんに聞きなさい」

「あ、はい!」

営業部長は、何か言いづらいことをようやく言えたときのように、そそくさと去って行った。
チナミはいぶかしく思いながらも、初めて仕事を任されたという気合に満ちた表情で、メガネを上げなおした。

「あ、西田さん!」

同じ営業部の先輩である西田が、ちょうど目の前を通り過ぎようとしていた。

「あ? なんだよ?」

学生時代に柔道をしていて、空手の道場に通った経験もあるという西田は、その体格以上に高圧的な態度で、普段から後輩に接していた。

「あの、部長から、コレを営業してこいと言われたんですけど…。詳しくは、西田さんに聞きなさいって」

と、差し出されたファールカップを見て、西田はあからさまに顔をしかめた。

「ああ、そう。まあ、頑張りな」

それだけ言って、立ち去ろうとする。

「あの! コレって、何なんですか? ファールカップとかって言ってましたけど」

振り返りざま、西田は明らかに舌打ちをした。

「ファールカップはファールカップだよ。そんなことも知らねえのか、お前。男のアレを守るヤツだよ。調べりゃ分かるだろ」

「え、あの…。営業って、どこに行けばいいんですか?」

「それはお前…空手の道場とか、格闘技のジムとか…。ああ、もう! ちょっと待ってろ!」

西田は自分の机に戻り、山積みになった書類の中から、一つのファイルを取り出した。

「これ、やるから。今までの営業先とか、中に全部入ってるよ。勝手にやってくれ」

「あ、はい! ありがとうございます!」

深々と頭を下げた。
西田は、こちらがいくら不機嫌そうに対応しても、いつもあまりこたえる様子のないチナミが苦手だった。
それが今どきのゆとり世代のマイペースというやつかと自分を納得させて、その場を立ち去った。
一方のチナミは、西田の不機嫌など気にすることもなく、与えられた仕事を全力でこなしてやろうと、やる気に満ちた顔で机に向かうのだった。




「ああ、西田さんとこの。へー。営業に、こんな若いコがいたんだあ。うんうん……ああ、それね。いいよいいよ。ウチではもう、違うの使ってるから。うん。ゴメンね。はいはい」

「……西田さんにも言ったけど…。ウチの選手はあんまり使わないから。いらないよ」

「間に合ってます!」

西田に借りたファイルを隅から隅まで読んで、ファールカップというものを理解したチナミだったが、どれだけ営業に行っても、まるで売れなかった。
空手道場や格闘技のジム、企業や大学の野球部など、考えられるところに片っ端から当たってみても、まったく相手にされなかった。
チナミの会社の他の製品を使ってくれているところでも、ファールカップだけは別なメーカーのものを使っているという具合だった。
初めての単独の営業の仕事で息巻いていた彼女も、これにはさすがにまいってしまった。

「お? まだいたのかよ」

営業に疲れ切ったある日の夜、誰もいない営業室で呆然と座っていると、西田がやってきた。
顔を赤くしているところを見ると、どうやら飲みに行った帰りに、忘れ物を取りに来たようだった。

「西田さん…。お疲れ様です」

小学校から高校まで皆勤賞を取り、ちょっと抜けているところもあるが、元気だけは誰にも負けないというチナミだったが、まったく手応えの無い営業活動に、さすがに疲れ切っていた。

「お疲れ…」

西田はしかし、彼女の苦労の原因をすべて承知していながら、何も言おうとせず、自分の机から何かを取り出して、そのまま立ち去ろうとした。

「西田さん!」

チナミは立ち上がって、西田に駆け寄った。

「西田さんは、知ってるんですよね? ウチのファールカップが、何で売れないか。知ってるんですよね?」

必死の表情で追及すると、西田は普段は大きな体を、この時ばかりは小さくするようにして、とぼけた。

「いや…知らねえよ。何のことだ?」

「だって、おかしいですよ! 他社のファールカップを使ってるところだって、ウチのはぜんぜん、見向きもしてくれないなんて。西田さんが営業してる時も、そうだったんですか? なんでなんですか?」

目に涙さえ浮かべ始めたチナミの問いかけに、西田もようやく重い口を開いた。

「いや、まあ、その…なんだ…。要するにだな…。痛えんだよ、ウチのファールカップは」

「はあ?」

「だから…痛えんだって。ウチのファールカップ。着けても、効かねえんだよ。痛えんだよ!」

最初は小声で、ボソボソと話していたが、やがてヤケになったかのように、そう告白した。
チナミは思いもかけぬその答えに、一瞬、混乱してしまう。

「あの…それは…。痛いって、その…何がですか?」

「決まってんだろ! タマが痛えんだよ。ウチのファールカップを着けても、金玉が痛くなるんだよ。だから売れねえんだろ!」

「キ、キン…タ…?。そ、そうですか…。ああ…」

思わず、西田の股間に目を落としてしまう。
製品としてのファールカップの機能と構造を、懸命に勉強して理解したつもりだったが、その性能に差があるとは、思いもしなかった。
というより、自分にとっては想像したくてもできない痛みだったので、まったくの盲点だったのかもしれない。

「何年か前に、それができたときは、いくらかは売れたよ。でもその後、さんざん文句言われたんだよ。お前んとこのファールカップは、着けても意味ないって。スポーツ用品ってのは、性能が命だからな。噂があっという間に広がって、ぜんぜん売れなくなっちまった。部長にも説明したつもりだったけどな」

「そうだったんですか…」

自社のファールカップの性能が低いと聞くと、チナミはまた落ち込んでしまいそうになった。
しかし一面、安心もしていた。
自分の営業の仕方がまずかったわけではない。製品に問題があるなら、それを改善すればいいだけの話ではないかと、持ち前の明るさで思い直したのである。

「じゃあ、開発部に報告して、作り直してもらいましょうよ! 性能に問題ありってことで。そうすれば、きっと痛くないのを作ってもらえますよ!」

「報告なら、したよ。でも、開発部のヤツらは頭が固えからなあ。計算上は問題ないとか、個人差があるとか、そんな具合に落ち着いたはずだぜ。分かってねえんだよ、アイツらは」

「じゃ、じゃあ、現場で何とかしましょうよ! 私たちで、きちんとしたデータを取って、それを見せれば、きっと分かってもらえますよ!」

「データって、お前…。あ? 私たち?」

やる気に満ちた目をキラキラと輝かせているチナミを見て、西田は例えようのない不安を感じてしまった。






「じゃあ、西田さん。すいません。いきますね?」

「お、おう! …いや、ちょっと待て、お前。分かってるな? 最初は軽くだぞ、軽く」

「はい! 軽く蹴りますから、大丈夫です!」

ズボンを脱ぎ、トランクスの上に自社製のファールカップを装着した西田の前に、チナミがかまえていた。
結局、二人は深夜の営業室で、ファールカップの性能テストをすることになってしまった。
何でも思い立ったらすぐ実行するというのがチナミの信条だったが、こればかりは自分一人でできることではない。
自社の製品を改良し、売り上げを伸ばすという大きな目的のために、先輩の西田を懸命に説得したのである。

「えーと…。こうですか? こう蹴りましょうか?」

靴を脱ぎ、黒いストッキングに包まれた脚をぎこちなく素振りしてみる。
その様子を見て、西田はやっかいなことを引き受けたと後悔する思いだった。

「お前…空手とかの経験はあるのかよ?」

「あ、いいえ! 体育の授業で、柔道を少し。学生時代は、陸上の短距離をやっていました!」

「そうか…」

ならば、足腰はしっかりとしているだろうと思い、西田は覚悟を入れなおした。

「いいか。金玉はマジで痛えからな。だから、ファールカップなんてもんを着けるんだ。それを理解してくれよ?」

「はい! 気を付けます!」

仕事の一環として、真剣にこなそうとしているようだが、どこかチナミはうれしそうだった。

「最初は、二割くらいの力で蹴ってくれよ。いいな? 二割だぞ」

「はい! 二割の力で蹴ってみます。では、いきます!」

「おう!」

チナミが腰を落としてかまえると、西田も目をつぶって、大きく足を開いた。
そうは言っても、格闘技経験のある自分が、自分よりもはるかに小柄なチナミなどの蹴りを耐えられないはずがないと、どこかで確信しているようだった。
 
「えい!」

チナミの右脚がぎこちなく振り上げられ、彼らが懸命に売り込もうとしている白いファールカップを直撃した。

ボン!

と、鈍い音がして、西田は股間に衝撃を感じた。

「んっ!! んん…」

西田はとっさに、腰を引いた。
ジワッと重苦しい衝撃が腰のあたりに広がってきたが、我慢できないほどではなかった。

「う…ん…。ああ…なるほどな…」

つぶやきながら、腰に手を当てて、天を仰いだ。
その様子を、チナミは興味深げに見ている。

「どうですか? 痛いですか?」

「あ? ああ、まあ…痛えっちゃ痛えな…。ちょっとズレたかな…」

言いながら、ファールカップの位置を直すように、右手でさすった。
本当はもっと早く股間をさすりたかったのだが、チナミの目の前で金玉をおさえることは、少し恥ずかしかったのだ。

「あ、そうですか。ズレやすいんでしょうか。だから、痛くなってしまうとか?」

チナミはメガネを上げながら、西田の股間を凝視する。
彼女にとってはまったく得体のしれない事情が、そこにはあるようだった。

「どのくらい、痛いんですか? データにしないといけないですよね。着けてないときを10とすると、5くらいですか?」

「いやお前、データって言ってもな…。着けてないときなんて、知らねえよ」

「あ、そうですよ! 着けてないときと着けたとき、両方調べないと、効果が分からないじゃないですか! 西田さん、コレ、一回外してください!」

「ああ? バ、バカ言え、お前! コレ外したら、モロに蹴られちまうじゃねえか!」

「いや、そうしないと、意味ないですよ! すいません。私が気がつかなくて。もう一回、同じ力で蹴りますから、比べてください」

金玉の痛みの分からない彼女は、ごく自然な様子でそう提案していた。
西田はもちろん抵抗したが、チナミの必死の説得によって、渋々ファールカップを股間から外したのだった。

「お、おい! ファールカップなしは、マジでヤバイからな? 力を間違えんなよ? いいな?」

「はい! 二割の力ですね? やってみます! でも、あの…ウチのファールカップって、着けても意味ないって言ってませんでしたっけ? だったら、さっきとあんまり変わんないんじゃ…。ちょっと強めにしましょうか?」

「バ、バカ野郎、お前! 着けても意味ないってのは、そうじゃねえんだよ! 着けてもけっこう痛いってだけで、ファールカップがあるのとないのじゃ、ぜんぜん違うんだよ!」

「え? そうなんですか? でも、ウチのは性能が低いって言ってたから…」

「お前、ホントに分かってねえだろ! 金玉の痛みってのはなあ…クソッ! も、もういいから…。とにかく軽く蹴れよ!」

男にとっては世界共通に近い、金玉の痛みの感覚というものを説明しようとしたが、金玉のついていないチナミには、それは結局分からないだろうということを思い、西田は諦めたように脚を開いた。

「はい! いきます! それ!」

ブン! と、チナミは再び右足を振り上げた。

「はうっ!!」

蹴られた瞬間、西田は目を見開いた。
先程とは比べ物にならない、重苦しい痛みが、内臓にまで響いてくるようだった。

「う…くぅ…!!」

もはや見栄を張ることも考えず、チナミの目の前で、股間を両手で抑え、背中を丸めた。
軽くとはいえ、無防備にさらした股間を蹴り上げられたのだから、当然だろう。

「あ…! 西田さん? 大丈夫ですか?」

チナミの方も、さっきとはまるで違う西田の痛がりように、驚いてしまった。
蹴った瞬間、足の甲にグニュっとした感触を感じたが、あれが金玉だったのだろうかと、思い返していた。

「あの…。どのくらい痛いですか? さっきのと比べると…二倍くらいですか? 三倍くらい?」

「くくく…!!」

痛みに苦しむ西田は、返事をするどころではない。
何も知らずにそんなことを聞いてくるチナミに、心底腹が立ったが、そんな怒りさえ呑み込んでしまう程の痛みだった。

「い、痛えよ、てめえ…! ちゃんと、二割って言っただろ…!」

「え? あ、はい。二割で蹴りましたけど…。じゃあ、あの…ファールカップを着けて、もう一回蹴ってみましょうか?」

「はあ? な、何言ってんだ、お前…? うう…!」

「いや、でも、すぐに比べないと、分かんないじゃないですか。その痛みの記憶が残っているうちに、もう一回蹴ってみないと。ダメですか?」

「すぐにって、お前…! ちくしょう…!」

股間から発せられる痛みは、あと数十分間の休息を要求していたが、後輩の女の子に股間を蹴られて、なめられるわけにはいかないというプライドが、西田を動かした。
さきほど脱いだファールカップを手に取って、股間に装着しようとする。

「ううっ! くっ!」

しかし、股間の膨らみの部分に少しでも衝撃を与えると痛むようで、ファールカップが膨らみに触れないよう、慎重に装着するしかなかった。

「あ、それは…。ああ、なるほど。そうやるんですね…」

あまりにもゆっくりとした西田の動きに、自然と目が行ってしまう。
股間の膨らみを下から持ち上げるようにしてカップの中に入れる様子は、女性のチナミにとっては、興味深いものだった。

「バ、バカ、お前! ジロジロ見んなよ!」

「あ、いや、でも、どういう風に使うものなのか、見ておきたくて…。お客様にも説明しないといけませんし…」

あくまで仕事のことを考えている様子のチナミに、西田もそれ以上何も言えなかった。

「ちくしょう…! 着けたぞ!」

再びファールカップを装着した西田は、いつの間に顔中を汗で濡らしていた。

「あ、はい! 西田さん、大変ですけど、頑張りましょう!」

大変なのは俺だけだと、西田は叫びたかった。

「部長も、コレが売れれば、特別手当を出すって言ってましたから。西田さんが協力してくれたことも、私、ちゃんと報告しておきます!」

意外な言葉が、チナミの口から出てきた。
あの部長め、俺がファールカップの営業をしている時には、そんなことは一言も言っていなかったくせに、と西田は思った。
逆にあのケチな部長がそこまで言うからには、コレが売れなければ、チナミだけでなく、自分の立場も危ういのではないかと感じた。
それでなくても、西田は常日頃から、営業部長とはそりが合わないと感じていたので、何としてもこのファールカップを改良して売れるようにしなければならないと思った。
 
「いきます! それ!」

3回目の金蹴りで、チナミは少し慣れてきた様子だった。
西田が考えを巡らせている間に、なんのためらいもなく、足を振り上げた。

ゴスッ!

と、ファールカップが跳ね上げられる。
最初の蹴りと比べると、うまく標的をとらえられたように、チナミは感じた。

「あうっ!!」

一瞬、呼吸が止まるほどの衝撃が走った。
ファールカップに守られているはずの二つの睾丸のうち一つから、ピンポイントな痛みが股間の神経に這い上がってくるような気がした。

「ど、どうですか?」

股間を両手で抑え、歯を食いしばって耐えている様子の西田を、覗き込んでみる。

「う…くく…! ズ、ズレたぞ、バカ…!」

「え? ズレた? ズレたって、その、ファールカップがですか?」

「そうだよ、バカ! うぐぐ…!」

どうやら、蹴りの衝撃で、ファールカップがズレてしまい、ファールカップのフチの固い部分が、西田のタマの一つに直撃したらしかった。

「えっと…それは…。ズレると、痛いんですか? 記録しとかないと…」

言いながら、チナミはメモを手に取っていた。
その間も、西田は苦痛に顔を歪めている。自社で作ったファールカップの欠点を、身を持って知ることになった。
素人のチナミが蹴ったくらいで位置がズレるなんて、こんなもの売れるわけがないと、文字通り痛感する思いだった。

「あの、西田さん。ファールカップがズレたときって、どうなるんでしょうか? 説明して頂けますか?」

「だから、それはお前…。カップの周りに、固い部分があるだろうが。ズレるとそれが当たって、痛えんだよ…!」

「ああ、なるほど…。固い部分が当たる、と…。え…でもそれは、ズレなくても、最初から体に当たってるんじゃないですか?」

メモを取りながら、疑問をぶつける。
女性であるチナミには想像もできないことが、西田の股間では起こっているのだ。

「バカ…! 体に当たったって、どうってことないんだよ。タマに当たるから、痛えんだろうが!」

「あ、そうなんですか…。えと…タマっていうのは、つまりその…睾…丸ってことで、いいんですよね?」

「知らねえよ! タマはタマだ! 金玉って書いとけ!」

恥じらうように確認を求めたチナミだったが、西田にとっては馬鹿馬鹿しいやりとりだった。
怒鳴られると、チナミは少し顔を赤くしながら、黙ってメモ帳にペンを走らせた。

「でも、そうなるとやっぱり、ウチのファールカップはズレてしまうから、効果がないってことなんでしょうか?」

「そうだな…。それだけじゃないかもしれないが、ズレやすいってのは、確かだな…」

いくらか痛みがおさまってきた様子の西田は、忌々しそうに股間のファールカップを見た。

「私、ちょっと試してみたいことがあるんですけど、いいですか?」

「ああ?」

西田が痛みをこらえている間に何か思いついていたようで、チナミは目を輝かせながら、西田の背後に回り込んだ。

「お、おい! 何を…」

「こうやって、ファールカップを目いっぱい持ち上げて、体に密着させるんです。グイーッと!」

チナミは西田の了解も得ないままに、背後から西田が履いているファールカップのバンドの部分を、力いっぱい引っ張り上げた。
そうすれば、確かにファールカップは西田の股間に密着することになるだろうが、股間に敏感なものを抱えている男としては、それは慎重にやってもらいたい作業だった。

「ちょ、お前…! お…ほぅ!」

思わず、奇妙な叫び声が出てしまう。
何度か衝撃を受けて、わずかに熱を帯びているに睾丸に、固いプラスチックのカップがピッタリとくっついているのを感じた。

「はい! こうして留めておけば、ズレません。どうですか?」

取り出した安全ピンでバンドを留めると、ファールカップは極限まで密着したまま動かなくなった。
西田は股間に冷たい風が抜けるような違和感を感じて、知らないうちに腰を曲げて、つま先立ちになってしまっていた。

「どうって、お前…。これじゃあ…」

「じゃあ、この状態で蹴ってみますね? いいですか?」

チナミは、集中すると自分の考えに没頭してしまうタイプらしく、西田の様子などはあまり気にしていなかった。
ただ、この状態ならカップがズレないから、痛くないだろうと思っただけで、西田の二つの睾丸が、カップの強化プラスチック一枚に仕切られた向こうに密着しているなどとは、想像もつかなかった。

「いきます!」

「ちょ、待て! 待てって…!」

つま先立ちになっていた西田には、チナミの蹴りを避ける素早さはなかった。
彼にできたことはただ、蹴りが当たる瞬間、わずかにジャンプして、衝撃を少しでも逃がすことくらいだった。

ゴン!

「ぐえっ!!」

西田の感覚では、ほぼ直撃に近かった。
カップと睾丸の間に隙間ができていないと、ファールカップは着けていてもあまり効果がないものになると、改めて思い知ることとなった。

「ぐぅぅ…!!」

カップなしで蹴られた時よりも、わずかにマシな程度だったその衝撃は、西田の両足から力を奪い、その場にうずくまらせてしまった。
さっき金玉を蹴られた時のダメージが、さらなる衝撃によって、またぶり返し、体全体の自由を奪っていくようだった。

「あ、あれ? 西田さん?」

チナミは、自分の予想とは全く違う結果に、純粋に驚いていた。

「もしかして、痛いんですか? あれ…? おかしいなあ…」

「クソ…! この…!」

少しでも痛みを紛らわせようと、西田は床に頭を擦りつけながら、歯を食いしばっていた。

「でも、西田さん! しっかりしたデータが取れましたから、これを開発部に報告しましょう! それで、どんどんこのファールカップを改良していったら、きっと売れるようになりますよ。頑張りましょうね!」

床に這いつくばりながら、脂汗をかいている西田に向かって、チナミはにっこりとほほ笑んだ。
その無邪気な笑顔を見ると、西田はそれ以上、何かを言う気力を失くしてしまった。






数日後。
社会人にしては明るすぎる茶髪を無造作にかき上げながら、開発部の成瀬リョウコが営業部にやってきた。

「ねえ、ちょっと。竹内ってのは、どこにいるの?」

そういって捕まえたのは、誰あろう、竹内チナミ本人だった。

「はい? 私が、竹内ですけど?」

「ああ、そう。アンタが、あの報告書を出したの。へー。アンタ、何年目?」

「はい。二年目です! あの…報告書って…。あ、もしかして、開発部の方ですか?」

「そうよ。開発部の成瀬。アンタの報告書を受け取った人。ていうか、アンタみたいなのがファールカップの営業なんかしてんの? 軽いセクハラじゃない?」

あまりにもあけすけにしゃべる成瀬の言葉に、営業部長はドキリとしてちょっと目を上げたが、すぐにまた顔を伏せて、聞こえないふりをした。
チナミは少しずり落ちたメガネを上げて、きょとんとした顔をしている。

「まあ、それはいいとして。アンタの報告書によれば、あのファールカップは設計に問題があるってことらしいけど。どういうことよ?」

禁煙パイプを歯でかじりながら、長い髪をかき上げるその姿は、とても節度のある社会人女性とは思えないものだった。
しかし成瀬リョウコの最大の特徴は、そこまで粗野で無作法な行為をしていても、まるで関係がないほどに美しい外見だった。
まるでモデルのような抜群のスタイルと、芸能人顔負けの美しい顔が、チナミの前で苛立ちを隠せないでいる。

「はい! おっしゃる通りです。設計に問題があって、ダメらしいんです!」

「ダメって?」

こう見えて、某有名大学院の工学部を卒業という経歴を持つリョウコは、すでに開発部のボスと言っていい存在だった。その彼女にこんなにはっきりとダメ出しをするとは、なんという怖いもの知らずだと、営業部の全員が聞き耳を立てながら思っていた。

「はい! あれを着けてても、その…痛いらしいです。その…アレは…なんというか…」

「金玉が?」

「あ、はい! それです!」

きわめて無邪気な返事を返したチナミの顔を、リョウコは改めて確認するように、不機嫌そうな目で眺めた。

「いいかい。あのファールカップはね、3年前にアタシが設計したもんなんだ。あれに使われている強化ポリプロピレンは、圧縮応力の高い特別製で、アイゾットでもテンサイルでも予想以上の数値が出て…って、アンタにそんなこと言ってもしょうがないか」

まっすぐな瞳で見つめているが、何も理解していなそうなチナミを見て、ため息をついた。

「とにかく、あのファールカップに問題はないってことよ。ぜんぜん売れないって話は聞いてるけど。営業不足をこっちのせいにしないでもらいたいね!」

営業部全体に聞こえるような声で言う。
それでも、営業部長は何も言い返すことはなかった。

「あの、でも…やっぱり、痛いらしいんです。私はよく分かりませんけど…固い部分が当たるとかで…」

「当たる? 金玉に?」

「はい…」

チナミはさすがに恥ずかしいようで、小さくうなずいた。
リョウコはしかし、そんなことはまったく気にしていないようだった。

「確かにね。アタシには金玉なんてついてないから、よく分かんない部分もあるよ。ある程度は、想像で作ったところもあるけど。…アンタ、実験してみたの?」

「あ、はい! 実験してみました!」

「アンタ一人でやるわけはないから…。そこにいる、西田とかかな?」

今まで沈黙を守っていた西田だったが、なぜかリョウコに見透かされて、ハッと顔を上げた。

「はい! そうです! 西田さんに協力してもらいました!」

「ふうん。なかなかの行動力だね。でも、あの男で実験したって、正確な結果が出るわけがないよ。あんな男、金玉がついてるかどうか、怪しいもんなんだから」

この言葉に、机に向かっていた西田が思わず立ち上がって、リョウコの方を睨みつけた。

「はい。え? でも、ついてましたよ。すごく痛がってましたから」

チナミのこの言葉に、営業部の女性たちから失笑が漏れた。
その雰囲気に、西田は気まずそうに座りなおさざるを得なかった。

「へー。アイツもいっちょまえに痛がるんだね。まあでも、信用できないね。痛いっていっても、アイツに根性がないだけでしょ。他の男なら、平気なはずだよ」

「そうですか? でもやっぱり、売れないのは、着けても痛いからじゃないかと思うんですけど…」

「分かったよ。報告書を受け取って、何も対応しないっていうのもマズイから、実験してあげようじゃないの。ウチのファールカップを装着しても、効果がないのかどうかってことをね。それで文句ないだろ?」

「あ、はい! 実験してください。お願いします!」

チナミはうれしそうに、深々と頭を下げた。

「じゃあ、話のついでだから、西田! アンタちょっと、実験に協力してよ」

リョウコが声をかけると、西田はまさかとは思っていたが、という表情で立ち上がった。

「いや、お前…。ふざけんなよ。誰が協力するか…!」

「だって、報告書に書いてある実験結果って、アンタのことなんでしょ? じゃあ、それを再現してみないと、アタシの立場としては、何ともいえないね。アンタが痛いっていうなら、それを目の前で証明してもらわないとさ」

それなりに筋が通っているように聞こえたが、西田にとっては言いがかりのようなものだった。
念のため、営業部長の方を見てみると、目があった瞬間、部長は大きくうなずいてみせた。

「ぐ…いや、でも、それは…」

「グズグズ言ってんじゃないよ! 男らしくないね! 西田はタマ無しなので、実験できませんでしたって報告するよ!」

これも完全にセクハラといえる発言だったが、西田に返す言葉はなかった。

「…わかったよ! やってやるよ! ちくしょう!」

吐き捨てるようにそう言った。

「もともと、自分の担当してる商品のくせに。もったいつけんじゃないよ。じゃあ、そういうことだから。明日にでも実験してやるよ。必要なものは、全部こっちで準備するからね。また連絡する」

「はい! ありがとうございます!」

立ち去るリョウコの背中に、チナミは丁寧に頭を下げた。




この会社では、開発部は営業部のすぐ隣にあるのだが、成瀬リョウコは強引に実験室のようなものを作り、ほとんどそこにこもりきりで仕事をしていた。
地下2階にある、以前は倉庫として使われていたらしい実験室に、チナミと西田はこの日初めて、足を踏み入れた。

「うわあ。なんか、いろいろありますね…」

案外と広い、コンクリートの打ちっぱなしの部屋には、正体不明の機械や試作品などが、雑然と置かれていた。

「あ、山下くん。久しぶり!」

チナミと同期入社の山下は、リョウコと同じ有名大学の工学部出身で、開発部に配属されたとは聞いたものの、その後はまるで行方不明にでもなったかのように、見かけなくなった。
久しぶりに会ったチナミに、少し頭を下げ、何か言ったようだったが、小声で聞き取れなかった。

「ああ、アンタ、コイツの同期だっけ? なかなか優秀なヤツだよ。今日も、手伝ってもらおうと思ってるんだ」

見れば、山下はすでに黒いスパッツの上に、ファールカップを装着している。
大人しい彼は、入社以来、ずっとリョウコの実験に付き合わされてきたのだろうということが、それだけで分かった。

「アンタは? もう着けてきたんだろ?」

西田に問いかけると、渋い顔でうなずいた。
どうやらあらかじめ、ファールカップを着けてくるように指示されていたらしかった。

「じゃあ、さっそく始めたいんだけど」

「や、やっぱり脱ぐのか…?」

ためらっていると、リョウコは鼻で笑った。

「もちろん。正確なデータを取りたいんでね。ズボンの上からじゃ、計測できないだろ。早くしてよ。別に私も、アンタの裸なんか見たくて言ってるわけじゃないんだからさ」

そう言われると、西田は無言で眉をひそめたまま、ベルトを外して、ズボンを下げた。

「あれ…きゃあ!」

チナミが思わず声を上げたのも、無理はない。
前回と違って、西田は素肌に直接ファールカップを装着しており、その下半身は超小型のビキニパンツを履いたときのように、ギリギリの状態だったからだ。

「アンタたちが、ズレるとか言うからさ。色んな状況で試してみたいと思ってね。こっちは下着ありで、こっちはなし。実際、人によって色んな着け方があるみたいだしね。きっちりチェックさせてもらうよ」

「あ…そ、そうなんですか…」

西田は観念したかのように、堂々と立っていたが、その顔はさすがに赤くなっていた。

「じゃあ、始めるよ。今回は、このロボットを使う。男二人は、前に立って」

そこにあったのは、頑丈そうな土台に、回転するアームのようなものがついた、大きな機械だった。
アームの先端には、ゴムのような黒い塊がつけられている。どうやらこれで、男の股間を打ち上げるようだった。

「なんですか、これ?」

「こいつは、ゴルフのスイングロボットを改造したものさ。ゴルフクラブやゴルフボールの試験に使うもんだね。このアームが回転して、男の金玉を叩き上げるってこと」

「へー。すごいですね」

「まずは、どうしようかな…。ヘッドスピード30mくらいからいってみるか?」

「ヘッドスピードってなんですか?」

機械を操作するリョウコを、チナミは面白そうに、西田と山下は不安そうな顔で見つめていた。

「ゴルフのスイングの速さだよ。秒速30mで動くってこと。このロボットは、ヘッドスピード70mまで出せるけど、最初だからね」

「秒速30mっていうと、どのくらいなんですか?」

「時速100キロちょいってとこでしょ。野球のピッチャーの腕の速度くらいだな」

「へー。そうなんですかあ」

女性たちの何気ない会話に、男たちは一気に青ざめた。

「ちょ…! おい!」

「はあ? ちょっと待ってよ。今、セッティングしてるから…」

「待て待て! 待てって! 野球のピッチャーの腕の速度とか…バカ野郎、お前! そんなんで蹴ったら、とんでもねえことになるだろうが!」

「ああ、そう? ゴルフのスイングでいったら、平均的な速度だけどね」

「だから、ゴルフクラブで叩いたりしたら、とんでもねえことになるだろうが! もっと下げろって!」

「ふうん。まあ、いいか。どのくらいにしようかな。秒速20mくらいか?」

リョウコは男たちの金玉がどうなるかなど、あまり気にしていないようだった。

「あんまり変わんねえだろ! …最初は、5mくらいで始めろよ」

その速度でさえどうなるか、西田には想像できなかった。
しかし男の意見としては、できるだけ低い速度で実験を終わらせたいと思うのは当然で、山下も何も言わず、うなずいていた。

「はあ? 5mって、ハエがとまるんじゃないの? …まあ、最初はそのくらいでいいか。…よし、いくよ。まずは、山下から」

リョウコにそう言われると、山下は小さくうなずいて、マシーンの前に立った。
色白のやせ形で、絵に描いたような研究者のような風貌の彼にも、男として本能的な恐怖があった。

「いい? いくよ?」

しかしリョウコは山下の緊張などお構いなしに、マシーンのスイッチを入れた。
スイッチの横にあるランプが赤く光り、マシーンのアームが動き出す。
そのスピードは、チナミが西田の股間をぎこちなく蹴り上げたときと、さほど変わらないものだった。

ゴン!

と、アームの先端につけた硬質ゴムの塊が、山下の股間のファールカップを見事に叩き上げた。

「んっ!」

スポーツや格闘技の経験などまったくない山下は、股間に打撃を受けたことなど、ほとんど初めてといっていい経験だった。
しかし、彼自身が制作した硬質ゴムの質量を股間に感じると、その効果は彼が想定していた以上のものだったと実感する。

「どう? 何か感じる?」

リョウコとチナミは、まったく痛そうには見えなかったそのアームによる衝撃が、決して小さくない苦しみを山下に与えているとは、露ほどにも想像しなかった。

「あ…はい…ん…まあ…」

両手を後ろで組んだまま、クネクネと体を動かして、痛みを紛らわせようとする。
同じような動きを、先日の西田もしていたのだが、チナミにはそれに何の意味があるのか、いまだに分からなかった。

「山下くん、その感じを覚えておいてね。次のと比べないといけないから。ですよね?」

「そういうことだね。今のを基準にして、これの10倍くらいの衝撃まで、ファールカップは問題ないはずだけどね。計算上は」

「はい…。頑張ります…」

顔をしかめながら、山下はつぶやいた。
自分が今まさに着けているファールカップの構造や、性能の詳細は理解しているつもりだった。リョウコが言うことも、正しいとは思う。
しかし、パソコン上での計算と、実際に着けてみるのとではまったく違う話なのだと、山下は大急ぎで自分に言い聞かせざるを得なかった。




「じゃあ、次。西田の番ね」

「お、おう! …おい、ちゃんとやってくれよ?」

西田はマシーンの前で足を開いたが、不安そうな表情をしていた。
彼にとってリョウコは、何か油断のできない関係であるということが、チナミの目にも分かってきた。

「大丈夫、大丈夫。ちゃんとやるから。ピッピッピっとね」

「…え? あ…いいんですか?」

リョウコの手元、マシーンの操作部分を見ていたチナミが、思わず小声で尋ねた。

「いいの、いいの。まあ、見ときな。いくよ?」

スイッチを押すと、マシーンのモーター音が響き、それまで静止していた黒い塊が、勢いよく西田の股間に向かって跳ね上げられた。

バシン!

「おうっ!!」

そのスピードは、先程の山下のときよりも、明らかに速いものだった。
目で見ただけでも、おそらくは倍以上あると、隣で見ていた山下は思った。
当然、西田の苦しみは山下の比ではなくなってしまう。

「おっ!! ああっ…!!」

裸に近い下半身を両手でおさえ、すぐさまその場にひざまずいてしまう。
例えようのない、重苦しい痛みが、股間から全身へと広がり始めていた。

「ぐうぅ…。お、お前…!」

見上げると、リョウコがマシーンの側でクスクスと笑っていた。

「ゴメンゴメン。ちょっと手が滑っちゃって。今ので秒速12mだったね。前に、アタシがアンタを蹴とばした時と、同じくらいの速度だろうね。どう? 比べてみて?」

「え? リョウコさんが蹴ったことがあるんですか?」

「そうなのよ。前に会社の飲み会でさ。コイツが酔っぱらって、抱きついてきたもんだから、蹴飛ばしてやったことがあってさ。あの時は、もっと痛がってたみたいだから、やっぱりそのファールカップを着けてれば、効果はあるってことじゃない?」

「く…そ…!」

そんなことを言われても、西田には何とも答えようがなかった。
確かに、以前リョウコに直接金玉を蹴られた時よりはマシなような気もするが、だからといって、平気で立っていられるほどではない。
結局、ファールカップとは男の睾丸が潰れてしまわないようにするための、補助的なものでしかないのではないかと、実感する思いだった。

「じゃあ、次は山下、アンタも今のでいってみようか?」

「え! あ…はい…」

隣でうずくまる西田の姿を見て、山下は背筋に冷たいものすら感じていたが、上司であるリョウコに反論するほどの勇気は彼にはない。
すると突然、チナミが手を挙げるようにして申し出た。

「あ、ちょっと待ってください! あの…私も試してみて、いいですか?」

「はあ? 試すって、アンタもこのマシーンをくらってみるってこと?」

「あ、はい。やっぱり、私も見てるだけじゃダメかなって思ったので。それに、サンプルは多い方がいいじゃないですか。なので…」

「サンプルっつったって、アンタには金玉ついてないじゃん。意味ないと思うけど」

「それはそうなんですけど…。とにかく、試させてください! お願いします!」

理屈ではない、実践主義の彼女らしい提案だった。
リョウコも、チナミのそういう所を気に入り始めていたため、無駄な事とは思いながらも、マシーンを操作することにした。

「じゃあ、いくよ。そこに立って。まずは、さっきの秒速5mからいってみようか? カップは着けないでいいのね?」

「あ、はい! 着けてないときと比べたいので。お願いします!」

制服のタイトスカート姿だったチナミは、スカートの裾を少したくし上げるようにして、股間をマシーンに向けた。
リョウコがスイッチを押すと、アームが回転し、その無防備な股間にゴムの塊を打ちつけた。

バン!

鈍い音がして、アームの動きは止まった。

「……ん? 今ので、終わりですか?」

男たちが固唾をのんで見守る中、少々の沈黙をはさんで、チナミはリョウコに尋ねた。

「そうだよ。あんまり感じなかっただろ。秒速5mなんて、そんなもんだよ」

「あ、はい…あんまりっていうか、別に、何も…。ねえ、山下くんは、さっきこれが痛かったの?」

「あ…はい…まあ…」

山下はチナミのあまりの反応の薄さに、素直に驚いてしまっていた。
先程、股間を叩き上げられた衝撃は、まだ自分の股間にじんわりと残っている。しかもチナミは、ファールカップすら着けていないというのに。

「じゃあ、次はさっき西田にやった、秒速12mくらいいってみる?」

「あ、はい。あ、でも、15mくらいでもいいですよ。きりがいい感じで」

「そうだね。じゃあ、15mで。はい」

山下と西田が大騒ぎしているから、一体どの程度のものなのだろうと最初は思っていたが、5mであのくらいなのだから、15mでもまったく問題ないだろうと、チナミは高をくくった。
男なら、本能的に体が動いてしまいそうな、そのアームの動きを、まるでためらうことなく、むしろきちんと当たるようによく見て、チナミは自分の股間を差し出すのだった。

ゴン!

今度はさすがに、少し痛そうな音がした。

「あ! うん…これは…ちょっと、骨に響きましたね。ああ…なるほど…」

どうやらゴムの塊が恥骨に当たったらしい。
それでも、チナミがしたリアクションといえば、スカートの上から少し股間をさする程度のものだった。

「じゃあ、ファールカップを着けてみますね。今のを忘れないうちに」

実験室には、予備のファールカップはいくらでも取り揃えてあった。
マナミはその中からSサイズのものを取り、黒いパンティストッキングの上に装着することにした。

「あ、これって、こういう風にするんだ…。ああ、なるほど…」

慣れない手つきで、スカートをギリギリまでまくり上げながらファールカップを履こうとするその姿に、隣で見ていた山下は、かすかな興奮を覚えてしまう。

「はい! できました! ちょっと股が窮屈ですね…。こんななんだ…」

タイトスカートの前が、ファールカップの形にもっこりと膨らんで、奇妙な姿になった。

「動きづらいだろ? 男はそれを履いて、野球だの格闘技だのしなきゃいけないんだよ」

「あ、そうですね。男の人って、大変なんだ…。でもこれ、しないといけないんですかね? すっごい邪魔だと思うんですけど…」

おさまりの悪そうな股間を手でおさえて、もぞもぞとする。
それは、俗にいう男がチンポジを直す動作そっくりだったが、チナミはもちろん無意識でやってしまっていた。

「そりゃあ、ソイツをしないと、金玉が痛いっていうんだから、しないといけないんじゃないの? 当たりどころが悪けりゃ、大事な金玉が潰れちゃうっていうんだから、しないわけにはいかないだろ」

「ああ、そうなんですね。男の人って、スポーツをするのにも大変な思いをしてやってるんですね。へえ…。なんか、気の毒だなあ」

チナミの率直な感想は、隣で聞いていた男二人のプライドを傷つけるには十分だったが、彼女はそんなことには気がつかない様子だった。

「じゃあ、やってみようか。さっきの15mでいい?」

「はい! お願いします!」

リョウコがスイッチを押すと、再びアームがチナミの股間に向かって跳ね上げられた。

ボコン!

山下の目から見ても、チナミの股間の膨らみにゴムの塊が直撃するのがはっきりと分かった。
それは男なら、思わず目を背けたくなるような瞬間だったが、あいにくその膨らみの中には、男にはあるはずの脆い急所は入っていなかったのである。

「あ! すごい! コレ、すごいですよ! ぜんぜん痛くない。ぜんぜん大丈夫じゃないですか、コレ!」

チナミは思わず、股間のファールカップをスカートの上から撫でまわした。

「だろ? ちゃんと作ってあるんだよ、そのファールカップは。痛いわけないんだ」

「ホントですね! わー! すごーい! あの、次はもっと速くしてみませんか? 絶対大丈夫だと思うんで。お願いします!」

ファールカップの性能が確かだったことがよほど嬉しかったようで、チナミは飛び跳ねて喜んでいた。

「そう? じゃあ、20mくらい、いってみるか。それ!」

リョウコも少なからず嬉しそうで、笑いながらマシーンを操作してスイッチを入れる。
ヒュン、と風を切る音がして、マシーンのアームがかなりのスピードでチナミの股間を叩き上げた。

コーン!

高い音が鳴り響いても、チナミは顔色一つ変えなかった。

「あ! 大丈夫です! ぜんぜん大丈夫! すごい! コレ、すごいですよ!」

「そうだろ。ソイツは、衝撃を効率よく分散するように設計してあるからな。中の空間にかかる圧力は、10分の1以下にまで減らせるはずなんだよ」

はしゃぐチナミの様子に、リョウコも誇らしげだった。
確かにファールカップというものは、受けた衝撃をその丸い外殻で分散して、圧力が一点に集中するのを防ぐのがその役目だろう。しかし、衝撃は分散されるだけで、消えるものではない。
だから、ファールカップの中に何も入れるもののない彼女たちには分からないのだ。分散された衝撃が、どれくらい金玉に響くものなのか。それがどのくらい、持続するものなのか。
チナミが感じたのは、せいぜい恥骨にファールカップの縁が少し押し込まれたくらいのものだったのだ。

「ねえねえ、山下くんもやってみなよ! ぜんぜん大丈夫だよ」

「え…! あ…いや…ボクは…」

「よおし! じゃあ、20m、いってみるか、山下!」

秒速5mのアームでさえ、じんわりと響くような痛みがあったのに、その4倍の速さだとどうなるのか。
山下の頭の中には、普段やっている計算予測よりも遥かに確実性の高い想像が浮かんだが、リョウコの命令に逆らうことは、習慣としてできなかった。

「いくぞ。それ!」

コーン!

隣で見ていた西田の背筋に、ゾッと冷たいものが走った。
秒速20mのアームの動きは、例えるなら空手の有段者の素早い蹴りの速度に等しかったろう。しかも狙いは正確で、股間に着けた白いファールカップに、黒い硬質ゴムの塊が、深々とめり込むのがはっきりと見えた。

「いっ!!」

山下の体は一瞬にしてくの字に曲がり、そのまま床にひざまずいてしまった。

「あれ?」

股間を両手でおさえ、ピクピクと震えながらうずくまる山下を見て、女性二人は思わず首をかしげた。

「ウソ。絶対、痛くないはずだよ。山下くん、ウソでしょ?」

ついさっき、同じ衝撃を股間に受けたばかりのチナミには、どうしても信じられなかった。
確かに、軽い衝撃を股間の隙間に感じたが、痛いというほどではない。装着していたファールカップだって、ビクともしていなかったのだ。

「い、痛い…です…!」

奥歯を震わせながら、山下は痛みに耐えていた。
ファールカップを着けていた場合、金玉への直接の圧迫はないため、痛みが伝わるのは一瞬だけになる。
しかし山下の感覚としては、針のようにするどい力が、一瞬で二つの金玉を突き刺し抜けたようなものだった。
金玉の痛みは、後から来る。響くように、下半身にくすぶり続ける。その感覚を、彼女達にどう説明したらよいのか。
とにかく今は、痛みに耐えることで精いっぱいだった。

「ウソぉ…。そんなはずないのに…。どうなってるんだろう、男の人って…」

チナミは正直な感想と共に、ため息をついた。
一方のリョウコは、ある程度は予想していたようで、興ざめたような顔つきで、禁煙パイプを噛んでいた。




「ふん…。まあ、こんなもんだろうね。性能上は問題ないはずなのに、痛いものは痛いと…。ホント、男の金玉ってヤツはよく分かんねえな。まあ、いいさ。次、西田、やってみようか?」

「え! い、いや、俺は…。もういいだろ…」

先程のダメージからはずいぶん回復していた西田だったが、山下に向かって放たれたアームの動きには、恐怖を感じていた。
それに、西田は気づいていたのだ。
自分は素肌に直接ファールカップを着けているが、その場合、ファールカップの内側に、金玉袋が少なからず密着してしまうのである。
ファールカップと金玉袋の間に空間が少しでもあれば、衝撃だけしか伝わらないのだが、密着している場合、金玉はファールカップの中で跳ねて、変形する。
直接衝撃を受けることよりははるかにマシなのだが、やはりファールカップは素肌に着けるものではないと、西田は身を持って学んでいたのだった。

「まあまあ、そう言わずにさ…」

妖しい微笑みを浮かべながらリョウコが近づいてくると、西田は思わず両手を上げて、防御態勢を取った。それを予期していたかのように、リョウコは西田の両手首に、ガチャリと手錠のようなものをかけてしまった。

「え!?」

驚いている間に、西田の両手の自由は奪われ、リョウコがリモコンのスイッチを入れると、ウイーンという機械音と共に、手錠に繋がれた鎖が天井に着けられたウインチに巻き上げられていった。

「お、おい! なんだ、これは!」

「まあ、こっちも色んなケースを想定してたってことよね。アンタが根性なしなのは分かってたし。これで、逃げられないでしょ」

当然のような顔つきで、西田の両手を頭上高く上げ、ほとんど爪先立ちのような状態まで持ち上げてしまった。
西田は当然、股間を守ることもできず、完全に無防備な状態になってしまう。

「すごい。いろいろあるんですね、この部屋」

チナミは少しズレた感想をこぼした。

「おい! やめろ! やめてくれって! もう、ファールカップの話はいいから。もう実験なんて…」

「まあまあ。ちょっと聞いてよ。アタシが、自分の作った製品の欠点を指摘されて、そのままにしておくと思う?」

わめく西田を制するように、リョウコは実験室の気密ケースの中から、一つのファールカップを取り出した。

「ちゃんと新型を用意してあるんだよね。ていっても、まだ試作段階だけど。今までの実験は、今のファールカップの性能を確かめただけ。アンタたちに言われたように、ウチのファールカップは着けても痛いのかってね。本当はこっちがメインの実験なんだよね」

リョウコの持つ新型のファールカップは、一見して今までのものと何ら変わりがないように見えた。
しかしくるりと裏返すと、ファールカップの内側に、緑色のゴムのようなものが詰まっていることが分かった。

「コレが新型の秘密。超軟質のハイパーゲルが入ってるの。分かりやすく言えば、衝撃吸収材ってことね。ファールカップが受けた衝撃を、このゲルが吸収して、金玉に伝わらないようにするわけよ。どう?」

誇らしげに、リョウコはそのファールカップを見せた。

「へー! すごいですね! 衝撃を吸収しちゃうんですか? 全部?」

「まあ、全部ってわけにはいかないけど、ほとんど吸収できるはずだよ。実験では、3階から卵を落としても割れなかった」

「すごい! それはすごいですよ。それなら、大丈夫じゃないですか?」

チナミの言う大丈夫は、もうまったく信用できないと、西田も山下も分かっていた。

「まあね。ファールカップってのは、金玉が潰れないように、ちょっと隙間を持たせてるわけだけど、それでも男は痛いって言うんだから。しょうがないから、その隙間にこういうものを入れてみようって思ったわけ。もともと、運動靴用に開発してたものだけどね。そこの山下がさ」

「へー。山下くん、すごいね!」

山下はうずくまったまま、少しだけうなずいた。

「でも、あと一つ問題があってね。これを着けるときは、隙間がないようにピッタリ着けなきゃいけないんだけど。まあたぶん、けっこう気持ち悪いんじゃないかと思うんだよね。アソコが」

「ああー、なるほど…」

リョウコとチナミは、同時に西田を振り返った。
西田を拘束した理由は、こういうことだったらしい。

「まあ、それはアタシの想像だからさ。試してみないことにはね、西田?」

「え…! あ…おい、ちょっと!」

西田が焦るよりも早く、リョウコは西田の着けていたファールカップのゴムベルトに手をかけて、一気にずりおろした。
ブルン、と、西田のイチモツが首をもたげた。

「きゃあっ!」

思わず、チナミは目をそむけてしまう。
しかしリョウコは平然とした様子で、新型のファールカップを西田の股間にあてがおうとした。

「ちょ…おい! ほぅっ!」

身をよじって避けようとするが、その隙を与えず、リョウコはファールカップを西田のイチモツに被せた。
ひんやりとしたゲルの感触に、西田は思わず悲鳴を上げる。

「えーっと、こうやって…。ねえ、ちょっと手伝ってよ。後ろから引っ張って。ぐいっと」

ファールカップに詰め込まれたゲルは、まるで新品のオナホールのように西田のイチモツ全体を圧迫していた。
前から手で抑えながらでないと、うまく装着できないようだった。

「え…! ちょっと…あの…私…」

多少は見慣れていたものの、さすがに西田のイチモツを直視することはできず、チナミはためらっていた。

「いいから、早く! これが製品化したら、お客さんに説明しないといけないだろうが。…そう。後ろから引っ張って、密着させるんだ。そう。もっと!」

「こ、こうですか…? ああ…もう…!」

西田のむき出しの尻を目の前にして、チナミは顔を真っ赤にしていた。
悪戦苦闘の末、どうやら西田のイチモツは、新型のファールカップの中に納まったようだった。

「ふう…。けっこう手間取ったね。着け方には、改良の余地ありだな。どう? 感触は?」

「ん…あ…ま、まあ…思ったよりは…」

ファールカップの中に入ったゲルは、最初こそ冷たかったものの、徐々に体温に温められて、違和感がなくなっていた。
むしろ、金玉袋全体を包み込むような心地よささえ西田は感じ始めていた。

「じゃあ、これで実験してみようか。まずは、秒速15メートルから。いい?」

「い、いや…ちょっと待てって…。まずはもうちょっと遅い速度から…」

一応、尋ねては見たものの、リョウコは西田の言うことなど、まったく聞く耳持つつもりはなかった。
淡々とマシーンを操作して、セッティングする。

「ちょっと、アンタ、コイツの脚を広げてくれない?」

「え? あ、はい。こうかな…」

体重のほとんどを吊り上げられて、爪先立ちになっている西田の片足は、チナミにも簡単に持ち上げることができた。
嫌がる西田の股間を、容赦なくマシーンの前に晒す。

「あ…! ちょっと待てって…!」

西田の声もむなしく、マシーンのアームは跳ね上げられた。

コーン!

と、高い音が響いて、先程よりも正確に、アームの先端は西田の股間のファールカップを叩き上げた。

「んっ! ……ん? あれ…? 痛くない…な…?」

以外にも、西田は平然とした様子だった。

「ホントに? じゃあ、もう一回やってみようか。それ!」

リョウコは西田の返事を待たずに、再びマシーンのスイッチを入れた。
しかも今度は、先程よりも速いスピードで、マシーンのアームが股間を跳ね上げる。
しかし。

「おっ! おお…いい感じだな。ぜんぜん痛くないぞ、コレ!」

「ホントですか? やったあ! ついに痛くないファールカップが完成したんですね! これは売れますよ、絶対!」

「そ、そうだな…。これなら…」

チナミは手を叩いて喜んだ。
自分が探し求めていた、痛くない、売れるファールカップがようやく見つかったのだから、当然だったろう。
西田もまた、予想以上の結果に嬉しさを隠せないでいる。
これでこそ、文字通り体を張って開発に協力した甲斐があるというものだった。

「だいぶ効果的だったみたいだね、このハイパーゲルは。ちょっと値段が高いのがネックなんだけど、まあ、それはまたどうにかなるでしょう。じゃあ、どのくらいまで平気なのか、ちょっと実験させてもらえる? さっきは秒速20mだったから、一気に30mくらいいってみようか?」

リョウコはそう言いながら、マシーンを操作し始める。
西田の方も、先程の20mでほとんど何も感じなかったくらいだから、30mくらいでも大丈夫だろうと思い、二つ返事で受けた。

「いくよ。それ!」

コーン!

「おおっ! うん…まあ、衝撃は感じるけどな。ぜんぜん痛くないぞ。もっといけるな!」

「ホントに? じゃあ、次は40mで…」

「すごーい! ぜんぜん余裕なんですね」

3人が興奮しながら実験を進めていたとき、いまだにジンジンと治まらない股間の痛みに苦しんでいた山下が、ゆっくりと顔を上げた。

「あ、あの…。成瀬主任…!」

「はあ? あ、山下! アンタのこのハイパーゲル、いい感じだよ。すごいの作ったね、アンタ。ちょっと待ってて。今、セッティングしてるから…」

「やるじゃん、山下君!」

「は、はい…。ありがとうございます…。でも主任、そのゲルはまだ開発中で…少し問題が…」

「ん? ああ、そうだね。コイツは、開発費が高いからね。それはちょっとネックだと思うよ。でも、それさえなんとかすれば…。よし、じゃあ、秒速40mいくよ! これは、ゴルフのドライバーのフルスイングくらいの速度だね。いい?」

「おう! ドンとこい!」

西田は柔道の有段者、スポーツマンとしての自覚とプライドを取り戻したようで、自信に満ちた顔で、ファールカップに守られた股間を差し出した。

「いえ…そうじゃなくて…。主任、それは…!」

「それ!」

ピュン!

と、今までとは明らかに違う風切り音とともに、マシーンのアームは西田の股間に襲いかかった。
半分吊り下げられた西田の巨体が、一瞬、浮いてしまう程の衝撃。
その瞬間、西田は自分の股間で何かがパチンと弾けたような気がした。
脊椎から尾てい骨まで、一気に冷たい風のようなものが吹き抜け、それと入れ替わるようにして、腰のあたりから痺れるような鈍痛が上がってくる。
形容しようのない、絶望的な痛みの波に、西田の意識は一瞬で吹き飛んでしまった。

「どうよ、今度は? さすがに少しは効いたんじゃない? あ、あれ…?」

西田の体から完全に力が抜け、その巨体が天井からぶら下がった肉塊のようになったとき、ようやくリョウコとチナミは異変に気がついた。

「あれ…? 西田さん?」

完全に白目をむき、口元から白い泡を吹き始めている西田を、チナミはまだ冗談のように半笑いで見つめていた。
女性たちは顔を見合わせて、互いに何が起こったのか分からない、という表情をする。

「あ、あの…そのハイパーゲルは、まだ開発中でして…」

あるいはこの結果を予期していた様子の山下がつぶやくと、リョウコとチナミは一斉に振り向いた。

「そのゲルは、空気中で温めると、徐々に堅くなっていってしまうんです。人間の体温くらいでしたら、たぶん数分で…。だから、あまり肌に密着させてしまうと、効果がなくなってしまう恐れがありまして…」

つまり、西田のファールカップの中で、ハイパーゲルは固まってしまっていたらしい。
そうなると、西田の金玉袋は、堅くなったゲルに覆われて、秒速40mの衝撃を直接受けてしまうことになり…

「ああ、そりゃあ…潰れたかもね」

「やっぱり、そうですかねえ」

山下が、分かっていても口に出すことをためらっていたことを、リョウコはズバリと言い、チナミも気の毒そうに顔をしかめた。

「うーん。まあ、固まる前は効果はあったわけだから。空気に触れさせないようにすればいいってことかしらね」

「真空パックにするといいかもしれませんね。肌に密着させると、気持ち悪かったみたいだし」

「ああ、それ、いいね」

あるいは取り返しのつかないことになっているかもしれない西田の股間のファールカップを見つめながら、リョウコとチナミは冷静に話し合っていた。
睾丸が潰れたかもしれないということを、口では言えても、まったく実感も共感もない女性たちの会話を、山下は背筋の寒くなる思いで聞いていた。

「じゃあ、山下。あと、コイツの世話をお願いできるかな? こういうのは、やっぱり男がやった方がいいでしょ。場所が場所だけに」

「西田さん、痛かったんでしょうね。お疲れ様でした。部長には、西田さんは頑張ってましたって報告しときます」

それなりに有意義な結果が得られたという雰囲気で、リョウコとチナミは実験を終わらせようとしていた。
さすがの山下も、それはあんまりだと思ってはいたが、習慣として、うなずいてしまう。

「アタシはこの結果をまとめて帰るから。あと、よろしくね。ああ、アンタもついてきて。意見を聞きたいから」

「はい! 新型ファールカップの完成まで、あと少しですね! 頑張ります!」

リョウコとチナミは、一仕事終えたという顔をして、実験室を出て行った。
まだビクビクと痙攣している西田のぶら下がった体を見つめながら、山下はファールカップの開発を、女性が進めることの矛盾のようなものを、ひしひしと感じていた。




終わり。


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