その日は、ハヤトにとって最悪の日だった。 朝から雨が降っていて、小学校につくと、げた箱は傘を持った生徒でいっぱいだった。みんなそれぞれ、傘を振って雨粒を落とし、キレイにたたむ子もいれば、そのままぐしゃぐしゃに丸める子もいる。 そんな混雑の中、ハヤトは突然、股間に鋭い痛みを感じたのである。
「くっ!」
と、ハヤトは思わず小さく声を上げた。 どうやら、誰かが振り回していた傘が、ハヤトの股間のタマにうまく当たってしまったらしい。 ハヤトは苦しみに顔を歪めて、へそのあたりを片手でおさえながら、痛みに耐えた。 げた箱はごった返しているため、ハヤトに傘を当てた犯人は見つかりそうもない。犯人自身、ハヤトのキンタマを攻撃してしまったことなど、気がつかなかったのではないか。 ハヤトは仕方なく、密かに痛みに耐えながら、靴を脱いで、げた箱を後にした。
昼休み、ハヤトはいつものように、図書館で本を読んでいた。 小学生だから、昼休みはほとんどの生徒は校庭で遊んでいる。図書館には、それほどたくさんの生徒は来ていなかった。 一冊の本を読み終わったハヤトは、別な本を読もうと、本棚の方に向かった。 狭いスペースを有効活用するために、本棚はびっしりと並べられていて、間をすれ違うのもギリギリだった。
ハヤトは本を眺めながら、何気なく本棚の間を歩いていると、左手前方に、背中を向けて本を選んでいる女子の姿を見た。 ハヤトは気にも留めなかったが、その女子はハヤトが近づくと、突然顔を上げて、ハヤトに背中を向けたまま身をひるがえした。手には分厚い本を持っていて、それがハヤトの股間に向かって、振り下ろされた。
ゴスッっと鈍い音がして、ハヤトのキンタマは本の角で打ちつけられた。 ハヤトは瞬間、うっと息を詰まらせ、股間を両手で押さえ、本棚によりかかってしまった。
「あ、ごめんなさい」
ハヤトに本を当てた女子は、横目でハヤトをチラリと見て、去っていってしまった。 ハヤトは何か言いたかったが、キンタマに当たったとは恥ずかしくて言えず、そのままゆっくりと、図書館の床に尻もちをついてしまった。
午後からの授業でも、ハヤトはズキズキと痛むキンタマを、度々おさえたり、さすったりしていた。 今日はもう、早く帰ろうと思い、帰りの会が終わるとすぐに、ハヤトはランドセルを背負って教室を出た。
廊下を曲がって階段を下り、踊り場にさしかかった時、下から女の子二人が駆けあがってくる声を聞いた。 二人は追いかけっこをしながら、勢いよく階段を上ってくる。 右に避けようとしたハヤトとちょうど同じ方向に、その女の子も避けてしまった。 二人は正面衝突しそうになるが、ハヤトはなんとか身を捻ってかわした。 しかしその瞬間、階段を跳ねあがってきた女の子の膝が、ハヤトの股間に吸いこまれるように当たってしまった。
「ぎゃっ!!」
ハヤトは思わず叫んで、膝から前のめりに崩れ落ちてしまった。 両手でキンタマをおさえて、つま先をジタバタとさせて、痛みに震えている。
「あ、ごめんなさい。大丈夫?」
「あーあ。ぶつかっちゃった」
ハヤトにぶつかった女子は、心配するような声をかけた。その後ろから、追いかけてきた女子が、様子をうかがっている。
「あの、大丈夫? どこかに当たったの?」
ハヤトはキンタマの痛みに脂汗を流しなら、かろうじて答えた。
「ちょっと…お腹に…」
それを聞くと、女の子二人は神妙な様子で顔を見合わせて、やがてこらえきれずに爆笑した。
「アハハハハ! お腹だって。お腹に当たったら、そんなに痛いの? ウケる!」
「ウソばっかり! アタシの膝が、アンタのタマタマに当たっちゃったんでしょ! アハハハ! なんでごまかそうとしてんの? 知ってるよ。アタシ、狙ったんだもん!」
ハヤトは驚いた表情で、二人が笑い転げるのを見上げていた。
「アハハハ! あー、おっかしい。アンタ、昼休みもごまかそうとしたでしょ? せっかくいい感じでタマに入ったと思ったのに。頑張って、隠そうとしたの? 超ウケる!」
「ねー。傘もけっこううまく当たったのにさあ。あんまり痛がらないんだもん。ピョンピョンするのが見たかったのになー」
ハヤトは痛みに耐えるので精いっぱいだったが、とりあえず、今日の一連のキンタマへの不幸は、どうやら彼女たちの仕業だったらしいことは理解できた。
「やっぱ、膝蹴りが一番効くよねー。ねえ、痛いの? どう痛いの?」
ハヤトは女の子に覗きこまれて、思わず顔を伏せてしまった。 恥ずかしさと痛みが、同時に彼の心と体を襲う。
「痛いよ。絶対。男の急所だもん。あー、待って、今気づいた。アタシもぶつかった時に、アソコ打っちゃったー」
ハヤトにぶつかった女子は、おどけながら、ハヤトがやったように両手で股間をおさえてみせる。
「えー、大丈夫? 痛いの?」
「いたーい。アソコが痛くて、歩けないなー。うーん。痛いよー。ねえ、アンタのタマタマとアタシのアソコ、交換しなーい?」
女の子はうずくまるハヤトの顔を覗き込んで、言った。 ハヤトは細い息を吐き出しながら痛みに震えるだけで、何も答える事が出来ない。 そんなハヤトを見て、女の子たちはさらに大爆笑した。
「アッハハハハ! マジで? マジでタマタマと交換しちゃう?」
「ウソウソ。するわけないじゃん。タマタマなんて超不便じゃん。いらなーい。アハハハハ! じゃあねー。また、タマタマ蹴らしてね」
「お大事にー」
女の子たちは笑いながら、階段を下りていった。 ハヤトはしばらくの間、涙をこらえて踊り場にうずくまっていた。
終わり。
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