「ミキちゃーん、何してんのー?」
するとそこへ、クラスメイトの女子、カエデとサユリが近づいてきた。 二人は、廊下の隅にしゃがみこんでいるミキと、そのそばで股間をおさえて、うずくまっているダイチを見ると、すぐに状況を理解したようだった。
「あー、ダイチ君もパンツ見たんだー。やっぱり、男子ってみんなスケベなんだね。ダメだよー、女の子のパンツ見たら」
クラスでもお調子者のサユリが、すべて分かった上で、クスクスと笑いながら言った。
「ミキちゃん、ちゃんと料キンもらった?」
「うん。膝蹴りさせてもらった。でもさ、ダイチ君は、ウチのクラスのルールを知らなかったんだね。ちょっと可哀想だったかなあ」
「あ、そうなんだ。でも、仕方ないよ。ルールはルールだもん。ねえ、ダイチ君、これからは、パンツなんか見ちゃダメだよ?」
カエデはニコニコと笑いながら、ダイチの顔を覗きこんだ。 自分は、決して見ようとしたわけではないと叫びたかったが、睾丸から押し寄せる痛みは、彼女たちに口答えしてはいけないということを、強く警告していた。
「ていうかさ、ダイチ君、給食の時間に、カエデちゃんのパンツも見てなかった? アタシ、前の席だったから、気づいたけど」
サユリのこの言葉に、痛みで半ば朦朧としていたダイチの頭は、冷水をかけられたように覚醒した。
「えー? ホント? ダイチ君?」
ダイチはとっさにうつむいて、目を逸らした。 その額には、汗が大粒の玉となって浮いている。
「み、見てない。見てないよ!」
全力で否定したが、動揺は隠しきれず、ウソをついていることは、カエデ達の目には明らかだった。
「ホントにー? ねえ、ダイチ君、ウチのクラスではねえ、一回ウソついたら、5キンタマ払わないといけないってルールもあるんだよ?」
ダイチの顔が、一瞬で強張った。 5回も金玉を蹴られるなんて、考えただけでもゾッとする。
「ホントなら、それでいいんだけど。他の人にも聞いてみようかなあ。それでもし、ウソだったら、その時はさあ…」
カエデはダイチの心を見透かしているかのように、うっすらと微笑んでいた。 サユリとミキもまた、ニヤニヤと笑っている。 むしろ、ウソをついてもらった方がいい。5回も金玉を蹴るなんて、楽しそうだ。 そんな彼女たちの思惑は、ダイチにも十分に伝わってきた。
「あ、あの…その…。やっぱり…」
唇を震わせながら、ダイチはつぶやいた。
「んー? なに?」
「やっぱり…チラッと見えてたような気がする…。ホント、その…チラッと…」
言い終わると、ダイチはごくりと唾を飲み込んだ。 カエデ達の反応はどんなものか。 神様に祈りたくなるような気分だった。
「えー? ホント―? チラッと見ちゃったんだ? しょうがないなー。なんで、すぐ言わなかったの?」
「い、いや…その…ちょっと忘れてて…。ホントにチラッとだったから…」
ダイチは慌てて弁解したが、女の子たちには通用しなかった。
「じゃあ、ダイチ君は最初だから、パンツの分だけで許してあげるよ。さ、立って」
カエデは楽しそうに笑っていた。 もちろん、ダイチはまだ立ち上がれるほど、ミキの膝蹴りのダメージから回復したわけではない。 股間をおさえたまま、うずくまっていると、サユリとミキが、その両脇を抱えて引き起こしてしまった。
「や、やめて…! ごめん! 謝るから…!」
恐怖にひきつった顔で、叫んだ。
「うん、いいよ、いいよ。ちゃんと料キンさえもらえれば、それでいいんだからさ。じゃあ、いくよ?」
カエデは慣れた動きで、ダイチの股間に自分の足先を当てて、狙いを定めた。 ダイチが脚を閉じようとしても、サユリとミキが自らの脚を股間に突っ込んで、それをさせなかった。
「ごめん! ごめんなさい! 何でもするから! もう蹴らないで!」
「えー。しょうがないなー。でも、これって決まりだからさあ。…あ、そうだ!」
何か気がついたように、カエデは声を上げた。 その顔には、女の子が相手をいたぶるときのような、小悪魔的な笑いが浮かんでいる。
「今から、一つクイズを出すね。これに正解したら、許してあげる。いいでしょ?」
「ク、クイズ…?」
ダイチの返事を待たずに、カエデはクイズを出してきた。
「問題! アタシのパンツについてるリボンの色は、何色でしょうか?」
「え!?」
ダイチの頭が、これまでの短い人生で、最も速く回転したときだったかもしれない。 クイズの答えは、知っている。 正解すれば、金蹴りをやめてくれるという。 しかし、それに正解するということは、カエデのパンツをしっかりと見たということになり、それは、先ほどウソをついたということになるのではないだろうか。
「はい、あと5秒ね。5、4、3、2…」
カエデは、ダイチの心中の葛藤を知っているのかどうか。 サユリとミキも、何か悟ったかのような顔をして、ニヤニヤ笑っている。 わからないと答えれば、とりあえず今は一回蹴られるだけで済むのか。 もし、後でウソをついたとバレたら、その時また蹴られてしまうのではないだろうか。 考えれば考えるほど、わからなくなり、もうどっちにしろ、自分は金玉を蹴られてしまうような気がしてきて、ダイチは考えるのをやめた。
「赤! 赤だ!」
思わず、見た通りのことを、正直に叫んでしまった。 その瞬間、沈黙がその場を流れる。 サユリとミキも、カエデの反応を待っているかのように黙りこくっていた。
「…せーかい! ダイチ君、すごーい! 約束通り、蹴るのやめてあげるね?」
ダイチの体から、一気に力が抜けた。
「あ、ありがとう…ございます…」
どうやら、自分の選択は正しかったらしいと、ほっとする思いだった。
「うーん。どうして分かっちゃったのかなー。おかしいなー」
カエデの首のかしげ方は、どことなくわざとらしかったが、ダイチにはもはやそんなことを気にする余裕がなかった。 ただ、この場を早く離れて、イスに座ってゆっくりと休みたい。そんな思いが、ダイチの頭を支配していた。
「カエデちゃん、ホントに赤だっけ? ピンクじゃなかった?」
ダイチの腕を抱えていたサユリが、突然そう言った。
「水色じゃなかった?」
どういうつもりなのか、ミキまでそんなことを言いだした。
「ホントだよお。確認してみよっか? ホラ」
カエデがごく自然に、スカートをめくり上げた時、ダイチの思考は完全に止まっていた。 そこには、純白のパンティーと、赤い小さなリボンが見える。
「あ…」
これが何を意味するのかを理解したのは、そのすぐ後だった。
「ね? 赤でしょ? ねえ、ダイチ君、赤だよね?」
ニコニコと笑いながら問いかけるカエデに、ダイチは思わず目をつぶって、泣きそうな表情でうなずいた。
「う、うん…。赤です…」
「そうだよね。よかった。じゃあ、改めて料キンをもらうね? せーの!」
もはや、女の子たちの意地悪な遊びに付き合う気力は、ダイチには残っていなかった。 それよりも、やがて確実に来る地獄のような痛みに耐えるため、目をつぶり、歯を食いしばって、男らしく仁王立ちして身構える方が、ダイチにとって優先事項だった。
ズン!
股間に突き刺さった質量の中に、ほのかな体温が感じられたような気がした。 カエデの膝の先端は、金玉袋の根元あたりに突き刺さり、睾丸を押し潰したのは、そのすぐ上、膝頭と太ももの間の、堅くて太い部分だった。
「はああっ…」
瞬間、背筋に寒いものを感じ、この数瞬後に来る痛みが、先ほどのミキの蹴りのときの比ではないことを、ダイチは本能的に感じ取った。 すぐに両脚の力が抜けて、一気に重くなったダイチの両腕を、サユリとミキが放してやる。すると、ダイチの体は木が倒れるように、横倒しに崩れ落ちてしまった。
「っっっ……!!」
声にならない叫び声を上げて、ダイチは顔を歪めた。 二つの睾丸から上がってくる痛みは、胃を貫いて、喉元に吐き気すら催させる。 えづくような咳が、ダイチの口から何度も漏れた。
「さすがあ! カエデちゃんの膝蹴りは、すごいねー」
「ホント、みんな、こうなるよね。すごーい」
女の子たちの目にも、ダイチのリアクションが異常であることは分かったらしい。 金玉の痛みにも、いくらかの段階があることを、何度も金蹴りを重ねるうちに、彼女たちも理解しているようだった。
「そうかなあ。まあまあ、強めに蹴ったからかな。ねえ、ダイチ君。ダイチ君は転校生だから、これで許してあげるね。でも、もうウソついちゃダメだよ?」
廊下に這いつくばって苦しむダイチに、カエデは諭すように声をかけた。
「パンツを見たら、ちゃんと料キンを払わないとさ。ルールだからね?」
自分に地獄のような苦しみを与えておきながら、にっこりと笑いかけるカエデの姿に、ダイチは言いようのない恐怖を感じた。 これから、カエデの顔を見るたびに、この痛みを思い出すだろう。 絶対に、彼女に逆らってはいけないと、朦朧とした意識の中で確信した。
「じゃあ、行こっか。料キンももらったし。ありがとうございましたー!」
満足そうな表情で、カエデはペコリと頭を下げた。
「ダイチ君、ありがとうね。また、新しい見せパン買ったら、見せてあげるね」
「え、ミキちゃん、見せパンって何?」
「あ、うん。新しいの買ったんだ。カワイイんだよ。見てみる?」
「えー! 見せて見せて!」
楽しそうにはしゃぐ女の子たちの眼中には、すでにダイチはないようだった。 ダイチはこれから、気が遠くなるほどの長い時間を、絶望的な痛みと戦わなくてはならないのだった。
終わり。
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