2ntブログ
男の絶対的な急所、金玉。それを責める女性たちのお話。


とある大学の武道場。
空手部の部員たちが稽古に励んでいた。

「はじめ!」

部長の赤井ケンゴの号令で始められたのは、試合形式の組手。
この空手部の流派は実戦的で、組手の際には強化アクリル製のヘッドガードと拳を守るためのサポーター、脛あてなどが用いられている。
それでも強烈な蹴りが頭部に決まれば、気絶してしまうこともある危険な稽古だった。

「お願いします!」

その激しい組手を今から行うのは、男子部員の梅田アツシと女子の中野ジュリだった。
二人は同じ黒帯の二段で、身長もそれほど変わらなかったが、ジュリの手足は細く、とても空手の有段者とは思えない体格だった。
防具で守られているとはいえ、アツシの攻撃をまともにくらえば、簡単に吹き飛んでしまうかと思えるほど、二人の体重差は明らかだった。

「えぇい!」

開始から十数秒、先に手を出したのはジュリだった。
軽いフットワークから、思い切り踏み込んで、アツシの顔面にむかって突きをはなった。
しかしアツシは前方にかまえた手で、その突きを簡単に払い落としてしまう。

「はっ!」

今度は逆にアツシから、ジュリの顔面に向かって突きがはなたれた。
ジュリはこれを上半身をかがめるようにしてかわし、踏み込んできた相手の胸に向かってカウンターの突きを入れた。

ゴッ! と、鈍い音がしたが、アツシの分厚い胸板に、さしたるダメージはなかった。

「やっ!」

ジュリは今度はアツシの太ももめがけて、下段蹴りをはなった。
そのキレとスピード、ブレない体幹は素晴らしく、さすがに二段という段位を取るだけはあった。
しかしやはり男女の体重差は相当で、アツシはその下段蹴りを楽々と受けながら、カウンター気味に中段回し蹴りを繰り出していた。

「おっ! とと」

ジュリは両手でブロックしたのだが、片足立ちになっていたところに受けたためバランスを崩し、尻もちをついてしまった。

「待て!」

ケンゴが組手を止め、ジュリが立ち上がると、二人は道着を整えて、中央の開始線に戻った。

「ふー。すごいなー。よし!」

「はじめ!」

再開するとすぐに、ジュリはかまえを変えた。
それは腰を落とし、後ろ脚に極端に重心を載せた、いわゆる猫足立ちのかまえだった。
ジュリがそのかまえを取った瞬間、相対するアツシの顔に緊張が走った。
静かに、すり足のようにして間合いを詰めていく。
次の瞬間、

パン、パン!

と、弾けるような音が連続した。
下段、中段と、ジュリの蹴りがアツシの道着を叩いたのだ。
それは先ほどの蹴りのような威力はなさそうだったが、スピードは段違いで、アツシはほとんど反応できていなかった。
つま先立ちに近くなるほど脱力した左脚を、鞭のように動かすことで、スピードに特化した蹴りになっているようだった。

パン!

と、アツシが左脚の内側でジュリの蹴りを受け止めたかに見えた。
しかしそれは受けさせられたに等しいものだったようで、次の瞬間、ジュリの脚はアツシの股間に伸びていた。

パン!

「あっ!」

思わず、アツシは右手で股間をおさえた。
そしてガードが下がった顔面に、バシッとジュリの蹴りが斜め下からえぐるようにして入った。
最初の蹴りからここまで0,5秒以下。流れるような三段蹴りだった。

「一本! それまで!」

あおむけに倒れるようにして沈んだアツシを見て、ケンゴはすぐさま組手を止めた。

「オス!」

ジュリはその場でペコリと頭を下げ、開始線に戻った。

「梅田、立てるか?」

「オ、オス…」

下腹部をおさえながら、ヨシキは何とか立ち上がり、よろけながら何とか開始線に戻ることができた。

「ありがとうございました!」

一礼してヘッドガードを外すと、ジュリはすぐさま道場の隅に駆けて行った。
そこには、見学に連れてきた友達の石田ミカが座っている。

「きゃー! 勝っちゃった! すごかった? どう?」

つい今まで、あれほど緊張感を持って組手をしていたとは思えないはしゃぎようだったが、これが本来のジュリのテンションだった。

「すごかった! ほんとにすごいよ! ジュリ、強いじゃん。わたし、心配しちゃったよ。ぜんぜん大丈夫じゃん」

石田ミカはジュリと同じゼミに通っていて、普段からよく遊びに行ったりしている。
ジュリが空手をやっているのは知っていたが、実際に見るのは今日が初めてだった。

「それが大丈夫じゃないのよ。手加減してくれたからさ。あの受けもさ、ビシッて弾かれて、超痛いからね。骨に響くんだから」

アツシに突きを払い落とされた右手をさすりながら、顔をしかめた。
組手には勝ったはずだが、それをおごらず、何でもあけっぴろげに話すのが、彼女の好かれるところだった。
その口調は正直で、まったく嫌味がない。

「そうなんだ。でも最後のキックはきれいに決まったね。すごい速くて、避けられなかったんじゃない?」

「あー、アレはね。その前に金的が決まってるから。一本取ったのも、金的蹴りのだよね。最後のはおまけっていうか、そんなに効いてないと思う」

「え? そうなの? 金的蹴りって、その、急所というか、アソコの?」

日常、あまり聞きなれない言葉をジュリが自然と話していて、ミカは少々面食らった。

「そう。ウチは金的攻撃もありだから。金的蹴りはいつも練習するし、受けの練習もするよ。ま、わたしは攻撃ばっかりだけどね」

ジュリはペロっと舌を出して笑った。
あの猫足立ちのかまえは、威力よりも素早さに特化したもので、金的蹴りを決めるためにあのかまえに変えたのだろう。
ふと目をやると、ジュリに金的蹴りを受けたアツシは、防具も外さず道場の隅に正座して、下腹部をおさえているように見える。
最後の顔面蹴りのダメージよりも、金的蹴りの方が深刻だったということだろう。

「ウチでは、女子は絶対金的蹴りを覚えさせられるよ。護身術にもなるし、便利だよ」

「やっぱり、そうなんだ。あの人、痛そうだもんね。あの、そこの防具とかつけてなかったのかな?」

次の組手はすでに始まっていたのだが、いまだに顔をあげられずに苦しんでいる様子のアツシを見て、ミカはそう思った。

「ううん。防具は着けてたよ。みんな、ズボンの下に着けてるみたいだよね。それでも痛いときは痛いみたい」

「そうなんだ」

ジュリは蹴ったときに、ファールカップの存在を足で感じたらしい。
この空手部では、動きやすさなどの面から、大型のファールカップを着けたがらない男子が多いようだった。

「ねえ、もっと見たい? 見せてあげるね。部長! わたし、やります!」

ちょうど男子同士の組手が終わったとき、ジュリはまたケンゴに向かって手を挙げた。

「お、そうか。それじゃあ、相手は古川、お前やれ」

「オ、オス! 部長、ちょっと…。防具を着けなおします」

指名された古川ヨシキはそう言うと、いったん用具倉庫に入り、出てきたときには、股間に防具を装着していた。
それはボクサーがスパーリングの時に着けるような大型のもので、厳重に股間を守るようなタイプのものだった。

「オス! お願いします!」

白い空手道着の股間に、黒いプロテクターがポッコリと盛り上がっている。
はっきり言って不格好なその姿を見て、ミカは思わず笑いがこみ上げそうになってしまった。

「え? ちょっと、ヤバくない? あんなの着けられたら、さすがに効かないんじゃないの?」

金的蹴りに対する完全防御ともいえる防具を着けて、ヨシキは自信ありげだった。
しかし、いかにも動きにくそうな、あんなものを着けなければジュリと組手が取れないと考えると、ミカにとってはそれ自体が面白おかしいことだった。

「そうだねー。痛くないかもね。でも、技が決まればちゃんと一本は取ってくれるから。見ててね」

そう言うと、ジュリはまたにっこりと笑って、防具を着けた。

「よし。では、はじめ!」

ケンゴが合図をすると、ジュリはすぐさま、先ほどの猫足立ちのかまえを取った。
言葉通り、今度も金的蹴りをミカに披露するつもりらしい。
ヨシキもそれは想定内のようで、右脚を大きく引き、半身になって、念入りに正中線を守るかまえを取った。

双方、相手をうかがうような十数秒の沈黙の後、先に動いたのはジュリだった。
ヒュッと音がするような鋭い蹴りが、ヨシキの股間に振り上げられる。
間一髪、ヨシキはそれを右手で叩き落した。

「ふっ! はっ!」

しかしジュリの連続蹴りは止まらず、股間だけでなく、中段、下段と次々に繰り出してくる。
ヨシキはそれを一つ一つ防御したり、打点をずらしたりしてかわしている。
ミカの目にも、先ほどはとらえられなかったジュリの蹴りの秘密が見え始めてきた。
ジュリはすり足で動いているが、その際、脱力した前脚が地面につくかつかないかのところで、蹴りを繰り出している。
相手にしてみれば、移動がすぐさま攻撃につながり、とても厄介なかまえだった。

パシン! パシン!

と、ヨシキが防御するために前に出した左脚に、何度も蹴りが当たる。
しかし、それはローキックほどのダメージはないようで、ヨシキにしてみれば、金的にさえ当たらなければいいと考えているようだった。

「えいっ!」

ジュリが攻め方を変え、ヨシキの顔面に向かって突きをはなった。
相手の視界を奪うことを目的とした、脱力した突きで、ヘッドガードで守られているとはいえ、ヨシキの体に緊張が走った。

「はいっ!」

スパン! と、隙をついた金的蹴りが、ヨシキの股間に炸裂した。

「一本! それまで!」

ケンゴが組手をとめた。

「オス!」

ジュリはその場で頭を下げた。
先ほどと違うのは、股間を蹴られたヨシキが、まったく痛がっていないことだった。

「オ、オス! すいません。今のは、入ってないんじゃないかと…」

ヨシキは部長のケンゴに、恐る恐る申し出た。

「なに? そうか? きれいに入ったように見えたが」

「いや、自分はとっさに腰を引いたんですが、この、プロテクターに当たってしまって…」

どうやら、ヨシキはジュリの金的蹴りをかわしたつもりだったらしいが、大型の防具は股間の部分が盛り上がっているため、そこに当たってしまったと主張しているようだった。

「うん。そうか。中野はどうだ? 手ごたえはあったか?」

「えー。ありましたよ。さっきよりもきれいに入った気がします」

「いや、まあ、でも…」

ヨシキは金的蹴りを入れられたことを認めたくないのか、潔く負けを認めなかった。
女性に男のシンボルである金玉を蹴られるということは、女性に制圧され、男としての存在を否定されてしまうような、そんな複雑な気持ちになる。
それは同じ男であるケンゴにも、理解できる部分があった。

「じゃあ、もう一回、防具を外してやってみましょうか? ね?」

ジュリはにっこりと笑いながら、ヨシキの股間の防具を指さした。

「え? そ、それは…でも…」

ヨシキはとっさに、口ごもった。
防具なしでジュリの蹴りを受ければ、先ほどのアツシのように痛みに苦しむ可能性が高い。

「なーんて、ウソウソ! 外さなくていいですよ。みんなが痛い思いするの、わたしもイヤですから。練習ですから、引き分けにしましょ? ありがとうございました!」

ジュリは笑いながら一礼して、防具を外した。
そして先ほどと同じように、ミカのもとに駆けていく。

「イエーイ! また決めちゃったー! すごいでしょ? でしょ?」

はしゃぐ様子を、ヨシキは呆然と見ることしかできなかった。
もし防具がなかったとしたら、どうなっていたか。それは彼が一番よく知っていたから。
そして部長のケンゴもまた、はしゃぐジュリの様子を、半ば微笑ましく、半ば悔しそうに見ていた。




部活終了後、最後まで稽古を続けていた部長のケンゴが武道場の鍵を閉めた。
何か思いつめたような表情で歩き、大学の校門を出るころには、大きなため息をついた。

「部長さん。ケンゴ君」

突然、声をかけられ、少しびっくりした。

「こんばんは。遅くまで、ご苦労様です」

立っていたのは、スポーツ用品メーカーの竹内チナミだった。
ケンゴとは彼が入部した当時からの知り合いで、彼女の会社が開発した新製品をよく持ち込んでは、テストをお願いされたりしている。

「チナミさん。そっちこそ。こんな時間まで仕事ですか?」

「そうなの。実は、すっごいオススメの新製品が今日、ついにできて。すぐにでも試してもらいたくて、来ちゃいました」

チナミは小柄だが、バイタリティに溢れた営業で知られていた。

「新製品? この間、試させてもらったファールカップは良かったですね。あれはいつ製品化するんですか?」

「そう! そのファールカップなんだけど。また新しいのができちゃいまして。絶対、気に入ると思うよ。ほら、これ」

チナミはカバンの中から、ビニールに包まれた青いゴムの塊のようなものを取り出した。
ケンゴが手に取ると、それは小型だが、ファールカップであることが分かった。

「これって…。今までのより、ずいぶん小さいですね。これじゃあ、その、けっこうギリギリなんじゃ…」

具体的な表現は避けたが、ケンゴは自分のイチモツを想像して、そう判断した。
だいたい、チナミのような若い女性が仕事とはいえこんなものを持ってくること自体が、ケンゴにとっては不思議だった。

「あ、一応、日本人男性の平均ギリギリのサイズで作ってあるんだけど。だからまあ、その、サイズが合う方で試してほしいんですけど…」

「ああ、なるほど…。でもこれじゃあ、あんまり小さすぎて、当たると痛いんじゃ…。ん!?」

ケンゴはファールカップを触っているうちに、あることに気がついた。
普通、ファールカップというのは、男の急所である睾丸を守るために、できる限り堅い素材で作られている。
鉄製だったり、強化プラスチックだったり、最近ではカーボン製もあるという。
それだけ堅い素材でできているから、蹴ったり当てたりしたときには相手にもそれと分かるのが当然のことだった。
しかし、このチナミが持ってきた新型のファールカップはというと。

「これ、全体が柔らかいですね」

「そうなの! よく気づいてくれました。そこがこの新製品の一番の特徴で、極限まで小さくしたカップに、表も裏も新素材のハイパーゲルを配置しました。だから、衝撃吸収性能はバッチリなんです。それに、外側が柔らかいということは…」

「これなら、当たったときに気づかれない…」

ケンゴがつぶやくと、チナミはニヤリと笑った。
よく見れば、このファールカップの外側の部分は、下の方が膨らんでいて、上は棒のようで、いわゆる競泳水着のもっこりのようなデザインになっていた。
これならば、足で触れるくらいでは、ファールカップを着けていると思われないのではないだろうか。

「これはすごい…けど、なんでわざわざこんなもの…?」

ただ急所を守るためだったら、ヨシキが着けていた大型の防具のように、できるだけ大きく、丈夫にした方がいい。
わざわざフェイクの男性器のようなものを作るということは、ファールカップを着けていることを隠すという意図があるとしか思えなかった。

「チナミさん、これ…」

ケンゴは目で、チナミに尋ねた。
金玉を蹴られて、痛い思いをしたくない。
しかし、男の急所の金玉を大事に守っていることを、女性に悟られたくない。
ファールカップなんて、みっともない。
そんな男の情けないプライドを守ってくれる究極の製品が、これなのか。

「そうなの。そういうすごい新製品なんです。どうぞ、使ってみて!」

チナミは力強くうなずいた。
顧客の隠されたニーズを掘り当てる、彼女と彼女の会社の開発力に、感心する思いだった。

「ありがとうございます!」

ケンゴはファールカップを握りしめ、力強くうなずいた。




数日後。
ケンゴは組手の練習を行うとき、珍しくジュリを指名した。

「中野、久しぶりにやろうか」

「あ、はーい」

通常、この部活では、男子と女子が組手を行うことは滅多にない。
先日はジュリの友達が見学に来ているからと、特別な配慮で行われたのだ。

「じゃあ、俺が受けの練習したいから、攻めてきていいよ」

「え? あ、はい。でも部長、防具はいいんですか?」

ケンゴはヘッドガードはもちろん、大型のファールカップも着けていなかった。
ジュリはさすがに、少しためらった。
部長であるケンゴの実力は確かにジュリのはるか上だったが、それでもまったく当たらないということはない。

「いいよ。金的も、どんどん蹴ってきて。練習したいから」

「ホントですかー? じゃあ、行きますよ」

さすがに道着の下にファールカップは着けているのだろうと思い、ジュリは組手を始めることにした。
リクエスト通り、最初から得意の猫足立ちのかまえで、素早い蹴りをどんどん繰り出してくる。

パシン! パシン!

ケンゴはさすがに防御もうまく、アツシやヨシキの比ではなかった。
華麗な足さばきでジュリの蹴りをかわし、何度も金的を防いでいた。
しかし、ジュリの腕もさるもので、わずかな隙をつき、女性特有の細い足首をケンゴの股間に滑り込ませた。

パン!

と、ケンゴの股間で道着が弾ける音がした。

「あ! え? 部長?」

ジュリはすぐさま脚を引き、驚いた顔でケンゴを見た。
というのも、彼女が足の甲に感じたのは、いつもの堅いファールカップの感触ではなく、やわらかい、もっこりとした質量を感じる塊だったからだ。
色々な経験上、それがむき出しの男の急所であることが、ジュリにもはっきりと分かった。

「だ、大丈夫ですか?」

今までファールカップなしの金玉を蹴ったことはほとんどなかったが、カップを着けていてもあれだけ痛がるのだから、カップなしでは大変なことになってしまうと、女ながらに彼女は思った。

「ん? 何が? ぜんぜん大丈夫だよ。続けようか」

意外にも、ケンゴはまったく痛がる様子もなかった。
確かに当たったのに。
小さなボールような膨らみを跳ね上げた感触が、今でも足の甲に残っているというのに。
ジュリは不思議に思った。

「あれ? あの、部長…。カップ、着けてないですよね?」

「え? ああ、すごいな。そんなことも分かっちゃうんだ」

「あ、いや、まあ…。感触で…そうかなって思ったんですけど」

さすがに少し恥ずかしそうに、ジュリは言った。

「ま、俺もそれなりに鍛えてるからさ。少しくらいは耐えられるよ」

にっこりと笑うケンゴの顔は、とても痛みを我慢しているようには見えなかった。

「えー、そうなんですか? すごーい。さすが、部長! 鍛えられるんですか? ホントですか?」

ジュリはこの流派の空手に入門したときに、まず金的蹴りを教えられた。
絶対に鍛えられない、男の最大の急所。
決まれば、一撃で男を戦闘不能にする急所。
女性が身を守るために覚えるべき、最強の護身術。
それが金的のはずだった。

「まあな。でも、あんまり強くやられたら、痛いかもよ」

「いや、ホントにすごいですよ。金的を蹴られても大丈夫な人なんて、初めて見ました。じゃあもう、部長は無敵ですね! 弱点無し! 最強じゃないですか!」

「いやいや。人間の急所は他にもあるだろ。大げさだよ」

ケンゴは苦笑したが、内心、これほど誇らしく思うことはなかった。
他の部員たちも、ジュリの大きな声に気がついて、練習をやめてこちらを見ている。
男子部員たちからの、羨望の眼差し。女子部員たちの驚いた顔が、ケンゴの自尊心を満たしてくれていた。

「じゃあ、どんどん行きますね!」

「いや、そう簡単に当てさせないぞ」

練習を再開すると、ジュリは言葉通り、次々と金的蹴りを狙ってきた。
ケンゴはそれをほとんど受けきっていたが、時にはわざと、隙を作ったりしてみせた。

パン!

と、良い角度で金的蹴りが決まっても、平気な顔をしている。

「うん。今のは、いい蹴りだった。でも、ほら!」

バシン!

攻めることに集中して、ジュリの防御がおろそかになっていた。
ケンゴの金的蹴りが、ジュリの股間に決まった。

「あ、いったぁ…!」

ジュリは思わず股間をおさえて、組手を中断した。

「あ、ごめん。入ったか?」

「そう…ですね。ちょっと…。イタタ…」

男のようにうずくまってしまうほどではなかったが、ジュリは痛そうに顔をしかめた。
女子同士で組手をしているときも、金的を狙うことはもちろんある。女性の場合、恥骨にきれいに当たれば、男ほどではないにしろ、それなりに痛いものらしかった。

「やっぱり、部長の蹴りは強いですね…アイタタ…」

「うん。攻めの練習中とはいえ、油断してたな。中野はいつも金的受けの練習をサボってるだろ。ちゃんと見てるぞ」

「はい。今度から、ちゃんとやります。あー、効いちゃった…」

いつも組手をする女子に比べれば、やはりケンゴの金的蹴りは相当強烈だったようで、ジュリはまだ下腹部をおさえていた。

「そんなに効いたか? お前、防具をつけてないだろ。女子もちゃんとサポーターをつけろよ!」

「はーい…」

結局、組手はそこで終了してしまった。
その日の練習が終わったとき、ケンゴの心はかつてない満足感で満ち溢れていた。

今までジュリや他の女子部員たちの金的蹴りを受けて、何人もの男子部員たちが地べたに這いつくばってきた。
男子同士なら、いい。うまく金的に当てられた、次は自分もやり返してやる、と思うことができる。
しかし女子には、金玉はついていないのである。

彼女たちはいつも、遠慮や躊躇することなく、男の金玉を蹴り上げてくる。
そこを蹴られることで、どれほどの痛みや苦しみと男が戦わなければならないかを想像することもなく。
しかも、男の金的を蹴ってダウンを奪った時、女たちが皆、少なからず優越感を抱いていることは、男たちは分かっていた。
中には小さくほくそ笑みながら、あわれむような眼を向けながら、頭を下げる女もいる。
そんなとき、男はこの上ない屈辱を感じるのだが、金玉の痛みの前には、それすらも吹き飛ばされてしまっているのだ。

今日、ケンゴはジュリの金的蹴りをすべて受け止め、まったく痛がる様子を見せず、逆に彼女の股間を蹴り上げてやった。
女子もちゃんと防具を着けろよ、とさえ言ってやった。

ケンゴの金玉を直接蹴ったと思っているジュリは、男の強さを再確認したことだろう。
いつも金玉を蹴られることで地に落ちてしまっていた男のプライドは、今、回復したのだ。
金的という最大の急所を無効にしてしまった今、男の復権が始まったのだ。
すべて新型ファールカップのおかげとはいえ、ケンゴは叫びだしたいような恍惚感さえ感じるのだった。




数日後。
昼休みにケンゴが大学の中庭を歩いていると、ジュリに呼び止められた。

「部長、部長! ちょっといいですか?」

「うん? 中野。どうしたの?」

道場の外でのジュリは、まったく今どきの女子大生という感じで、流行りの服装に髪型もばっちりと決めて、とても毎日空手の稽古に励んでいるようには見えなかった。

「あのですね、わたしの友達に動画を撮ってる人がいるんですけど。ユーチューバーっていうか。その人がですね、空手ワールドっていう動画を撮影したいっていうんですけど、部長も協力してもらえませんか?」

「え? まあ、いいけど。どんなことするの?」

ジュリの後ろに、小型カメラを持った男子学生が一人、いた。

「簡単です。すっごい簡単。わたしと部長で、いつもの組手みたいなことするだけです。だよね?」

カメラを持った男子学生がうなずいた。

「あの、空手ワールドっていうシリーズにしたいんですけど。ジュリちゃんを主人公にして、女性の視聴者ねらいでいきたいんですね。なのでまずは、女性のための護身術とかを撮らせてもらえたらなって」

男子学生はにこにこしながら説明した。
ケンゴは今どきの若者らしくなく、あまりネットやSNSをしないほうだったが、そういう動画を撮影するのが流行っているということは知っていた。

「へー。ユーチューブとかでやるんだ?」

「そうなんです! わたし、ユーチューブデビューします! 部長も一緒にアクションユーチューバー目指しましょう!」

「いや、俺は…」

「じゃあ、とりあえずこの辺で撮ろうか?」

「え? 今やるの?」

ケンゴは今、授業を終えたばかりで、Tシャツにジーパンというラフな服装だった。

「はい。街中で襲われた時の護身術って感じなんで、ぜんぜん大丈夫です。どんな感じでできますか?」

男子学生はケンゴにどんなアクションができるのか、知りたいようだった。

「ちょっと、ウチの部長をなめないでよ? 部長は弱点無しの最強の空手家なんだからね。なんだってできるわよ」

「ええ、そうなんですか? それはすいません。じゃあ、まずはテストということで、適当に…」

ジュリのハードルの上げ方が気になったが、ケンゴはとりあえず協力することにした。

「じゃあ、護身術ってことなんで、部長がまず、わたしの腕を掴み、その手を振り払って、わたしが金的蹴りをして、前かがみになったところに肘打ち、みたいな感じで行きますか?」

ジュリはこの撮影にだいぶ乗り気なようで、ケンゴの反応も見ずに、どんどんと話を進めてしまっていた。

「あ、いいねえ。動きがあるから、映えるよ、きっと。そんな感じで行こう」

「でしょでしょ? これで行きましょう、部長! じゃあ、ちょっとリハーサルします?」

「え? ああ、うん」

「まず、わたしが道を歩いてます。部長が後ろから腕を掴みます。…部長、掴んでください」

ジュリのテンポに、ケンゴはついていけてなかった。
ただそこには、一抹の不安がある。

「こ、こうかな?」

ケンゴが腕を掴むと、ジュリはすぐさま振り返り、掴まれた腕をひきつけて、ケンゴの体勢を崩した。
それはたまに稽古でも使う、護身術の技だった。

「はい。ここで金的を蹴ります」

パシっと、ケンゴの股間に、ジュリのミュールのつま先が当たった。
まさかとは思うが、寸止めしてくれるだろうと思っていたケンゴは、瞬間、息を詰まらせた。
リハーサルということで、ジュリは確かに当てるつもりはなかった。
しかし、裸足で蹴る道場とは感覚が違ったということ。そしてケンゴに金的は効かないと思っていたことで、つい軽くだが当ててしまったのだ。

「で、相手が前かがみになります。そこに背中に肘を落とします、で。こんな感じかな?」

ケンゴはもちろん、チナミからもらった新型ファールカップをつけていない。
さすがに稽古以外の日常生活で必要になるとまでは思っていなかったから。
結果、リハーサルのための演技でもなんでもなく、ケンゴは前かがみになって痛みに耐えていた。

「いいねえ。映える、映える! 写真も撮りたかったなあ。キャプチャーでいいとこおさえられるかなあ。うん。それでいきましょう!」

小型カメラの動画を確認しながら、男子学生はつぶやいていた。

「いいみたいです。部長、これでいきましょう!」

「お、おう…」

金的を蹴ってしまったとさえ気づいていないジュリに、ケンゴはうなずいてみせた。
すでに股間からじんわりとした痛みが這い上がり、下腹部をおさえたい気持ちでいっぱいだったが、ここで金的が効いてしまうことをバラすわけにはいかないと、必死だった。

「でもあの、これって、大丈夫ですか? 本番ではホントに当てちゃいますか? 普通は防具とかつけるみたいですけど」

男子学生は同じ男として、ケンゴの金玉を気にかけてくれた。
そうだ、一応防具をつけとこう、とケンゴが言いかけたとき、ジュリがそれを遮った。

「大丈夫に決まってるでしょ。ウチの部長はアレだよ、あのコツカケっていうすごい技が使えるんだよ。金的蹴りがぜんぜん効かないんだから」

「えー! コツカケ? マンガで読んだことあります。すごいっすね。達人じゃないですか」

そんなことを言った覚えはまったくなかったが、ジュリの頭の中ではそういうことになってしまっているらしかった。
ケンゴは苦笑いするしかない。

「そうだよ。部長は達人なんだから。本気でやってもいいですよね? その方が迫力出るし!」

「お、おう…! まあ、ぼちぼちでね」

冷汗が背中を流れるのが、はっきりと分かった。
部活動の稽古でも、旧型のファールカップを必ずつけているというのに。
それをつけても、ジュリの金的蹴りはかなり痛いというのに。
ジーパンの中でピッチりとおさまった状態の金玉を蹴られて、どういうことになるのか。
ケンゴが不自然なほど呼吸を細く長くしている間に、撮影はもう、始まろうとしていた。

「じゃあ、さっそくテイク1いきましょうか。よーい、スタート!」

男子学生がカメラを回し始めた。
まず、ジュリが画面外から歩いてきて、そこに後ろからケンゴが追い付いてくる。
ぎこちない動きで、ケンゴがジュリの腕を掴んだ。

「きゃっ!」

ジュリは演技の心得もあるのか、わざとらしく悲鳴を上げると、くるりと振り返り、掴まれた腕を体にひきつけることで、ケンゴの体勢を崩した。
踏ん張ろうと、両足を大きく開いたところに、ジュリのあの素早い金的蹴りがうなりを上げた。

バシン!

と、中庭に響くほどの音がした。

「ぐえっ!!」

ケンゴは演技でもなんでもなく、声を上げて、とっさに両手で股間をおさえる。そのまま前かがみになってしまうのが、男の習性だった。

「えいっ!」

続けて、ジュリは丸まったケンゴの背中に肘を打ち下ろした。
逆にそこは、当てるだけという感じで、ジュリは手加減しているらしかった。
あまりの痛みに、その場にうずまってしまったケンゴを尻目に、ジュリが画面の外まで走って逃げるというところで、カメラが止められた。

「はい。オッケーです! いやあ、よかったよ。さすが、すごい迫力! ジュリちゃん、やっぱりいいよねー。強カワイイっていうかさ。空手女子って感じ?」

「えー? そう? ありがとー! 部長もお疲れ様です。…あれ? 部長?」

ほめられて、はしゃぐジュリがふとケンゴを見ると、真っ青な顔でうずくまり、ピクリとも動けない状態だった。

「あれ? 部長? あの…普通の金的蹴りだったんですけど…。え? どうしちゃったんですか?」

「え? どうしたの? すごい痛がってない? コツカケ失敗しちゃったの?」

「えー! ウソ! だって、こないだと同じ手ごたえだったし。ヤバイヤバイ! 部長、ごめんなさい! 大丈夫ですか?」

必死に謝るジュリの声も、ケンゴにはほとんど聞こえていなかった。
ただ腰のあたりをさすってくれる彼女の手の柔らかさには、少し温かみを感じていた。




終わり。
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