ドッジボールといえば、子供の大好きな遊びの一つである。 ルールは単純明快。ボールをぶつけられた人は外野に下がり、先に内野から人がいなくなった方が負けである。 その際、外野の人間が敵の内野にボールをぶつければ、一度だけ自分の内野に戻ることができるのだが、3年2組のドッジボールでは、少々事情が違っていた。 このドッジボールでは、男子がボールに当たって外野にいった場合、ほとんど内野に戻ることは不可能だったのだ。 その理由とは…
「シンイチ! 女子を狙え、女子を!」
体育の時間。今日の授業は、男女が入り混じったドッジボールだった。 コウタが、ボールを持った仲間のシンイチに叫んだ。 言われなくても、シンイチを始めとする男子全員が、真っ先に女子を狙うつもりだった。 しかも、できるだけ女子の恨みを買わないように、当たっても痛くないように、緩やかなボールで、慎重に狙わなければいけない。
「えい!」
シンイチは相手チームの女子、ミキを狙ってボールを投げた。
「きゃあ!」
するとまずいことに、シンイチの投げたボールは、ミキの頭に当たり、ミキは悲鳴を上げて倒れてしまった。
「あ! ヤバイ!」
思わず、シンイチは青ざめた。
「ノーカウント!」
審判役をしていた女性教師が、宣言した。 小学生のドッジボールでは、首から上にボールが当たっても、セーフになるルールがほとんどだったのだ。
「いったーい! よくもやったわね!」
しかしシンイチが青ざめたのは、ミキがセーフだったからではなく、頭に当ててしまったことで、ミキの怒りを買ってしまったことだった。
「覚悟しなさい、シンイチ君!」
ミキは転がっていたボールを拾うと、シンイチめがけて走っていった。 その狙いは、シンイチの股間にある。
「えい!」
「うわっ!」
ミキが声を上げると、思わずシンイチはその場で飛びあがって、ボールをよけようとした。 しかし、ミキはボールを投げておらず、フェイントを仕掛けていたのだ。
「いただき!」
シンイチが大きく足を広げて着地したところを、ミキは狙いすましてボールを投げた。 ズドン! と、ミキが投げたドッジボールはシンイチの股間に見事命中し、シンイチの金玉を押し潰した。
「あぐっ!」
シンイチは股間をおさえて、その場に座り込んでしまった。 他のところに当たれば何でもない、女子の投げたボールだが、金玉に当たれば別である。 重苦しい痛みがシンイチの下腹部に広がり、立ち上がることもできない。
「アウト! シンイチ君、早く外野にいきなさい」
女性教師は宣言し、無情にもシンイチに動くことを促した。
「あ…は、はい…」
シンイチは涙目になりながら、なんとかうなずく。 それを見たシンイチと同チームのカエデが、女性教師に言ってやった。
「先生、ダメだよ、シンイチ君はタマタマに当たっちゃったから、しばらく立てないと思うよ」
「え? そうなの? 大丈夫、シンイチ君?」
「はい…なんとか…」
シンイチは中腰になりながら外野に出て、そのままうずくまってしまった。
「くっそー! 金玉狙いやがって。反則だろ! ノーカウントだぞ!」
コウタが悔しそうに怒鳴った。 しかし、ボールを見事に股間に当てたミキは、まったく気にしていない様子だった。
「なんでー? 頭はノーカウントだけど、金玉は別に反則じゃないでしょ? ねー、先生?」
ミキが尋ねると、女性教師は少し戸惑ったような顔をした。
「え? そうねえ。別に…。ちょっと痛いんだろうけど、危険というわけでもないだろうし…」
男子達にとっては、顔面にボールが直撃するよりも、金玉をかすめる方がよっぽど危険なことだったのだが、女性教師にそれが分かるはずもなく、あっさりと股間狙いを認めてしまった。
「ほうらね。さあ、そっちのボールでしょ。続けましょう!」
ミキが言うと、コウタのチームのサユリが、ボールを拾った。
「よーし。じゃあ、こっちもお返しに、男子を狙っちゃおー」
サユリは敵チームのリョウヘイに狙いをつけると、その股間めがけてボールを投げた。
「うわっ!」
サユリのボールは、リョウヘイの足元でワンバウンドする、低く外れたボールだったが、リョウヘイは金玉の恐怖から、思わず大きくジャンプしてよけてしまう。
「もらったー!」
リョウヘイが避けたボールを、外野のケイコが拾った。 ケイコはリョウヘイの体勢が崩れているのを見て、間髪いれずにボールを投げる。当然、股間めがけてである。
「ぐへっ!」
ケイコのボールは見事にリョウヘイの股間に当たり、その金玉を押し潰した。
「うぐぐぐ…」
リョウヘイもまた、その場に座り込んでしまった。
「アウト! リョウヘイ君、外野に行って」
女性教師が指示をする。
「は、はいぃ…」
リョウヘイは痛む金玉をおさえながら、よろよろと外野に出て、そこでうずくまった。 こんな調子で、女子は男子の股間を狙い、次々と外野でうずくまる男子が増えていった。 金玉にボールを当てられた男子は、しばらく立ち上がることもできず、かろうじて立てたとしても、ボールを投げることなどとてもできなかった。 結局、内野に残っているのは女子ばかりになってしまうのが、3年2組のドッジボールだった。
「もう。男の子たちはだらしないわね。しょうがない。気分が悪いなら、保健室に行きなさい」
状況を見かねた女性教師が、特にひどい痛みにうめいている2,3人の男子を連れて、保健室に行くことにした。
「先生は一緒に行ってくるから、ちょっとの間、みんなでやっててね」
女性教師は運動場を離れていった。 これを好機と見たのは、女の子たちであった。 すでにほとんどの男子は外野に下がり、内野にいるのは女の子ばかりになっている。 ただ一人残っていたのは、クラスの男子のリーダー的存在のコウタだった。
「ていうかさ、もう男子で残ってるのって、コウタだけなんだね」
コウタは敵チームのミキにそう言われて、ギクッとした。
「コウタが抜ければ、女子の数は一緒じゃない? そしたら、また一からスタートできるじゃん」
ミキと同チームのサユリが言うと、コウタの味方であるカエデまでもがうなずいた。
「あ、そうだね。じゃあ、コウタには抜けてもらおっか。邪魔だから」
「え? ぬ、抜けるって…」
コウタは思わぬ展開に戸惑いを隠せない。
「じゃあ、アタシが当てるね。ちょっと押えてて」
コウタの敵チームのケイコがボールを持つと、味方であるはずのカエデや他の女の子がコウタを取り囲み、手足をがっしりと掴んでしまった。
「お、おい! なんだよ、お前ら! 味方だろ!」
コウタは必死にもがくが、大勢の女の子たちにおさえられては、振りほどけなかった。
「うーん。味方だけどさあ。はっきり言って、男子って邪魔なんだよね。金玉に当てたら、すぐ動けなくなるし」
「そうそう。どうせなら、早いとこ外野に行ってほしいよね。その方が女子だけで楽しく勝負できるからさ」
コウタの味方であるはずの女子たちは、それ以前に男子の敵のようだった。 今やコウタの足は大きく開かれて、男子最大の急所は無防備な状態で、女子たちの前に晒されている。
「や、やめろ! やめてくれよ!」
コウタは泣きださんばかりに悲痛な叫び声を上げた。
「コウタ、この間はよくも、アタシの頭に当ててくれたわね。顔に傷でもついたら、どうしてくれんのよ!」
ケイコがボールを持った理由は、そこにあるらしかった。 コウタは前回のドッジボールの時に、ケイコの頭に当ててしまっていたのだ。
「あ! あれは…手が滑って…。わざとじゃねえよ! 謝っただろ!」
「ふーん。じゃあ、アタシも手が滑って、アンタの金玉に当てちゃっても許してね。ちゃんと謝ってあげるから」
ケイコは小学生らしい、意地悪そうなほほ笑みを浮かべた。 そして思い切り振りかぶって、ボールを地面に叩きつけた。
ボスン!
と、ボールは地面にワンバウンドし、コウタの股間に下から突き刺さるようにして当たった。
「うぐうっ!」
コウタは自分の金玉に、ミチミチと音を立ててボールがぶつかってくるのを感じ、喉の奥からカエルのような悲鳴を上げた。 すぐにでも金玉をおさえて倒れ込みたかったが、両手足は相変わらず女の子たちがしっかりと握っている。
「あれ? 今の、ワンバンじゃない? コウタ、セーフだよ」
カエデが無邪気にそう言ったが、コウタの耳にその言葉は聞こえなかった。 ただ、途方もなく大きな痛みの波に、全身を震わせることしかできない。
「あ、そっかあ。ゴメンゴメン。じゃあ、もういっぱーつ!」
ケイコはコウタの前に転がっていたボールを拾うと、再び振りかぶって、今度は直接、コウタの金玉をめがけて投げた。
「ぎゃうん!」
コウタの金玉は、再びボールと恥骨の間で押し潰された。
「はい、コウタ君アウトー! このまま、外野に行くでしょ?」
ぽっかりと口を開けて、目もうつろな状態のコウタを、カエデたちは外野まで運んで行き、そこで投げ捨てるようにして解放してやった。 コウタは無言のまま、両手で金玉をおさえて、顔面を地面にこすりつけるようにしてうずくまってしまった。
「もー。ボールが当たったくらいで、情けないなー。でも、タマタマにタマが当たるって、なんか面白いね」
カエデたちは他愛もなく笑いながら、内野に戻っていった。
「よおし! じゃあ、女子だけで始めよっか、ドッジボール」
「そうだね。ここからがホントの勝負だよ!」
男子達がいなくなったコートで、女子達は楽しそうに、ドッジボールに興じていた。
終わり。
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