高級ホテルの一室で、二人の女が向かい合っていた。 一人はソファーに腰をおろし、もう一人は、壁を背にして立ちながら話をしている。
「話は分かった。いつまでにやればいい?」
「早ければ早いほどいいわね。最悪でも、一か月以内に。できるかしら?」
「まず一つ。それで変化がなければ、二つめ。それを一か月以内ということでいいか?」
「そうね。そうしてちょうだい」
「分かった。やってみよう」
部屋のドアが開いた。 壁に立っていた女は警戒の色を見せたが、すかさずソファーの女が手を挙げた。
「大丈夫。ウチの人間よ。彼にも事情を説明していい?」
「それはそちらの問題だ。仕事に支障が出なければ、私はそれでいい」
「ありがとう」
壁に立っていた女は振り向くと、部屋の出口へと歩いて行った。 スイートルームの長い廊下で、たった今、部屋に入ってきた男とすれちがった。 互いに挨拶をすることもなく、通り過ぎる。
「やあ。今のは誰だ? 見ない顔だったが」
ソファーに座った女は、ワイングラスを傾けていた。
「うん。そうね。あなたには関係ないわ。いえ、あなたは知らない方がいいということよ」
「なんだい、それは? うちの組織のことで、ボクに隠すことがあるのか?」
「そうね…」
女はワインを飲みほして、グラスを見つめた。
「ボールキラーって、聞いたことあるかしら? 彼女がそれよ」
「ボールキラー? 殺し屋か何かか? いや、待て。それはもしかして…」
「殺し屋っていうのとは、ちょっと違うわね。彼女が狙うのはボールズ、つまり男のタマだけなんだから。殺しはしないわ」
「依頼を受ければ、どんな男でもそのタマを潰してしまうっていう、あのボールキラーか? 今の女が?」
「そう。彼女に依頼すれば、ことを荒立てずに揉め事を解決できるのよ。ちょっと痛い思いをするかもしれないけど。平和的だと思わない?」
「それは、まあ…。で、相手は誰なんだ?」
「それは私の口からは言えないわ。想像するのは勝手だけど」
「…G社の社長か? うちとセンタービル建設の権利を争ってるっていう」
「そうね。あそこの社長が手を引いてくれたら、うちには相当なお金が入ってくるのにね。まったく、困ったものだわ」
「しかし、相手は素人だぞ。手荒な真似は…」
「別に。私は何もしてないわよ。ただ近いうちに、社長の大切なタマタマが一つ、プチっと潰れてしまうかもしれないだけ。その後のことは、社長自身が考えるでしょう」
「そ、そうか…」
「そうよ。ただ、それだけ」
男が目をそらした後、何気なく自分の股間に手を当てて確認したのを、女は見逃さなかった。
広いリビングには、二人の男たちがいた。 一人はソファーに座り、タバコをふかしている。 インターホンが鳴り、立っていたもう一人の男が壁のモニターを確認して、玄関へ迎えに行った。
「調子はどうだ?」
「ボス。お疲れ様です」
二人がリビングへ来ると、ソファーに座っていた男は立ち上がった。
「社長は? 変わりないか?」
「はい。ずっと部屋で、コレと」
男は小指を立てて、ニヤリと笑った。 ボスはソファーに腰を下ろした。
「どんな女だ?」
「はい。金髪の。そりゃあもう、胸のでけえ女で…」
「身元を調べたのかって聞いてんだ。胸なんかどうでもいい」
「ああ、はい。いや、でも、いつも使ってる女みたいなんで。社長も別に何とも…」
「馬鹿野郎。お前、昨日俺が言ったこと、もう忘れたのか?」
「はい。あの、社長が狙われてるって話ですよね。そりゃあ、覚えてます。でもボス、ありゃあ、ただの娼婦ですよ。荷物はそこに置いてあるし、素っ裸で何ができるってこともありませんよ」
隣の部屋から、女の喘ぎ声が聞こえてきた。
「あ…! あぁ…! あぁん!」
「終わったみたいですね」
「うるせえ」
しばらく時間がたった後、ドアが開いて、女が一人出てきた。 真っ赤なミニスカートを履いた女は、ソファーに置いてあったハンドバッグを取ると、男たちを見回して、手を差し出した。
「社長が、外にいるヤツらから貰えって」
ちっと舌打ちをして、ボスが財布を出した。
「ねえ、アンタたちさ。クスリ持ってない?」
金を数えながら、女は尋ねた。
「うるせえ。さっさと行け!」
女が出て行くと、隣の部屋からバスローブ姿の男が出てきた。
「帰ったか。ふん…」
「社長。困りますよ。女を呼ぶ時は、うちを通してもらわないと」
「あれはいつもの女だ。問題ない」
「万が一ということがあります。社長を狙う殺し屋を雇ったという情報もありますから。注意してもらわないと」
「それは昨日も聞いた。だからこうやって、お前たちに守ってもらってるんじゃないか。しかし、隣に人がいると思うと、どうも面白くない。集中できん」
「我々は全力でお守りしますが、社長自身にその気がないと、意味がありませんよ。センタービル建設の件が決定するまでは、慎んでいただかないと」
「馬鹿な。その間、女を抱けないなんて考えられん。何が問題なんだ。ドアは鋼鉄製にして電子錠をつけたし、窓も防弾ガラスにした。あの部屋にいる限り、私は安全なはずだろう」
「相手はどこからくるか、分かりません。用心しないと」
「もういい。私はあの部屋から出ることはないから、それで十分だろう。だが、女は毎日呼ぶからな。それは私の自由にさせてもらう。お前たちがここで、身体検査でもすればいいだろう。それで十分なはずだ」
「それは、しかし…」
「私が殺されれば、一番困るのはお前たちだろう。今まで一体いくら払ったと思ってるんだ。その分、きっちりと働いてみせろ!」
バスローブ姿の社長は、部屋に入っていった。 重たそうなドアが閉まると、電子音と共に錠がおりた。 取っ手の部分には、ナンバーロックシステムが付いているようだった。
「ふん。大した女好きですね。あの歳で」
「やめろ」
ボスは不機嫌そうにソファーに座った。
「それで、俺たちはどうすればいいんですか、ボス?」
「今まで通りやるだけだ。ここに最低二人を置いて、24時間体制で社長を守る。社長が女を呼んだら、できるだけ念入りにチェックをするんだ。それしかない」
「へへっ。念入りにですね。分かりました」
「お前たち、銃は持っているな? 俺もできる限りここに来るようにする。なに、ビル建設の件が決定するまでの辛抱だ。それが決まってしまえば、向こうも手出しはしないだろう」
インターホンが鳴った。 男たちは顔を見合わせて、やがてさっきボスを迎えに行った男が、モニターを確認する。 そこには、金髪の女が映っていた。
「さっきの女です」
振り向くと、ボスはうなずいた。 男はインターホンの通話ボタンを押した。
「何だ?」
「あ、アタシ。ピアス忘れちゃって。社長の部屋かな」
「分からん。次、来た時でいいだろう」
「えー。あのピアス、社長から貰ったヤツなのよ。いつも着けとけって、うるさいのよね。ベッドの横にあると思うから、社長に聞いてよ」
男が振り向くと、ボスは舌打ちをした。
「入れてやれ。目を離すな」
男はうなずいた。
「今、そっちに行く。待ってろ」
男はリビングを出て、玄関へ向かった。
「もう一回、身体検査しときますか? 念のため。へへっ」
「うるせえ」
ボスは不機嫌そうに、タバコに火をつけた。
玄関につくと、男は扉の鍵を開け始めた。
「ねえ、まだ?」
「待て。今、開けてやる」
重たそうな扉を開けると、そこには金髪の女が立っている。
「入れ」
玄関に入ると同時に、女はすっと男の懐に入った。 そして、男が戸惑う間もなく、その股間に向かって膝を振り上げた。 男の踵が浮くほどの、強烈な一撃だった。 ミシっという音が男の脳裏に響き、男は意識を失った。
「うぅ…」
白目をむき、涎を流して、男は人形のように玄関に倒れ込んだ。 ドスンという物音が、リビングまで聞こえた。 女はその場で、次の獲物を待ち構えることにした。
「おい。ちょっと見てこい」
不審な物音を聞いたボスが、男に命令した。 男はうなずくと、ポケットから銃を取り出して、リビングを出た。 玄関につくと、扉が開け放されており、男と女が倒れているのを発見した。
「おい! どうした?」
男は近寄って、二人の様子を見た。 倒れている男は気絶しているようで、金髪の女は、震えながら怯えていた。
「い、今…急に変な男が入ってきて…。アタシ…」
「なに? どんなヤツだ?」
「わ、分からない…。突然だったから…。いきなりつかまれて…」
女が上半身を起こすと、服がはだけて、その胸が半分露わになっているのが分かった。 男は思わず、ゴクリと唾を飲みこんだ。
「わ、分かった。そいつは災難だったな」
「アタシ…! 怖かった!」
女が男の首に抱きついた。 男は驚いたが、自分の胸に女の柔らかい乳房が当たっているのを感じると、そのまま女の背中を抱きしめてやった。
「そうか。もう大丈夫だ。もう大丈夫…うっ!?」
女の手が男の股間に伸びて、その睾丸を握りしめていた。 同時に、女は男の口を手で抑えて、声を上げられないようにする。 女とは思えない強烈な握力が、男の睾丸を締め上げていた。
「うぅ…!! ぐ…!」
「社長の部屋のナンバーロックの番号を知っているか?」
女が男に尋ねた。 暗く冷たいその声は、明らかにさきほどの娼婦ではなかった。
「う…うう…」
「番号を知っているか? 答えなければ、お前の金玉を潰すぞ」
女の手に力が込められ、男の睾丸は大きく変形した。 信じられないほどの痛みが、男の股間から発せられていた。 男は呻きながら、必死に首を横に振った。
「誰が知っている? お前のボスか?」
男はうなずいた。 その目には、涙が溜まっている。
「そうか」
女は冷たい目で言うと、そのまま男の睾丸を掴む手に、より一層の力を込めた。
「……っ!!」
男はビクッと痙攣し、細かく肩を震わせた後、声も上げずに気絶してしまった。 女が手を離し、立ち上がると、男の体はその場にドサリと崩れ落ちた。 白目をむき、泡を吹き始めた男の上に、女は金髪のカツラと真っ赤なミニスカートを脱ぎ捨てた。
リビングにいたボスは、すでに銃を取り出していた。 部下二人が戻っていない状況に警戒し、隣の部屋の社長に声をかけた。
「社長! 社長! 聞こえますか?」
「なんだ?」
「俺がいいというまで、絶対に部屋を出ないでください! 絶対にですよ!」
社長の返事は聞こえなかったが、状況は伝わったはずだった。 ボスは携帯電話を取り出して、電話をかけた。
「俺だ。今すぐ社長の家に来い。そこにいる全員だ。銃も持ってこい。すぐにだぞ!」
その時、部屋の灯りが消えた。 建物中の電源が切れたようで、一斉に真っ暗闇になった。 隣の部屋から、社長の悲鳴が聞こえた。
「ちっ!」
ボスは舌打ちして、ポケットからライターを取り出して、火を点けた。 わずかな火灯りが、暗闇を照らす。 社長の部屋のドアを確認すると、異常はないようで、電子錠も機能しているようだった。 やがて非常電源が入ったようで、薄暗い非常灯が、天井に灯った。 ほっとため息をついたとき、目の前に女が立っていることに気がついた。
「てめえっ!」
とっさに銃を向けたが、女が右手を振り上げ、その手から紐のようなものが出たと思うと、次の瞬間にはボスの手から銃が離れ、宙に舞っていた。
「なっ!?」
宙を舞った銃は、魔法のように女の手の中に吸い込まれた。 女は銃を手に取ると、それを相手に向けるわけではなく、弾倉を取り出し、器用に分解して、背後に放り投げてしまった。
「て、てめえ。何者だ!」
女は黒いボディスーツのようなものを身に着けていた。 その胸は、さきほどの娼婦にも負けないくらいに大きい。
「そのドアのナンバーロックの番号を教えろ」
「なに?」
「番号を教えなければ、お前の金玉を潰すぞ」
「この野郎!」
銃を奪われたボスは、女に向かって殴りかかった。 女はいとも簡単にそれをかわすと、腕を掴み、鮮やかにボスの体を放り投げた。 大きな音が響いて、床に叩きつけられる。
「ぐっ!」
背中に衝撃を受けて、呼吸が止まる思いだった。 女は間髪入れず、仰向けになったボスの股間に素足をねじ込んだ。
「ぐえっ!!」
痛みで、上半身がバネのように跳ね上がったが、女の足はビクともしなかった。 恐ろしく強い圧力で、睾丸を二つとも踏みしめている。
「番号を言え。金玉が潰れてしまうぞ」
「く…てめえ…! ぎゃあっ!!」
女が足をわずかに動かしただけで、股間に激痛が走った。 それは一瞬で心が折れてしまいそうなほどの、耐えがたい痛みだった。
「聞け。私は社長を殺しにきたわけじゃない。ただヤツの金玉を一つ、潰しに来ただけだ」
「な…に…?」
「お前が番号を言わないのなら、他の所から入ればいいだけのことだ。ただの時間稼ぎのために、お前は自分の大切な金玉を犠牲にするのか? よく考えろ」
「そ、それは…ぎゃあぁっ!!」
女が踏みつける力は、どんどん強くなっていった。 ボスは絶叫し、それは隣の部屋の社長にも聞こえていた。
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