「はい。ビデオ準備できました」
「よし。じゃあ、始めましょうか。どっちからやる? 石丸君? 花田君?」
すでに後戻りできそうもない状況で、男たちの顔に冷や汗が浮かんでいた。 常日頃、雑用ばかりさせられている彼らにとっては、これは雑誌の構成に参加するチャンスのはずだったが、どちらもすすんで名乗り出ようとはしなかった。
「じゃあ、石丸君からね。はい、こっち来て」
「あ…はい…」
マナミに促されて、石丸はがっくりと肩を落とし、仕方なく前に出た。 一方の花田は、少しほっとした様子で、ため息をついた。 それを見逃さなかったのが、ユウカである。
「なに、ホッとしてんの? 順番に蹴ってあげるから、次は花田の番だからね」
「え?」と、思わず驚いてしまった花田の様子に、ユウカだけでなく、周りの女性たちがクスクスと笑い声をあげた。
「じゃあまずは、石丸君の股間のタマを、私が蹴ってみようかしら。カメラ、回ってる?」
「はい」
諦めたように立ち尽くしている石丸の前で、マナミが上着を脱いでかまえた。
「ちなみに編集長は、男のタマを蹴ったことはあるんですか?」
「えー。ドラマとかで見たことはあるけど、実際にはないわね。どう蹴ればいいのかしら。こう?」
そう言うと、マナミはおもむろに右足を石丸の股間に振り上げた。 それは練習のようなもので、まるでスピードの無い蹴りだったが、突然のことで、石丸は大げさに反応してしまう。
「おうっ!」
慌てて腰を引いて、避けた。 男だけが理解できる、本能のような動作だった。
「ちょっと。まだ、蹴ってないわよ。避けないで」
石丸の驚き様に、マナミをはじめ、女性たちはクスクスと笑ってしまう。
「軽く蹴るから、大丈夫よ。大げさなんだから」
「は、はい…」
石丸はうなずいたが、股間に絶対の急所を持つ男として、不安は拭えなかった。頭では懸命に動かずにいようとしても、きっとまた、体が反応してしまうだろうと思った。
「いくわよ。えい!」
「あっ!」
マナミの右足が振り上げられたと思った瞬間、石丸の両手は、反射的に股間を守るために前に出てしまった。 しかし、今度こそ股間に当たると思っていたマナミの脚は、石丸の両手に当たる直前で、ピタリと止まった。
「ほうら、やっぱり。また、避けようとしたわね。ダメよ、石丸君」
どうやら石丸の行動は、マナミの予想通りだったようだ。
「石丸ぅ! アンタ、何やってんの? 実験にならないでしょ!」
「あ、ああ…。すいません…」
ユウカの怒声で、石丸はペコリと頭を下げた。
「まったく。ビクビクしちゃって、情けない。男でしょ? しっかりしなさいよ!」
自分の企画がかかっているユウカにとっては、腹立たしいことだったが、他の女性編集者たちは、正直すぎる男の反応に面白さを感じているのか、クスクスと笑いをこらえているようだった。
「でも、この反応も興味深いわよね。男は急所を守るために、体が反射的に動いてしまうってことでしょ? これをうまく抑えるには…。あ、花田君、ちょっとこっちに来て」
マナミが急に呼んだので、花田は「はい!」と大きな返事をし、石丸もそんな彼の方に顔を向けた。 その瞬間。
ボスッ!
と、石丸の股間に、マナミの蹴りが刺さった。
「うっ!」
石丸は一瞬、何が起こったのか分からなかったが、すぐに首を捻って自分の股間に目を降ろすと、そこにはマナミの履いている紫色のハイヒールの残像が見えた。
「…んん…くっ…!!」
そしてその数秒後、股間から鈍い痛みが徐々に全身に広がっていくのが分かった。 腰から下が痺れたように感覚がなくなり、力が抜けていく。両手で股間をおさえながら、石丸はその場にうずくまってしまった。
「キャー!」
と、女性たちから歓声ともつかぬ叫び声が上がった。
「やっちゃったあ!」
「当たっちゃったね。痛そう!」
低いうなり声を上げながら、苦しむ石丸の様子に、女性たちは盛り上がりを隠せなかった。 先程までは、確かに仕事の一環として男の急所について話し合っていたのだが、いざ、男が股間を蹴られる場面を目の当たりにすると、彼女たちの自制心はどこかに吹き飛んでしまったようだった。 それは女性が本来持って生まれた優越感のようなもので、男性の象徴ともいえる睾丸を打ちのめすことで満たされる快感だった。
「静かに! ちょっとカメラ、こっちに来て」
ひとり、石丸の股間を蹴り上げた当のマナミだけが、真剣な眼差しをしていた。 それに気づいたユウカが、三脚に乗せてあったカメラを素早くはずし、石丸の側に駆け付けた。
「石丸君、大丈夫? ごめんなさいね。ちょっとしゃべれるかしら?」
痛みに歯を食いしばっていた石丸がゆっくりと顔を上げると、その額には大粒の汗が浮かんでいた。 その様子を、カメラはしっかりととらえている。
「苦しそうね。どう痛いのか、説明できる? タマを蹴られて、どう感じたのか、教えてくれないかしら?」
「あ…はあ…その…。痛いです…!!」
実際のところ、石丸はしゃべることも辛そうだった。 しかし、マナミがそんな答えに満足するはずはなかった。
「そうね。痛そうなのは、見ても分かるわ。それで、どう痛いのかしら? どこが、どんな風に痛いのか、教えてくれる?」
せっかく金玉を蹴って、死ぬほどの痛みに苦しんでいるのだから、この機会を逃さずに記録したいというのが、マナミの姿勢だった。 そうでなければ、石丸の今の苦しみさえ無駄になってしまうという理屈だったが、石丸にとっては迷惑以外の何物でもなかった。
「あ…その…今は、腹の下の方が…ぐうっと締めつけられるというか…ガンガン響くというか…」
「お腹をこわしたときみたいな感じ?」
「そう…ですね…。それよりもかなり…。でも、そんな感じです…」
言葉の節々で辛そうな表情を浮かべる石丸を、ビデオカメラが克明に記録していた。 撮影しているユウカは、自分の笑い声まで録音されてしまわないよう、必死にこらえているような顔をしていた。
「お腹が痛いってことは、タマはそんなに痛くないのね?」
「いや…タマも痛いです。すごく痛いです。ジンジンします…」
「あら、そう。それは、そうやって手で抑えていると、よくなるのかしら?」
「ああ、いや…。どうでしょう…。そうかもしれないです…」
「ふうん」と、マナミは感心したようにうなずいていた。 するとカメラを持っていたユウカが、うずくまっている石丸の股間にレンズを向けた。
「今、蹴られて、タマはどんな状態なんですかね? 潰れたとかじゃないと思いますけど。腫れたり、痣になったりしてるんでしょうか?」
「そうね。そんなに強く蹴ってはいないけど、どんな状態になるのかしら。石丸君?」
「え? いや…それは…ちょっと…」
石丸の股間には、痛み以外の感覚はほとんどなくなっている状態だった。 今、彼の両手はしっかりとその睾丸を包み込んでいるが、それも抑えたり掴んだりしているわけではなく、これ以上いかなる刺激も睾丸に与えないよう、優しく守っているに過ぎない。 睾丸がどんな状態になっているのか、その持ち主にさえ分からなかった。
「見るのはさすがにアレだから、ちょっと触らせてくれる? どんな状態なのか、調べてみたいわ」
マナミがそう言うと、石丸は必死に首を横に振った。
「い、いや、ちょっと…! 勘弁してください! まだ、痛くて…」
「いいじゃない。ちょっと触るだけよ。今、自分だって触ってるんでしょ? アナタ達、手伝ってくれる?」
石丸が抵抗する気配だったので、何事も迅速を尊ぶマナミは、すぐさま女性社員たちを呼んだ。 周りを取り囲んで、興味津々に眺めていた女性たちは、喜んで石丸の体に取り付き、抑えつけて、両手を股間から外してしまった。
「どれどれ…」
「うっ!! うう…!!」
おもむろにマナミが股間に手を伸ばすと、石丸の口から声が漏れた。 その反応に、女性たちは思わず含み笑いを浮かべてしまう。
「ああ、これね。ふうん。こんなものかしらね。特に変わった様子はないけど」
マナミの手は容赦なく、石丸の二つの睾丸を弄んだ。 コロコロと掌の中で転がすと、石丸の呼吸は止まってしまう。 「まあ、普段のアナタのタマの状態を知ってるわけじゃないけど…。腫れてる感じはしないわね」
「あの…編集長。アタシも触ってみていいですか?」
石丸を取り囲んでいた女性社員の一人が尋ねた。
「ああ、そうね。いいわよ。アナタ達も、参考にして」
睾丸の持ち主である石丸の意志などまるで関係なく、マナミはそう言った。 すると女性たちは、パッと嬉しそうな表情を浮かべ、黄色い声を上げながら、次々と交代に、石丸の股間を触り始めた。
「あー、これかぁ。ちゃんと触るの、初めてかも」
「なんか、タマゴみたい。プニプニしてる」
「あー、アタシの彼のより、大きいかなあ。大きい方が痛いのかしら」
女性たちは仕事以上に個人的な興味で、石丸の睾丸を交互に触り続けた。 彼女たちの手が容赦なく睾丸を握るたびに、石丸は悲鳴のような短い息を漏らしていたが、それも女性たちの歓声に紛れて、顧みられることはなかった。
「あ、私も触らせてください」
最後に、女性たちの中では一番年下のユウカが手を挙げた。 撮影していたビデオカメラを預けて、すでにぐったりしきっている石丸の股間に手を伸ばした。
「あ、これですねー。うーん。そうかあ。これが石丸のねえ…。これが痛いんだあ」
ユウカの手の動きは、他の誰よりも容赦がなく、強力だった。 石丸は、再び訪れた重苦しい痛みに、唸り声を上げる。
「前に護身術か何かのテレビを見たとき、蹴れない時は握り潰せっていうのがあったんですけど。握っても痛いんですかね?」
「そうね。タマを握り潰すぞっていうのは、映画とかでも言ってたりするわね。痛いんじゃないかしら?」
「ちょっと試してみますね。あ、カメラお願いしまーす」
そう言うと、ユウカは石丸の睾丸を握る手に、ぐっと力を込め始めた。 ユウカの手の中で、睾丸は圧迫され、蹴られた時とはまた違う痛みと恐怖が、石丸の体を支配し始めた。
「う…うがぁぁっ!!」
思わず飛び起きそうになったが、女性たちは数人がかりで、しっかりと石丸の体をおさえていた。
「え? ちょっと…。まだ、そんなに力入れてないから。大げさー」
ユウカはその言葉通り、ニコニコと笑う余裕さえあるようだった。 しかし石丸の股間に走る痛みは、まぎれもなく生命の危機を感じるものだった。 ユウカの手は睾丸の一つをしっかりとおさえ、親指と人差し指、中指の三本で挟むように握りしめている。 親指をグリグリと押し込むように動かすと、その痛みは倍増するようで、石丸は情けない悲鳴を上げて苦しんでいた。
「ひいっ!! ああっ!!」
「ちょっと、石丸君。さっきよりも痛いのかしら? どう痛いの? さっきとは違う痛みなの?」
「ち、ちが…はっ…!! いた…い!!」
もはや言葉にもならない石丸の悲鳴に、女性たちはクスクスと笑い声を上げた。
「なんだか、よく分からないわね。さっきよりも痛そうな顔はしてるけど」
「うーん。なんで、こんなのが痛いかなー。肩揉みみたいで、気持ちよさそうだけど。グリグリグリーっと」
ユウカはふざけて、その指に一層の力を込めた。 すると、石丸は背中を反りかえすように体を硬直させ、痙攣し始めた。
「はっ…!! かはっ…!!」
目玉が飛び出さんばかりに見開かれていたが、今にも白目をむきそうだった。
「あれ? 石丸? どうしたの?」
ユウカが手を離してやると、硬直して宙に浮いていた石丸の腰が、音を立てて床に落ちた。
「おーい。石丸―?」
パンパンと、軽く股間を叩いてみても、石丸はビクビクと震えるのみで、何の反応も示さなかった。
「なに? 気絶しちゃったの?」
マナミが顔を覗き込むと、石丸の口からは、涎と共に白い泡のようなものがこぼれていた。
「ちょっと、石丸君?」
その頬を軽く叩いてみると、やがて意識を取り戻したように、ビクリと体を震わせた。
「あ…? ああ…」
虚ろな目を走らせて、周囲の状況を確認しようとする。どうやら一時的に、意識が飛んでいたようだった。 多少は心配していた様子のユウカも、これを見て、安心したようにため息をついた。
「なーんだ。びっくりさせないでよね」
ポンと、ほんの軽く、手元にあった石丸の股間を叩いた。
「あうっ!!」
しかしその一撃が、石丸を再び地獄の底へと突き落とした。 朦朧としていた意識が覚醒され、体が再び痛みを感じるようになったようだった。 体を押さえつけていた女性たちの手が緩んでいたため、石丸はあっという間に背中を丸めて、両手で股間を守るように抑えた。
「プッ…。アハハハハ! ちょっと、痛がり過ぎでしょ。アハハハ!」
石丸のあまりの痛がりように、ユウカが笑うと、周りにいた女性たちも一斉に笑い始めた。
「軽く叩いただけじゃない。アハハハ!」
「そんなに痛いのかなあ」
「面白―い。ハハハハ!」
女性たちの笑いの渦の中で、石丸は心から、女は恐ろしいと思っていた。 最後に軽く叩かれたことが痛いのではなく、金玉の痛みは短い時間ではどんどんと蓄積していくということが、彼女たちには想像もつかないようだった。
「フフフフ。もういいわよ、そんなに大げさにしなくても。石丸君の仕事は終わり。お疲れ様」
マナミはそう言うと、初めて石丸に笑いかけた。 その言葉を聞いた石丸は、理解するのに数瞬かかったが、ようやくこの悪夢のような実験から解放されたと悟ると、床に寝転んだまま、がっくりとうなだれた。
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