ここはアメリカ。とある地方都市。 犯罪率が高いことで有名なこの街では、賢明な市民は、夜中に出歩くことはなかった。
バチィッ!
静まりかえった小さな公園の片隅で、突然、稲妻のような光が瞬いた。
バチッ! バチッバチッ!
光は徐々に大きくなり、白い球体となって、あたりを照らし始めた。 するとその中から、人間の肌のようなものが浮かび上がり、ゆっくりと人の姿を形作っていった。 やがて光が弱くなっていくと、そこには裸の若い女性が、白い背中を丸めて、うずくまっていた。 女性の肌は、夜露を浴びたように少し湿っており、長い金色の髪が肌に張り付いている。 ゆっくりと立ち上がると、濡れた髪をかき分けて、あたりを見回す。 まさしく一糸もまとわぬ全裸であったが、その肢体には贅肉など余分なものが一切なく、古代のギリシャ彫刻のように均整のとれた体つきだった。
「Y2よりマザーシップへ。目標の地点に到着。マザーシップ、聞こえるか?」
女性はその外見通りの美しい声で、しかし極めて機械的な調子で、つぶやいた。
<了解、Y2。こちらマザーシップ。通信は良好のようだ。この通信は、キミの聴覚器官に直接響かせているので、周りには聞こえない。現地の様子はどうだ?>
Y2と呼ばれた女性は、再びあたりを見回した。
「問題ない。事前の情報通りのようだ。これから、ω2との合流地点に向かう。合流予定時間は、こちらの時間で明日の午前7時だったな」
<了解、Y2。繰り返すが、キミの任務はその星での現地人の調査だ。今回、キミに与えられた肉体は、現地人の生殖適齢期のメスのものだ。その体を有効に使って、前任者ができなかった調査をしてもらいたい>
「ふむ…」
Y2は、改めて自分の体を眺めてみた。 ホクロひとつない白い肌、大きく膨らんだ胸、引き締まった腰回りと長く伸びた両脚。 どこかのミス・コンテストに応募すれば、間違いなく最終選考まで残りそうな完璧な肉体だったが、逆に言えば、どこか作り物のような印象も受けた。
「この星の地球人には、オスとメスがいるんだったな。見分ける方法はあるのか?」
<Y2、少し待て。……外見上の違いは、生殖の時に用いる生殖器が分かりやすいようだ。キミの体はメスだから何もないが、オスの場合、両脚の間に生殖器がぶら下がっている>
「両脚の間に? 地球人は、二足歩行をするんじゃないのか? オスは足を広げて歩いているのか?」
<ん? いや…そうでもないらしいが…。しかし、地球人は通常、肌を露出させないように、服というものを着て生活をしているようだ。生殖器は、生殖をおこなう時にしか露出させないらしい>
「服か。報告で読んだ。私も、服を着た方がいいのか?」
<可能ならば服を着た方が、任務を円滑に進めることができるだろう。どこかで服を調達しろ、Y2>
「了解、マザーシップ」
うなずくと、Y2は裸足のまま歩き出した。 身長は、180センチ近くあるように見える。大柄な彼女が、まるで機械のような正確さで大きく腕を振り歩き出すと、これまた大きな胸が、波打つように揺れた。
「マザーシップ」
<こちらマザーシップ。どうした?>
「この、胸の部分についている脂肪の塊は、必要なのか? 体のバランスがとりづらいのだが…」
両手でおさえるようにしても、掌におさまりきるものではない。
<Y2、それは地球人のメスにとって、重要な臓器の一つだ。その塊が大きいほど、オスが惹きつけられやすいという情報がある。今回のキミの任務の助けになるだろうから、我慢してほしい>
「そうか…」
Y2は不満げにつぶやいたが、歩き続けることにした。 公園を出て、石畳の路地に入ろうとしたとき、前方に人影が見えた。 何台も路上駐車された車の中の一つに、二人の黒人の男が張り付くようにして立っている。 男のうち一人の手には、バールのようなものが握られていて、どうやらそれを使って、車のドアをこじ開けようとしているらしかった。
「早くしろよ! おまわりが来るだろ!」
「ちょっと待てって…! ここにこう、差し込んで…。よし、開いたぞ!」
バキッっと何かを破壊する音がして、車のドアが開いた。 男たちは早速、車のダッシュボードや座席の上に手を伸ばし始めたが、その目の前を、全裸の若い女性が通り過ぎようとしているのに気がつくと、思わず手を止めてしまった。
「…おいおい相棒、ここはどこだ? いつからヌーディストビーチになっちまったんだ?」
「マジかよ。信じらんねえ。白人の女が、オッパイ揺らしながら歩いてるぜ。下の毛まで見える。ホンモノの金髪だぜ」
男たちは、明らかに昨日今日、犯罪に手を染めたという人柄ではなかった。 強いて言えば、すでに2,3回は塀の中と外を往復しているような、それくらい筋金入りのギャングのようだった。 当然のこととして、彼らは車上あらしを一旦中止して、目の前にいる極上の獲物を捕まえることにした。
「よお、ねえちゃん。どこに行くんだい?」
アフロヘアーの黒人の男が前に立ちはだかると、Y2はそこで初めて足を止めた。
「送ってくぜ。俺たち、たった今、車を買ったんだ。乗ってきなよ」
バールを持った男は、顔の半分がひげに覆われていて、身長は190センチはあろうかという大男だった。 ニヤニヤと笑いながら、なめまわすように体を見つめる男たちを前にして、Y2は無表情だった。
「こちらY2。マザーシップ、聞こえるか?」
<こちら、マザーシップ。Y2、トラブルのようだ。視覚情報を共有する。……なるほど。彼らは地球人のようだな。話すことができるか?>
「現地の言葉は理解している。やってみよう。できれば、この地球人たちから服を調達したい」
小声で、独り言をいっているかのようなY2を見て、男たちは笑った。
「ねえちゃん、何言ってんだ? なんかいいクスリをやってんのかよ? 俺たちにも、分けてくんねえかな?」
「お前たち、私に服を渡せ」
無表情に言い放ったその姿に、男たちは一瞬、きょとんとして、顔を見合わせた。 そしてその直後、弾けるように笑った。
「クッ…ハハハハ! なに言ってんだ、お前? 服をよこせって? ハハハハ!」
「よこせってよ、脱いでんのはお前じゃないのかよ、アハハハハ!」
男たちが腹を抱えるようにして笑っても、Y2は無表情なままだった。
<こちらマザーシップ。Y2、笑うということは、地球では友好的な意味を持つようだ。いい反応といえるかもしれない>
「なるほど。もう一度交渉してみよう。お前たち、私に服を渡せ」
再び男たちに言うと、突然、アフロヘアーの男がY2に近づいて、その胸を掴んだ。
「おおー! すげえ胸してんなあ。服なんか着ない方がいいぜ、ねえちゃん」
男は両手で胸を掴み、容赦なく揉みしだいている。 しかしY2は何も感じないらしく、男が下品な笑いを浮かべながら自分の胸を揉むのを、しばらく眺めていた。
「マザーシップ。これは、どういう行為だ。地球人にとって、友好的なものなのか?」
<こちらマザーシップ。……いや、Y2。その行為は、友好的ではない。それは生殖時の求愛行動に近いな。突発的な求愛行動は、地球人のメスの最も嫌うことの一つだ>
「そうか。では、やめさせよう」
そうつぶやくと、Y2は男の両手を掴んだ。 女性とは思えない強烈な握力が、男の手を捻り上げる。
「う…おおっ!」
Y2はそのまま、男の体を突き飛ばした。 その力も女性とは思えない、人間離れしたもので、アフロヘアーの男の体は一瞬宙に浮き、そのまま尻もちをついてしまう。
「てめえっ!」
バールを持った男は、仲間がやられたのを見て、かっとなった。 さきほど、車のドアをこじ開けたバールを振り上げて、Y2めがけて振り下ろそうとする。 しかしY2は、素早く手を伸ばすと、バールを持つ男の手首を掴んで、動きを止めた。
「マザーシップ、地球人に攻撃を受けている」
<そのようだな。Y2、その地球人は、キミの調査対象ではない。排除してもかまわない>
「そうか。速やかに排除する訓練をしたい。地球人を行動不能にするために、もっとも有効な部位はどこだ?」
<少し待て、Y2。……その地球人は、オスだな?>
「分からない。生殖器が見えない」
Y2は、男の股間を覗き込んだ。 その顔面に、男が逆の手でパンチを打ちこもうとしたが、あっさりと止められてしまった。 両手を掴まれて、男は棒立ちになってしまう。
<顔面に発毛するのは、大部分のオスの特徴だ。オスならば、かなり有効な攻撃箇所がある。さっき説明した、生殖器だ。オスの生殖器に、下から打撃を与えてみろ。そうだな、その状態なら、膝で蹴るのがいい>
「了解した」
Y2はうなずくと、膝を曲げ、男の股間に思い切りめり込ませた。 長身の男が宙に浮くほどの衝撃で、グニッとした感触が、Y2の白い膝に伝わる。
「ぐえっ!!」
男は一瞬、カエルが潰れたような声を上げて、目を大きく見開いた。
「これでいいのか、マザーシップ?」
両手を掴まれたまま、男はブルブルと震えだした。
<そうだな。念のため、もう一回蹴ってみろ>
「了解」
と、Y2は再び膝を股間へ跳ね上げた。
「あがっ!!」
男の口から白いものが飛び散り、バールが地面に落ちる、高い音がした。 すっかり力の抜けた男の両手を離してやると、大きな体が、糸の切れた人形のように石畳の上に倒れた。
「マザーシップ、こちらY2。成功したようだ。地球人は、生殖器が弱点なのか?」
<Y2、よくやった。生殖器が弱点なのは、地球人のオスだけだ。オスの生殖器は体の外部に飛び出していて、そこには痛覚神経が集中しているので、わずかな衝撃でも有効なようだ>
「そういうことか」
Y2は納得した様にうなずいて、倒れて動かなくなってしまった男を見下ろした。
「意識がないようだ。かなりの痛みを感じたらしい。しかしなぜ、この地球人のオスは、そんな危険な臓器を薄い布で覆うだけにしておいたんだ? 合理的ではないな」
<こちらマザーシップ。Y2、過去のデータと比べてみると、その地球人は、知能の低い種類に属しているようだ>
「そうか」
Y2がやり取りをしている間に、アフロヘアーの男が立ち上がっていた。
「て、てめえ! 何なんだ、てめえはっ!」
凶器を持った大男の相棒が、全裸の女性に一瞬で気絶させられたのを見て、アフロの男は動揺しているようだった。 Y2は無表情なまま、ゆっくりと男を振り返った。
「マザーシップ、私の身分を明かしてもかまわないか?」
<Y2、現時点で情報をかく乱する必要はない。大多数の地球人は、我々について知識をもたないはずだが、試してみるといい>
「了解した。地球人よ、私はY2。お前たちの言葉でいう、ウォルフ359という恒星系からやってきた者だ。地球の調査をするために、ここに来ている」
「……あぁ?」
動揺していたアフロの男は、狐につままれたような感覚で、混乱してしまったようだった。 ハリウッドスターと比べても、何ら遜色のないような金髪の美女が、全裸で目の前に現れ、自分は宇宙人だと告白している。 一体、どう対処していいのか、彼ならずとも、よく分からない状況だった。
「それで…つまり、お前は…」
「地球人よ、お前に協力は求めていない。しかし、私は今から、お前の仲間の服をもらう。邪魔をするな。邪魔をすれば、お前の生殖器にも攻撃を加えるぞ」
「は…はあ…?」
アフロの男は、ますます混乱した。 生殖器、などという言葉を、彼は生まれてこの方、使ったことがなかった。 男が自分の言葉を理解していないことが、Y2にもかろうじて伝わったようだった。
「こちらY2。マザーシップ、この地球人も、知能が低いようだ。会話にならない」
<Y2、キミには一般的な言葉のボキャブラリーが欠けているようだ。少し待て。……よし、こう言ってみろ…>
「…了解した。ねえ、アンタ!」
マザーシップから通信を受けたY2は、急にやさぐれた女のような声を出して見せた。
「アタシは今から、このタマ無しの服をいただくんだからね。キンタマ潰されたくなかったら、引っ込んでな!」
それはスラングをふんだんに使った、完璧な脅し文句だった。 およそY2のような金髪の美女から出るとは思えない言葉だったが、アフロの男は、ようやく自分の国の言葉でも聞いたかのように、理解ができた。
「な、なんだと、てめえ!」
激高した男は、尻ポケットから細いナイフを取り出して、それをY2に向けながら近づいてきた。
「マザーシップ、地球人が武器を取り出したぞ。状況は悪化したようだ」
<Y2、予想外だ。肉体が損傷すると面倒だ。速やかに排除しろ>
「了解した」
Y2がうなずくのと、男がナイフを振りかぶるのが、ほとんど同時だった。
「死ねっ!」
首筋を狙ったナイフは、しかしむなしく空を切り、素早く身をかわしていたY2に、男は腕を取られてしまった。
「う…おぉっ!」
先程と同じように、あるいはそれ以上の力で、Y2は男の腕を捻り上げた。 たまらず、男がナイフを落とすと、Y2はそのまま男の体を、腕一本で持ち上げてしまった。
「うおっ! おおっ…!」
男はつま先が宙に浮くと、慌てて両足をジタバタと動かした。
<いいぞ、Y2。そのまま、そのオスの生殖器を手で掴んでみろ>
「こうか?」
Y2はもう片方の手を、男の股間に伸ばした。 そしてそこにある膨らみを掴むと、ためらいもなく握りしめたのだった。
「ぎゃあーっ!!」
男の股間に、恐ろしい痛みが走った。
<やりすぎだ、Y2。少し力を抜いてやれ>
「そうか」
Y2が力を緩めると、潰れる寸前までいったかに思えた男の股間は、いくらか楽になった。 しかしそれでも、急所を握られている痛みに変わりはない。
「マザーシップ、この、二つの丸い臓器が、オスの生殖器なのか?」
<そのようだな。そこで遺伝子を生産し、その上にある管状の器官を通して、体液と共にメスの体内に送り込むらしい>
「なるほど。重要な臓器なだけに、敏感にしているということか。興味深い進化だ」
Y2はつぶやきながら、男の睾丸を手の中で弄ぶように転がし続けた。 その態度には、新種の虫でも観察しているかのような冷静さと、あくまで学術的な好奇心がうかがえた。
「痛いか?」
Y2は男に尋ねた。 男は腕で吊り上げられたまま、大きなアフロヘアーを揺らして、必死にうなずく。
「どのくらい、痛い?」 「はっ…はあっ…!」
男は何か叫ぼうとしたが、声にならなかった。
「呼吸器官にも影響が出ているようだ。自律神経系にも作用しているのか。もう少し強く圧迫してみよう」
<了解、Y2>
股間を握りしめるY2の手に、一層の力が込められた。
「ううーっ!! ううっ!! ぐっ…!」
約数秒間、潰れる寸前まで睾丸を圧迫されたことで、男は意識を失ってしまった。 必死にもがいていた状態から、突然、ガクンと首を落とし、全身から力が抜けてしまっている。目は開けられたまま白目をむき、口元から細かい泡が噴き出しはじめた。
「意識を失ったようだ」
Y2が手を離すと、男の体はドサリと地面に落ちてしまった。 見るからに凶悪そうな黒人ギャング二人が気絶している横に、全裸の白人女性が立ち尽くす、奇妙な光景となった。
<Y2、こちらマザーシップ。問題はないか?>
「こちらY2。外傷、その他異常なし。任務遂行に問題ない。この地球人の服をもらう」
Y2はしゃがみこむと、機械的な動作で気絶している男の服を脱がし、なんのためらいもなく、自分でそれを着た。 やがて立ち上がると、そこには男物の服を着た、スタイル抜群の美女がいることとなった。
「こちらY2。地球人の服を手に入れた。これより、任務に戻る」
<了解。Y2、そのまま通信を続けてくれ>
Y2は少しあたりを見回すと、何事もなかったかのように、夜の街に消えていった。
終わり。
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