「えい!」
ショウタが大きく踏み込み、突きを放つ。 しかしサヤカは前に構えた手で、それを打ち払って防御した。 ショウタは少し驚いたが、間髪入れず、中段に蹴りを放った。 しかしこれも、サヤカは軽いフットワークでかわしてしまう。
「やあ! えい!」
ショウタが次々と攻撃を放つが、サヤカはそれをことごとく防御し、かわしていく。 ショウタは例によって、頭に血が上ってしまった。
(この人、攻撃はまあまあだけど、防御は全然だな)
サヤカは冷静に、ショウタを観察していた。 正直言って、サヤカが攻撃を出せるタイミングは何度かあったのだが、一応、入門初日ということで、サヤカは遠慮していたのである。
(特に、金的のガードが甘いんだけど…)
以前の道場で、日常的に男の子と組手をしていたサヤカにとって、ショウタの金的のガードはウソみたいに甘いものだった。 つい蹴りそうになってしまうが、金的蹴りを受けて悶絶する男の子を何度となく見てきたサヤカは、初日からショウタにその苦しみを味わわせることを躊躇してしまっていたのだ。
(でも、やっぱり、しょうがないよね。ゴメン)
サヤカはショウタの突きをかわすと、がら空きの金的に、蹴りを打ち込んだ。金玉に軽く当たるくらいの、手加減した蹴りである。
「う!」
それでも、金的蹴りに慣れていないショウタにとっては、十分すぎる衝撃と苦痛であった。
「一本。サヤカ」
ショウタは股間をおさえてひざをつき、師範は組手を止めた。 まわりで見ていた男の子たちからは、驚きの声があがる。 サヤカはかがみこんでいるショウタに一礼すると、何事もなかったかのように開始位置に戻った。
一方ショウタは、久しく忘れていた男の痛みに苦しんでいた。 頭に上っていた血が一気に下がり、脂汗をかいている。
「大丈夫か? 続けられるか?」
師範がショウタの顔を覗き込む。
「は、はい。なんとか…」
ショウタは顔をゆがめながら、下腹をおさえて、ゆっくりと立ち上がった。 本当はまだ座って休んでいたいくらいの痛みだったが、男のプライドと、新入りの女の子にやられた屈辱が、ショウタを支えていた。
「よし。では、はじめ」
再び組手が始まった。 しかし、依然として軽いフットワークのサヤカとは対照的に、ショウタの動きはにぶく、腰がかなりひけていた。 一歩足を動かすたびに、金玉の痛みが下腹部全体に広がるのだ。 自分にこんな苦しみを与えたサヤカへの怒りがあったが、気持ちに体はついていかなかった。
(やっぱり、効いてるな。男の子だもんね。じゃあ、フェイントで)
サヤカは足の動かないショウタの金的を狙って、再び前蹴りを出した。
「うお!」
ショウタはまた急所を蹴られるという恐怖心から、つい、腰を大きく引いてしまう。 そこに、サヤカの素早い顔面突きが飛んできた。
「えい!」
見事な突きが、ショウタの面に決まった。
「一本。二本先取。サヤカの勝ち」
「あ、そんな…」
サヤカの顔面突きは、普段のショウタならかわせるはずのものだった。 こんなはずではなかったと、悔しそうにサヤカを見るショウタ。 サヤカは一礼して面を外すと、嬉しそうにマユのもとに駆け寄っていった。
「ショウタ、下段のガードが甘いぞ。これからは油断するな」
自分の力を誇示するはずが、情けない負け方をしてしまったショウタは、うなだれたまま、ひそかな怒りをサヤカに向けていた。
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