とある小さな町の拳法道場。実践的な武道が学べると評判の道場で、小中学生を中心に、数十人の生徒が週二回、稽古に励んでいた。 一つ問題があるとすれば、それは女の子の生徒が、小学4年生のマユ一人しかいなかったことだろう。 マユは熱心に稽古に通ってきていたが、ややおとなしめの性格で、男の子ばかりの道場では、遠慮しがちなところがあった。
「よし。みんな、ちょっと集まれ」
稽古が始まって間もなく、師範が生徒たちを集めた。 今日の稽古には、小学校高学年を中心に、十数人の男の子たちが来ている。 マユも、いつもどおり稽古に来ていた。
「今日からこの道場に、新しい仲間が加わることになった。ウチでは貴重な、女子の生徒だ。さあ、自己紹介しなさい」
「はい」
師範にうながされて、隣にいた道着姿の女の子があいさつをした。
「橘サヤカ、小学5年生です。よろしくお願いします」
「お願いします」
生徒たち全員が声をそろえた。 サヤカは5年生にしては背が高く、長めの髪を後ろで結んだ、かわいらしい女の子だった。 よく焼けた肌と大きな目が、活発で少しヤンチャそうな印象を男の子たちに与えた。
「サヤカは前にいた町で、先生の同級生の道場に通っていたんだ。頑張り屋で、上手らしいからな。お前たちも、負けないようにしろよ」
「はい!」
「じゃあ、サヤカは、マユの隣でやりなさい。あの子だ」
「はい」
サヤカは師範の言うとおりに、マユの隣に並んだ。 マユは初めての女の子の生徒の入門に、緊張しながらも目を輝かせて歓迎した。
「では、基本練習、はじめ」
「はい!」
生徒たちは再び道場に散り、基本の稽古が開始された。 師範の号令のもとに、突き、蹴りなど、整然と、しかし気合十分に行われていく。
「やあ! やあ!」
サヤカは師範の言うとおり、なかなか鋭い動きをしていた。 マユや近くにいる男の子たちも、サヤカの動きを横目で観察し、その動きに密かに感心していた。
「えい! えい!」
そんなサヤカを、後ろから面白くなさそうに見ていたのは、中学1年のショウタである。 ショウタは道場に通って4年ほどになるが、同年代では一番の使い手で、本人もそれを自負していた。 ただ欠点は、少々気が荒く乱暴者で、ガキ大将的な気質があるところだった。 組手の際は、体格や技術で押していても、冷静さを欠き、不用意な攻撃をしかけてカウンターをもらってしまうことも多々あった。
「ショウタ、どこ見てるんだ。集中しろ」
師範の拳骨が、ショウタの頭を打つ。
「ってぇ。はい」
師範からこんな注意を受けるのも、いつものことだった。
やがて基本の稽古が終わり、組手をすることになった。 この道場では、防具とグローブをつけた、寸止めなしの組手をすることを指導している。 ルールは組手をする人間によって師範が決めるが、基本的には顔面、金的ありの3本勝負。 防具をつけているとはいえ、危険なので、師範の判断で勝敗を決めることもあった。
「それまで」
何組かの組手が終わり、師範が次の組み合わせを選ぼうとした。 組み合わせは、できるだけ実力や体格の近い者同士が当たるようにしている。
「次は、いきなりだが、サヤカ、やってみるか?」
「はい。やります」
サヤカは指名を受けて、むしろ意気揚々と立ち上がった。 その快活な姿に、ショウタは少し苛立ちを感じる。自分の道場で、新入りが目立つのが気に入らないのである。
「よし。じゃあ、相手は…」
「俺、やります。やらせてください」
ショウタは言うと同時に立ち上がり、師範の返事を待たず、防具の面をつけ始めた。
「ん? まあ、いいか。ショウタ、やってみろ」
師範もそれに押されて、ショウタを指名することになった。 道場の中央にサヤカとショウタが向かい合い、お互いに礼をする。
「お願いします」
意気込むショウタとは対照的に、サヤカは嬉々として、組手を楽しむ姿勢で臨んだ。
「はじめ!」
合図とともに、二人は構え、距離を取った。 サヤカは軽いフットワークで、リラックスしているが、ショウタは鼻息を荒くしていた。 新入りに自分の強さを見せつけることで、今後の道場での上下関係をハッキリさせておこうという腹である。 女の子との組手自体、ほとんどやったことがないため、手加減しようという発想はショウタにはなかった。
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