「じゃあ、次。西田の番ね」
「お、おう! …おい、ちゃんとやってくれよ?」
西田はマシーンの前で足を開いたが、不安そうな表情をしていた。 彼にとってリョウコは、何か油断のできない関係であるということが、チナミの目にも分かってきた。
「大丈夫、大丈夫。ちゃんとやるから。ピッピッピっとね」
「…え? あ…いいんですか?」
リョウコの手元、マシーンの操作部分を見ていたチナミが、思わず小声で尋ねた。
「いいの、いいの。まあ、見ときな。いくよ?」
スイッチを押すと、マシーンのモーター音が響き、それまで静止していた黒い塊が、勢いよく西田の股間に向かって跳ね上げられた。
バシン!
「おうっ!!」
そのスピードは、先程の山下のときよりも、明らかに速いものだった。 目で見ただけでも、おそらくは倍以上あると、隣で見ていた山下は思った。 当然、西田の苦しみは山下の比ではなくなってしまう。
「おっ!! ああっ…!!」
裸に近い下半身を両手でおさえ、すぐさまその場にひざまずいてしまう。 例えようのない、重苦しい痛みが、股間から全身へと広がり始めていた。
「ぐうぅ…。お、お前…!」
見上げると、リョウコがマシーンの側でクスクスと笑っていた。
「ゴメンゴメン。ちょっと手が滑っちゃって。今ので秒速12mだったね。前に、アタシがアンタを蹴とばした時と、同じくらいの速度だろうね。どう? 比べてみて?」
「え? リョウコさんが蹴ったことがあるんですか?」
「そうなのよ。前に会社の飲み会でさ。コイツが酔っぱらって、抱きついてきたもんだから、蹴飛ばしてやったことがあってさ。あの時は、もっと痛がってたみたいだから、やっぱりそのファールカップを着けてれば、効果はあるってことじゃない?」
「く…そ…!」
そんなことを言われても、西田には何とも答えようがなかった。 確かに、以前リョウコに直接金玉を蹴られた時よりはマシなような気もするが、だからといって、平気で立っていられるほどではない。 結局、ファールカップとは男の睾丸が潰れてしまわないようにするための、補助的なものでしかないのではないかと、実感する思いだった。
「じゃあ、次は山下、アンタも今のでいってみようか?」
「え! あ…はい…」
隣でうずくまる西田の姿を見て、山下は背筋に冷たいものすら感じていたが、上司であるリョウコに反論するほどの勇気は彼にはない。 すると突然、チナミが手を挙げるようにして申し出た。
「あ、ちょっと待ってください! あの…私も試してみて、いいですか?」
「はあ? 試すって、アンタもこのマシーンをくらってみるってこと?」
「あ、はい。やっぱり、私も見てるだけじゃダメかなって思ったので。それに、サンプルは多い方がいいじゃないですか。なので…」
「サンプルっつったって、アンタには金玉ついてないじゃん。意味ないと思うけど」
「それはそうなんですけど…。とにかく、試させてください! お願いします!」
理屈ではない、実践主義の彼女らしい提案だった。 リョウコも、チナミのそういう所を気に入り始めていたため、無駄な事とは思いながらも、マシーンを操作することにした。
「じゃあ、いくよ。そこに立って。まずは、さっきの秒速5mからいってみようか? カップは着けないでいいのね?」
「あ、はい! 着けてないときと比べたいので。お願いします!」
制服のタイトスカート姿だったチナミは、スカートの裾を少したくし上げるようにして、股間をマシーンに向けた。 リョウコがスイッチを押すと、アームが回転し、その無防備な股間にゴムの塊を打ちつけた。
バン!
鈍い音がして、アームの動きは止まった。
「……ん? 今ので、終わりですか?」
男たちが固唾をのんで見守る中、少々の沈黙をはさんで、チナミはリョウコに尋ねた。
「そうだよ。あんまり感じなかっただろ。秒速5mなんて、そんなもんだよ」
「あ、はい…あんまりっていうか、別に、何も…。ねえ、山下くんは、さっきこれが痛かったの?」
「あ…はい…まあ…」
山下はチナミのあまりの反応の薄さに、素直に驚いてしまっていた。 先程、股間を叩き上げられた衝撃は、まだ自分の股間にじんわりと残っている。しかもチナミは、ファールカップすら着けていないというのに。
「じゃあ、次はさっき西田にやった、秒速12mくらいいってみる?」
「あ、はい。あ、でも、15mくらいでもいいですよ。きりがいい感じで」
「そうだね。じゃあ、15mで。はい」
山下と西田が大騒ぎしているから、一体どの程度のものなのだろうと最初は思っていたが、5mであのくらいなのだから、15mでもまったく問題ないだろうと、チナミは高をくくった。 男なら、本能的に体が動いてしまいそうな、そのアームの動きを、まるでためらうことなく、むしろきちんと当たるようによく見て、チナミは自分の股間を差し出すのだった。
ゴン!
今度はさすがに、少し痛そうな音がした。
「あ! うん…これは…ちょっと、骨に響きましたね。ああ…なるほど…」
どうやらゴムの塊が恥骨に当たったらしい。 それでも、チナミがしたリアクションといえば、スカートの上から少し股間をさする程度のものだった。
「じゃあ、ファールカップを着けてみますね。今のを忘れないうちに」
実験室には、予備のファールカップはいくらでも取り揃えてあった。 マナミはその中からSサイズのものを取り、黒いパンティストッキングの上に装着することにした。
「あ、これって、こういう風にするんだ…。ああ、なるほど…」
慣れない手つきで、スカートをギリギリまでまくり上げながらファールカップを履こうとするその姿に、隣で見ていた山下は、かすかな興奮を覚えてしまう。
「はい! できました! ちょっと股が窮屈ですね…。こんななんだ…」
タイトスカートの前が、ファールカップの形にもっこりと膨らんで、奇妙な姿になった。
「動きづらいだろ? 男はそれを履いて、野球だの格闘技だのしなきゃいけないんだよ」
「あ、そうですね。男の人って、大変なんだ…。でもこれ、しないといけないんですかね? すっごい邪魔だと思うんですけど…」
おさまりの悪そうな股間を手でおさえて、もぞもぞとする。 それは、俗にいう男がチンポジを直す動作そっくりだったが、チナミはもちろん無意識でやってしまっていた。
「そりゃあ、ソイツをしないと、金玉が痛いっていうんだから、しないといけないんじゃないの? 当たりどころが悪けりゃ、大事な金玉が潰れちゃうっていうんだから、しないわけにはいかないだろ」
「ああ、そうなんですね。男の人って、スポーツをするのにも大変な思いをしてやってるんですね。へえ…。なんか、気の毒だなあ」
チナミの率直な感想は、隣で聞いていた男二人のプライドを傷つけるには十分だったが、彼女はそんなことには気がつかない様子だった。
「じゃあ、やってみようか。さっきの15mでいい?」
「はい! お願いします!」
リョウコがスイッチを押すと、再びアームがチナミの股間に向かって跳ね上げられた。
ボコン!
山下の目から見ても、チナミの股間の膨らみにゴムの塊が直撃するのがはっきりと分かった。 それは男なら、思わず目を背けたくなるような瞬間だったが、あいにくその膨らみの中には、男にはあるはずの脆い急所は入っていなかったのである。
「あ! すごい! コレ、すごいですよ! ぜんぜん痛くない。ぜんぜん大丈夫じゃないですか、コレ!」
チナミは思わず、股間のファールカップをスカートの上から撫でまわした。
「だろ? ちゃんと作ってあるんだよ、そのファールカップは。痛いわけないんだ」
「ホントですね! わー! すごーい! あの、次はもっと速くしてみませんか? 絶対大丈夫だと思うんで。お願いします!」
ファールカップの性能が確かだったことがよほど嬉しかったようで、チナミは飛び跳ねて喜んでいた。
「そう? じゃあ、20mくらい、いってみるか。それ!」
リョウコも少なからず嬉しそうで、笑いながらマシーンを操作してスイッチを入れる。 ヒュン、と風を切る音がして、マシーンのアームがかなりのスピードでチナミの股間を叩き上げた。
コーン!
高い音が鳴り響いても、チナミは顔色一つ変えなかった。
「あ! 大丈夫です! ぜんぜん大丈夫! すごい! コレ、すごいですよ!」
「そうだろ。ソイツは、衝撃を効率よく分散するように設計してあるからな。中の空間にかかる圧力は、10分の1以下にまで減らせるはずなんだよ」
はしゃぐチナミの様子に、リョウコも誇らしげだった。 確かにファールカップというものは、受けた衝撃をその丸い外殻で分散して、圧力が一点に集中するのを防ぐのがその役目だろう。しかし、衝撃は分散されるだけで、消えるものではない。 だから、ファールカップの中に何も入れるもののない彼女たちには分からないのだ。分散された衝撃が、どれくらい金玉に響くものなのか。それがどのくらい、持続するものなのか。 チナミが感じたのは、せいぜい恥骨にファールカップの縁が少し押し込まれたくらいのものだったのだ。
「ねえねえ、山下くんもやってみなよ! ぜんぜん大丈夫だよ」
「え…! あ…いや…ボクは…」
「よおし! じゃあ、20m、いってみるか、山下!」
秒速5mのアームでさえ、じんわりと響くような痛みがあったのに、その4倍の速さだとどうなるのか。 山下の頭の中には、普段やっている計算予測よりも遥かに確実性の高い想像が浮かんだが、リョウコの命令に逆らうことは、習慣としてできなかった。
「いくぞ。それ!」
コーン!
隣で見ていた西田の背筋に、ゾッと冷たいものが走った。 秒速20mのアームの動きは、例えるなら空手の有段者の素早い蹴りの速度に等しかったろう。しかも狙いは正確で、股間に着けた白いファールカップに、黒い硬質ゴムの塊が、深々とめり込むのがはっきりと見えた。
「いっ!!」
山下の体は一瞬にしてくの字に曲がり、そのまま床にひざまずいてしまった。
「あれ?」
股間を両手でおさえ、ピクピクと震えながらうずくまる山下を見て、女性二人は思わず首をかしげた。
「ウソ。絶対、痛くないはずだよ。山下くん、ウソでしょ?」
ついさっき、同じ衝撃を股間に受けたばかりのチナミには、どうしても信じられなかった。 確かに、軽い衝撃を股間の隙間に感じたが、痛いというほどではない。装着していたファールカップだって、ビクともしていなかったのだ。
「い、痛い…です…!」
奥歯を震わせながら、山下は痛みに耐えていた。 ファールカップを着けていた場合、金玉への直接の圧迫はないため、痛みが伝わるのは一瞬だけになる。 しかし山下の感覚としては、針のようにするどい力が、一瞬で二つの金玉を突き刺し抜けたようなものだった。 金玉の痛みは、後から来る。響くように、下半身にくすぶり続ける。その感覚を、彼女達にどう説明したらよいのか。 とにかく今は、痛みに耐えることで精いっぱいだった。
「ウソぉ…。そんなはずないのに…。どうなってるんだろう、男の人って…」
チナミは正直な感想と共に、ため息をついた。 一方のリョウコは、ある程度は予想していたようで、興ざめたような顔つきで、禁煙パイプを噛んでいた。
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