「ふん…。まあ、こんなもんだろうね。性能上は問題ないはずなのに、痛いものは痛いと…。ホント、男の金玉ってヤツはよく分かんねえな。まあ、いいさ。次、西田、やってみようか?」
「え! い、いや、俺は…。もういいだろ…」
先程のダメージからはずいぶん回復していた西田だったが、山下に向かって放たれたアームの動きには、恐怖を感じていた。 それに、西田は気づいていたのだ。 自分は素肌に直接ファールカップを着けているが、その場合、ファールカップの内側に、金玉袋が少なからず密着してしまうのである。 ファールカップと金玉袋の間に空間が少しでもあれば、衝撃だけしか伝わらないのだが、密着している場合、金玉はファールカップの中で跳ねて、変形する。 直接衝撃を受けることよりははるかにマシなのだが、やはりファールカップは素肌に着けるものではないと、西田は身を持って学んでいたのだった。
「まあまあ、そう言わずにさ…」
妖しい微笑みを浮かべながらリョウコが近づいてくると、西田は思わず両手を上げて、防御態勢を取った。それを予期していたかのように、リョウコは西田の両手首に、ガチャリと手錠のようなものをかけてしまった。
「え!?」
驚いている間に、西田の両手の自由は奪われ、リョウコがリモコンのスイッチを入れると、ウイーンという機械音と共に、手錠に繋がれた鎖が天井に着けられたウインチに巻き上げられていった。
「お、おい! なんだ、これは!」
「まあ、こっちも色んなケースを想定してたってことよね。アンタが根性なしなのは分かってたし。これで、逃げられないでしょ」
当然のような顔つきで、西田の両手を頭上高く上げ、ほとんど爪先立ちのような状態まで持ち上げてしまった。 西田は当然、股間を守ることもできず、完全に無防備な状態になってしまう。
「すごい。いろいろあるんですね、この部屋」
チナミは少しズレた感想をこぼした。
「おい! やめろ! やめてくれって! もう、ファールカップの話はいいから。もう実験なんて…」
「まあまあ。ちょっと聞いてよ。アタシが、自分の作った製品の欠点を指摘されて、そのままにしておくと思う?」
わめく西田を制するように、リョウコは実験室の気密ケースの中から、一つのファールカップを取り出した。
「ちゃんと新型を用意してあるんだよね。ていっても、まだ試作段階だけど。今までの実験は、今のファールカップの性能を確かめただけ。アンタたちに言われたように、ウチのファールカップは着けても痛いのかってね。本当はこっちがメインの実験なんだよね」
リョウコの持つ新型のファールカップは、一見して今までのものと何ら変わりがないように見えた。 しかしくるりと裏返すと、ファールカップの内側に、緑色のゴムのようなものが詰まっていることが分かった。
「コレが新型の秘密。超軟質のハイパーゲルが入ってるの。分かりやすく言えば、衝撃吸収材ってことね。ファールカップが受けた衝撃を、このゲルが吸収して、金玉に伝わらないようにするわけよ。どう?」
誇らしげに、リョウコはそのファールカップを見せた。
「へー! すごいですね! 衝撃を吸収しちゃうんですか? 全部?」
「まあ、全部ってわけにはいかないけど、ほとんど吸収できるはずだよ。実験では、3階から卵を落としても割れなかった」
「すごい! それはすごいですよ。それなら、大丈夫じゃないですか?」
チナミの言う大丈夫は、もうまったく信用できないと、西田も山下も分かっていた。
「まあね。ファールカップってのは、金玉が潰れないように、ちょっと隙間を持たせてるわけだけど、それでも男は痛いって言うんだから。しょうがないから、その隙間にこういうものを入れてみようって思ったわけ。もともと、運動靴用に開発してたものだけどね。そこの山下がさ」
「へー。山下くん、すごいね!」
山下はうずくまったまま、少しだけうなずいた。
「でも、あと一つ問題があってね。これを着けるときは、隙間がないようにピッタリ着けなきゃいけないんだけど。まあたぶん、けっこう気持ち悪いんじゃないかと思うんだよね。アソコが」
「ああー、なるほど…」
リョウコとチナミは、同時に西田を振り返った。 西田を拘束した理由は、こういうことだったらしい。
「まあ、それはアタシの想像だからさ。試してみないことにはね、西田?」
「え…! あ…おい、ちょっと!」
西田が焦るよりも早く、リョウコは西田の着けていたファールカップのゴムベルトに手をかけて、一気にずりおろした。 ブルン、と、西田のイチモツが首をもたげた。
「きゃあっ!」
思わず、チナミは目をそむけてしまう。 しかしリョウコは平然とした様子で、新型のファールカップを西田の股間にあてがおうとした。
「ちょ…おい! ほぅっ!」
身をよじって避けようとするが、その隙を与えず、リョウコはファールカップを西田のイチモツに被せた。 ひんやりとしたゲルの感触に、西田は思わず悲鳴を上げる。
「えーっと、こうやって…。ねえ、ちょっと手伝ってよ。後ろから引っ張って。ぐいっと」
ファールカップに詰め込まれたゲルは、まるで新品のオナホールのように西田のイチモツ全体を圧迫していた。 前から手で抑えながらでないと、うまく装着できないようだった。
「え…! ちょっと…あの…私…」
多少は見慣れていたものの、さすがに西田のイチモツを直視することはできず、チナミはためらっていた。
「いいから、早く! これが製品化したら、お客さんに説明しないといけないだろうが。…そう。後ろから引っ張って、密着させるんだ。そう。もっと!」
「こ、こうですか…? ああ…もう…!」
西田のむき出しの尻を目の前にして、チナミは顔を真っ赤にしていた。 悪戦苦闘の末、どうやら西田のイチモツは、新型のファールカップの中に納まったようだった。
「ふう…。けっこう手間取ったね。着け方には、改良の余地ありだな。どう? 感触は?」
「ん…あ…ま、まあ…思ったよりは…」
ファールカップの中に入ったゲルは、最初こそ冷たかったものの、徐々に体温に温められて、違和感がなくなっていた。 むしろ、金玉袋全体を包み込むような心地よささえ西田は感じ始めていた。
「じゃあ、これで実験してみようか。まずは、秒速15メートルから。いい?」
「い、いや…ちょっと待てって…。まずはもうちょっと遅い速度から…」
一応、尋ねては見たものの、リョウコは西田の言うことなど、まったく聞く耳持つつもりはなかった。 淡々とマシーンを操作して、セッティングする。
「ちょっと、アンタ、コイツの脚を広げてくれない?」
「え? あ、はい。こうかな…」
体重のほとんどを吊り上げられて、爪先立ちになっている西田の片足は、チナミにも簡単に持ち上げることができた。 嫌がる西田の股間を、容赦なくマシーンの前に晒す。
「あ…! ちょっと待てって…!」
西田の声もむなしく、マシーンのアームは跳ね上げられた。
コーン!
と、高い音が響いて、先程よりも正確に、アームの先端は西田の股間のファールカップを叩き上げた。
「んっ! ……ん? あれ…? 痛くない…な…?」
以外にも、西田は平然とした様子だった。
「ホントに? じゃあ、もう一回やってみようか。それ!」
リョウコは西田の返事を待たずに、再びマシーンのスイッチを入れた。 しかも今度は、先程よりも速いスピードで、マシーンのアームが股間を跳ね上げる。 しかし。
「おっ! おお…いい感じだな。ぜんぜん痛くないぞ、コレ!」
「ホントですか? やったあ! ついに痛くないファールカップが完成したんですね! これは売れますよ、絶対!」
「そ、そうだな…。これなら…」
チナミは手を叩いて喜んだ。 自分が探し求めていた、痛くない、売れるファールカップがようやく見つかったのだから、当然だったろう。 西田もまた、予想以上の結果に嬉しさを隠せないでいる。 これでこそ、文字通り体を張って開発に協力した甲斐があるというものだった。
「だいぶ効果的だったみたいだね、このハイパーゲルは。ちょっと値段が高いのがネックなんだけど、まあ、それはまたどうにかなるでしょう。じゃあ、どのくらいまで平気なのか、ちょっと実験させてもらえる? さっきは秒速20mだったから、一気に30mくらいいってみようか?」
リョウコはそう言いながら、マシーンを操作し始める。 西田の方も、先程の20mでほとんど何も感じなかったくらいだから、30mくらいでも大丈夫だろうと思い、二つ返事で受けた。
「いくよ。それ!」
コーン!
「おおっ! うん…まあ、衝撃は感じるけどな。ぜんぜん痛くないぞ。もっといけるな!」
「ホントに? じゃあ、次は40mで…」
「すごーい! ぜんぜん余裕なんですね」
3人が興奮しながら実験を進めていたとき、いまだにジンジンと治まらない股間の痛みに苦しんでいた山下が、ゆっくりと顔を上げた。
「あ、あの…。成瀬主任…!」
「はあ? あ、山下! アンタのこのハイパーゲル、いい感じだよ。すごいの作ったね、アンタ。ちょっと待ってて。今、セッティングしてるから…」
「やるじゃん、山下君!」
「は、はい…。ありがとうございます…。でも主任、そのゲルはまだ開発中で…少し問題が…」
「ん? ああ、そうだね。コイツは、開発費が高いからね。それはちょっとネックだと思うよ。でも、それさえなんとかすれば…。よし、じゃあ、秒速40mいくよ! これは、ゴルフのドライバーのフルスイングくらいの速度だね。いい?」
「おう! ドンとこい!」
西田は柔道の有段者、スポーツマンとしての自覚とプライドを取り戻したようで、自信に満ちた顔で、ファールカップに守られた股間を差し出した。
「いえ…そうじゃなくて…。主任、それは…!」
「それ!」
ピュン!
と、今までとは明らかに違う風切り音とともに、マシーンのアームは西田の股間に襲いかかった。 半分吊り下げられた西田の巨体が、一瞬、浮いてしまう程の衝撃。 その瞬間、西田は自分の股間で何かがパチンと弾けたような気がした。 脊椎から尾てい骨まで、一気に冷たい風のようなものが吹き抜け、それと入れ替わるようにして、腰のあたりから痺れるような鈍痛が上がってくる。 形容しようのない、絶望的な痛みの波に、西田の意識は一瞬で吹き飛んでしまった。
「どうよ、今度は? さすがに少しは効いたんじゃない? あ、あれ…?」
西田の体から完全に力が抜け、その巨体が天井からぶら下がった肉塊のようになったとき、ようやくリョウコとチナミは異変に気がついた。
「あれ…? 西田さん?」
完全に白目をむき、口元から白い泡を吹き始めている西田を、チナミはまだ冗談のように半笑いで見つめていた。 女性たちは顔を見合わせて、互いに何が起こったのか分からない、という表情をする。
「あ、あの…そのハイパーゲルは、まだ開発中でして…」
あるいはこの結果を予期していた様子の山下がつぶやくと、リョウコとチナミは一斉に振り向いた。
「そのゲルは、空気中で温めると、徐々に堅くなっていってしまうんです。人間の体温くらいでしたら、たぶん数分で…。だから、あまり肌に密着させてしまうと、効果がなくなってしまう恐れがありまして…」
つまり、西田のファールカップの中で、ハイパーゲルは固まってしまっていたらしい。 そうなると、西田の金玉袋は、堅くなったゲルに覆われて、秒速40mの衝撃を直接受けてしまうことになり…
「ああ、そりゃあ…潰れたかもね」
「やっぱり、そうですかねえ」
山下が、分かっていても口に出すことをためらっていたことを、リョウコはズバリと言い、チナミも気の毒そうに顔をしかめた。
「うーん。まあ、固まる前は効果はあったわけだから。空気に触れさせないようにすればいいってことかしらね」
「真空パックにするといいかもしれませんね。肌に密着させると、気持ち悪かったみたいだし」
「ああ、それ、いいね」
あるいは取り返しのつかないことになっているかもしれない西田の股間のファールカップを見つめながら、リョウコとチナミは冷静に話し合っていた。 睾丸が潰れたかもしれないということを、口では言えても、まったく実感も共感もない女性たちの会話を、山下は背筋の寒くなる思いで聞いていた。
「じゃあ、山下。あと、コイツの世話をお願いできるかな? こういうのは、やっぱり男がやった方がいいでしょ。場所が場所だけに」
「西田さん、痛かったんでしょうね。お疲れ様でした。部長には、西田さんは頑張ってましたって報告しときます」
それなりに有意義な結果が得られたという雰囲気で、リョウコとチナミは実験を終わらせようとしていた。 さすがの山下も、それはあんまりだと思ってはいたが、習慣として、うなずいてしまう。
「アタシはこの結果をまとめて帰るから。あと、よろしくね。ああ、アンタもついてきて。意見を聞きたいから」
「はい! 新型ファールカップの完成まで、あと少しですね! 頑張ります!」
リョウコとチナミは、一仕事終えたという顔をして、実験室を出て行った。 まだビクビクと痙攣している西田のぶら下がった体を見つめながら、山下はファールカップの開発を、女性が進めることの矛盾のようなものを、ひしひしと感じていた。
終わり。
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