「へー。潰れなくても、そんなに痛いんだあ。じゃあ、また蹴られたら、またすごく痛くなっちゃうってこと? 不便だねえ、タマタマって」
ナナミは同情しているのか馬鹿にしているのか、とにかく楽しそうに笑っていた。 この様子を見ていたシンジとヒロユキは、改めて自分たちの置かれた状況の恐ろしさに、背筋が凍る思いだった。
「あの…。すいませんでした。許して下さい!」
思わず、シンジは土下座して謝っていた。 それを見たヒロユキもまた、土下座する。
「ん? なにが?」
「許すっていうか…。だから、この稽古に付き合ったら、許してあげるってば」
聞く耳を持たないというか、まったく普通。 男に瀕死のような苦しみを与えておきながら、彼女たちがその自覚をまったく持っていない事に、シンジ達は絶望感を覚えてしまった。
「警察はイヤ、体で払うのもイヤってのは、ちょっと甘いんじゃないの?」
「そうだ、そうだ! 体で払えー!」
チヒロとナナミは、明らかに楽しんでいた。
「そ、それは…」
「じゃあ、こうしようか。アンタ達にもチャンスをあげるよ。アンタ、ヒロユキだっけ? アンタがアタシに一発でも当てられたら、このまま帰らしてあげる。財布も返すよ。それでいい?」
「え!」
ヒロユキは顔をあげて、自信満々な様子でほほ笑むチヒロを見た。
「チヒロ、それでいいの?」
「平気、平気。素人の突きなんか、アタシに当たらないって。それにさ、アタシは組手の中での金的を練習したかったから。丁度いいよ」
「く、組手…」
「さあ、どうするの? やるのか、やらないのか。男が女に一発当てるくらい、わけないでしょ?」
ヒロユキはチヒロに挑発され、ためらいながらも立ちあがり、不器用に構えた。ヒロユキに格闘技の経験はまったくなかったが、見よう見まねで、パンチ一発くらいは当てられるだろうと思った。 そうすれば、この地獄のような場所から解放されるのだ。 自然、ヒロユキはこれまでにないくらい集中力を高めた。
「うおぉ!」
雄叫びをあげて、ヒロユキはチヒロに襲いかかった。 ボクシングのようなパンチを続けざまに繰り出すが、チヒロには当たらない。 チヒロはさすがに真剣な表情で、ヒロユキの攻撃をバックステップで、あるいは横に回り込んだりして、ヒラリヒラリとかわしていた。 さすがに武道を何年も続けている人間の動きだった。
「先輩、カッコイイー!」
「さすが…」
脇で見ているナナミとリオも、感心するほどの動きだった。
「ハア…ハア…」
やがてヒロユキが肩で息をし始め、動きが緩慢になってきた。
「もう終わり? 情けない男だなあ。ホントは、もうタマが潰れて女になってるんじゃないの?」
チヒロの挑発に、ヒロユキはわずかに残っていた男のプライドをくすぐられて、最後の力を振り絞ってパンチを放った。
「うわぁ!」
しかし、チヒロは大ぶりになったヒロユキの右のパンチをなんなく見切って、初めてその懐に大きく踏み込んだ。 チヒロとヒロユキの顔が、すぐ近くで交錯する。 ヒロユキの目に最後に写ったのは、にっこりと笑うチヒロの顔で、次の瞬間、壮絶な一撃がヒロユキの股間に決まった。
ボグッ!
という鈍い音は、チヒロの右ひざがヒロユキの金玉を跳ね上げた音ではなく、そのままヒロユキの恥骨にめり込む音だった。 当然、ヒロユキの金玉は袋の中で押しつぶされ、無残に変形した。 さらにチヒロの強烈なひざ蹴りは、ヒロユキの体を浮かすほどのものだったため、一瞬だが、ヒロユキの全体重が恥骨とひざに挟まれた二つの睾丸にかかってしまうことになる。
「うぐっ!」
短い叫び声をあげて、ヒロユキは目の前が真っ暗になるのを感じ、そのまま意識が飛んでしまった。 チヒロがひざを抜いて一歩下がると、そのままガクガクと両ひざを震わせて、口から泡を吹きながら、仰向けにドサリと倒れてしまった。
「うわあ! 先輩、やったあ!」
「てごたえあり!」
ナナミが歓声を上げると、チヒロは満足そうに言って、拳法の作法通り、残心の構えをした。 ヒロユキの顔を覗いてみると、その顔は粉を塗ったように真っ白で、完全に白目をむいていた。
「うまく入ったね。一発KOじゃん」
「まあね。うまくひざに乗った感じだった。潰れてはいないと思うけど」
チヒロはこともなげに言うと、ヒロユキを介抱するわけでもなく、リオと話し始めた。
「やっぱり、ひざの方がきくかなあ」
「そりゃ、もちろん。でも、そう簡単に懐に入り込めないでしょ。アイツは素人だからさ」
泡を吹いて痙攣するヒロユキと、その隣でごく自然に会話する女の子たちを見て、独り残されたシンジは、心底この場所から逃げ出したいと思った。 自分の金玉のこの先の処遇を想像すると、絶望的なことしかなく、そうすると感情があふれ出て、自然と涙がこぼれてきてしまった。
「あれえ? どうしたの、シンジ君?」
ナナミが土下座して泣いているシンジに気がつき、顔を覗き込んだ。
「も、もう、本当に反省してますから…。許して下さい。お願いします。許して下さい…」
シンジは涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにして、訴えた。 それを見たナナミは、さすがに気の毒そうな顔をする。
「えー。そうなのー? 先輩、シンジ君、泣いちゃってますけど…」
「…情けないなあ」
「ま、男なんてこんなもんでしょ。金玉のためなら、泣いて謝るってわけだ」
リオはため息をつき、チヒロはさも軽蔑したように笑った。
「でもねえ、お仕置きはまだ終わってないんだよ。アンタも男の子なら、最後まできっちりけりをつけないと、ね?」
チヒロはシンジの耳元で、優しく囁いた。 そして土下座するシンジの後ろに回り込むと、尻の隙間から見える、ブラブラとした金玉袋を右手でギュッと掴んだ。
「はぐぅ!」
「さあ。立ちなよ。まだ、アタシの後輩が勉強させてもらってないんだからさ」
チヒロは強烈な握力でシンジの金玉を握りしめ、そのまま上に引っぱりあげた。 シンジの金玉袋は限界まで引き伸ばされて、たまらず、シンジは立ちあがらざるをえなかった。
「は、離して! 離して下さい!」
それでもチヒロの握力に、シンジの二つの睾丸は圧迫されて、その痛みにシンジは甲高い悲鳴を上げる。
「うるさいなあ。少し、静かにしなよ」
そう言うと、リオは悲鳴を上げるシンジの口を、無理やりテーピングで塞いでしまった。
「あ、いいね、それ。こっちも縛っちゃえば」
チヒロがそう言うと、リオはうなずいて、シンジの両手をテーピングして後ろで縛ってしまった。 シンジはまったく抵抗できない状態になり、口も塞がれたので、鼻で荒い呼吸をするしかなくなってしまう。
「じゃあ、ナナミ。蹴らせてもらえば?」
「はーい。ゴメンね、シンジ君。先輩の命令だからさ」
ナナミはリオに促されて、申し訳なさそうに、しかし笑いながら言った。
「よく言うよ。アンタが一番楽しみにしてたくせに。潰してみたい、とか言って」
チヒロがシンジの金玉から手を離すと、シンジは内股になって倒れそうになったが、チヒロはそれを許さなかった。 リオも協力して、シンジの両脇を抱え込み、足を開かせる。
「えー。だって、せっかくだから、潰してみたいじゃないですかあ。ね、シンジ君。タマタマって二個あるんでしょ? だから、一個は潰れても平気なんだよね?」
無邪気そうにほほ笑むナナミに、シンジは涙を流しながら必死に首を横に振った。
「ほら、早くしな。心配しなくても、ナナミの蹴りじゃあ潰れたりしないから」
「むー。そんなこと言われると、余計潰したくなっちゃいますよー! いくよ、シンジ君!」
ナナミはさすがにむっとした表情をして、シンジの股間ではかなげに揺れる金玉袋に狙いを定めた。 シンジは祈るような思いで、天を仰ぐ。
「えいっ!」
ナナミの右足が勢いよく振りぬかれた。 パチーン、と気持ちの良い音がして、シンジの金玉はナナミの足の甲に跳ね上げられた。よくスナップのきいた、的確な金的蹴りだった。 ナナミはさらに蹴り足を戻す時に、シンジの金玉の裏をえぐるようにつま先を運び、金玉袋の裏にある副睾丸を痛めつけた。
「うむむぅ!」
口を塞がれているシンジは、低いこもった叫び声しか上げられない。 始めは鋭い痛みが電気のように走り、男の本能が絶対の急所の危機を伝える。そしてその警告に違わず、数瞬後にはむき出しの内臓である睾丸と神経が集中している副睾丸から、例えようのない男の苦しみが湧き上がってくるのだ。 ヒロユキのように気絶してしまうほどの痛みではなかったが、逆にそれが地獄だった。
「おっと。倒れない、倒れない」
「まだまだだよ」
シンジの両足はその意志とは関係なく、ブルブルと震えて崩れ落ちそうになっ たが、両脇を支えるチヒロとリオは、ガッチリと掴んで動かなかった。
「えー。今のって、潰れなかったですか? 足のとこにタマが乗った感じがしましたけど」
「まだ大丈夫だって。ねえ?」
チヒロは笑いながらシンジに問いかけるが、シンジはうつろな目をするだけで、答える事はできない。
「ホント、なんでこのくらいの蹴りがこんなに痛いのかなあ。不思議だわ」
「よーし。じゃあ、どんどんいきまーす!」
そう言うと、ナナミは勢いこんで、シンジの金玉に蹴りを浴びせ始めた。 パチン、パチンと金玉が跳ね上がるたびに、シンジの体は硬直し、倒れそうになるが、チヒロ達に支えられ、それすらも許されなかった。 やがて十何発目かの蹴りが決まり、ナナミの息が切れ始めたころ、シンジの口に貼られたテーピングの隙間から、泡が漏れ始めた。 それを見たチヒロが、楽しそうに笑う。
「お。もう、気絶したかな。ナナミ、あと一息だ!」
「はい! いっくよー! おりゃ!」
ナナミはいったん足を引いて力を溜めると、そのままシンジに突進し、右ひざを振り上げて、飛びひざ蹴りを放った。
ズゴッ!
と、骨がぶつかる音がして、シンジの体は一瞬、宙に浮いた。
「うもっ!」
シンジは一瞬、これまで以上の硬直を見せて、今度はひざだけでなく、全身から力が抜けるのをチヒロ達は感じた。 ナナミは着地して、シンジの股間の様子を見たが、やがてテーピングに包まれた隙間から、ジワジワと液体が漏れてくるのが見えた。
「あー! おしっこ漏らしちゃった!」
「え!」
「マジで!」
ナナミが叫ぶと、チヒロとリオも驚いて、シンジから手を離した。 シンジの体はそのまま木が倒れるように、大きな音を立てて仰向けに倒れてしまった。 テーピングの隙間から染み出したシンジの小便は、シンジの体を濡らし、やがて床に水たまりを作っていった。
「おいおい。ションベンはまずいって。漏らすなよなー」
「アンタ、飛びひざはやりすぎだって」
チヒロとリオは、さすがにため息をついた。
「すいませーん。だって、その方がカッコイイかなって…。でも、潰れましたよね?」
ナナミは謝りながらも、うれしそうに聞いた。
「知らないよ。触りたくもないし、アンタが自分で確かめな」
「まあ、潰れても一個じゃないの? 潰れたときはね、パチンって弾けるような感触があるのよ」
「そうなんですかあ? うーん。どうだったかなあ。アタシも触りたくないから、明日、シンジ君に聞いてみよう」
女の子たちは、男たちを気絶させても、特に気に病んでいる様子はないようだった。
「で、とりあえずこれで終わりってことで。ていうか、後片付けはどうすんの?」
泡を吹いて気絶するヒロユキ、失禁して動かないシンジ、いまだに真っ青な顔で震えているコウタを見まわして、チヒロは言った。
「明日は朝から出稽古に行くから、ここには誰もこないでしょ。ゆっくり休んで、片づけてってもらおうか」
「あ、そうだったね。じゃあ、アンタ、えっと…コウタ君? そういうことで、目が覚めたら、二人にもそう言っといてよ」
チヒロはうずくまっているコウタに言った。 コウタは聞こえているのかいないのか、反応がなかった。
「先輩、財布は?」
「あ、そうか。じゃあ、これ、返してあげる。もう悪さしないでね」
チヒロは三人の財布を取り出すと、コウタの側に投げてやった。
「じゃあね。おかげで勉強になったわ」
「ゆっくり休んでね。また、授業でねー」
「ちゃんと、掃除しといてよ。してなかったら、またお仕置きだからね」
リオたちは楽しそうに手を振って、武道場から出て行った。 後に残された男たちが目覚めたのは、それからだいぶ経ってからのことだった。
終わり。
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