「あっ!!」
反射的に腰を引いたのは、さすがだった。 天性の反射神経と、3年間、金的蹴りをくらい続けた経験によるものだったろう。 しかし、経験という点ではヒカリも同じで、当たる瞬間に男が腰を引こうとすることは、十分に知っていた。 かろうじて届いた足の親指を器用に使って、えぐるようにかすらせたのである。
「くっ!」
タクヤ自身は、うまくかわしたと思った。 ちょっとした衝撃を睾丸に感じたが、それだけだと思った。
「くそっ!」
冷静さを取り戻し、色仕掛けに簡単に引っかかってしまった自分が、悔しくなった。 気持ちを入れ替えて、構えなおそうとしたその瞬間。
ズキン、と、いつも味わっているあの苦しみが、下腹部からみぞおちのあたりに上がってきた。
「う…! くぅ…!」
思わず内股になり、前かがみに腰を折り曲げてしまう。 試合中とは分かっているのに、体がいうことをきかなくなってしまった。 その様子を、ヒカリは勝ち誇った顔をしながら、見下ろしている。
「一本! ヒカリ!」
審判が高らかに宣言した。
「やったあ! ヒカリ、さすが!」
女子たちから歓声が上がり、ヒカリも手を挙げてそれに応えた。
「大丈夫か、タクヤ? やれるか?」
審判役の男子部長が、声をかけた。 タクヤは苦痛の表情を浮かべながら、なんとかうなずいた。 この試合は2本先取だから、ダメージが残っていても、ギブアップをしない限り、試合を続行しなくてはならない。 タクヤもそれを分かってはいるのだが、じわじわと上がってくる痛みに、股間から手を離すことはできなかった。
「頑張れ、タクヤ! 女なんかに負けるな!」
「大丈夫だ。いけるぞ!」
周囲の男子部員たちからも、声援が飛んだ。 彼らも、来年一年間の自分たちの金玉の無事がかかっているのだから、必死である。
「大丈夫ってさ、アンタたちが蹴られても、大丈夫なの? 笑わせないでよね」
男子たちの応援を聞いたヒカリは、思わず吹き出してしまった。
「アンタたちだって、金玉にちょっとかすっただけで、動けなくなるでしょ? 男を倒すには、足の指一本だけあれば、十分なんだよねー」
そう言われると、男たちには返す言葉もなかった。 実際に、彼らはヒカリをはじめとした女子に、この合宿の間中、さんざん金的蹴りでノックアウトされているのである。 今、タクヤが味わっている苦しみは痛いほど理解できるし、そう思うと、軽々しく声援を送ることもできなくなってしまった。 そんな男子たちを見て、女子たちはさらに勢いづいた。
「そうそう。金的ありだと、男は女に勝てないんだから。諦めなって」
「タクヤ、ギブアップしちゃいなよ。ヒカリに金玉潰されちゃうよ?」
タクヤの判断に、男子の誰もが口を出さなかった。 審判役をしている先輩の男子部長でさえ、去年、現在の女子部長と試合をして、強烈な金的蹴りを受けて、気絶してしまっているのである。 その後、部長の金玉が腫れ上がり、一週間まともに稽古ができなくなったことは、部員全員がよく知っていた。
「や、やります! 大丈夫です!」
タクヤはしかし、勇気を振り絞って、体を起こした。 まだ下半身に重苦しい痛みは残っていたが、女の子の蹴り一つでギブアップしてしまうことは、彼が今まで築き上げてきた自信とプライドが許さなかった。 今ここで逃げてしまえば、二度と自信を持って試合に臨むことができなくなる。タクヤはそう思い、この決断をしたのだった。
「よし! では、2本目、始め!」
男子部長も、この決断を潔しとして、試合を開始した。 しかし、タクヤの構えには、どこか力がなく、先ほどまでのようなフットワークは期待できそうにない。
「えい! やあっ!」
逆にヒカリは余裕に満ちた表情で、次々と攻撃を仕掛けていった。 思うように動けないタクヤは、防戦一方となった。ヒカリの突きや蹴りを受けるたびに、その衝撃が下腹部に伝わり、その痛みはむしろ攻撃された部位よりもひどかった。
「く…う…!」
タクヤの様子を見てとると、ヒカリは接近戦を挑むことにした。 接近戦ならば、胸や腹をノーガードで打ち合うことになり、その衝撃は今のタクヤにとって脅威だ。しかも、より強力で回避しにくい、膝による金的蹴りも狙いやすくなる。 タクヤにもヒカリの狙いは十分わかったが、かといって、接近戦から逃れるほどのフットワークは、今の彼にはなかった。
「せいっ! せいっ!」
普段なら、体格で勝る男子は接近戦で有利だったろう。 しかし、股間にダメージの残る今、タクヤにできることは、内股になって必死にヒカリの金的攻撃を防ぐことだけだった。 胸や腹をいくら攻撃されても、女子の力では、大したダメージにはならない。 しかし他のすべてを捨ててでも、金玉だけは守らなければならないのが、男というものだった。
「フフ…。必死になっちゃって」
ヒカリのつぶやきが、タクヤの耳に入った。 攻めながらも、余裕たっぷりに、タクヤを観察していたらしい。 タクヤがその言葉に反応して、眼下にあるヒカリの顔に目を向けた時、またしてもヒカリの道着の胸元がはだけた。
「……!」
道着の奥に、柔らかそうな乳房の膨らみと、ツンと立った乳首が見えた。 それが、ヒカリの故意によるものだったのかどうか。 とにかく、ヒカリは相手にできた一瞬の隙を機敏に感じ取り、グッと腰を落とすと、右手の手刀をタクヤの股間に向かって跳ね上げた。
「うっ!!」
内股になっていたとはいえ、手刀が入るくらいの隙間はある。そして肘を支点にして動かせば、先端にある手は驚くべきスピードを発揮する。しかも、女性の指は細く、ピンポイントで力が集中した。 この空手部の女子に伝わる、男殺しの必殺技がこの手刀の跳ね上げだった。
「ぐぅうあぁっ!!」
すでに痛めつけられていたタクヤの睾丸の一つが、ヒカリの手と恥骨に挟まれ、無残に変形した。 潰れるまでには至らなかったものの、その衝撃は、今後数時間、タクヤが地獄の苦しみに喘がなくてはいけないことを約束するものだった。
「一本! 勝者、ヒカリ!」
タクヤの体が無残に崩れ落ち、ヒカリが残心の構えを見せると同時に、男子部長は勝利を宣言した。 少しでも早く、タクヤを介抱してやりたいという気持ちの表れだった。
「やった! ヒカリ、すごい!」
「やっぱり男なんて、金玉やれば、イチコロね」
女子たちは立ち上がって喜び、ヒカリもまた、満足げな表情で、タクヤを見下ろしていた。 対照的に、男子部員たちは一様に静まりかえり、数人がタクヤにかけよったが、誰も言葉を発しなかった。 床に這いつくばり、股間をおさえて震えるその痛みは、慰めたところで良くなるものではないと、皆が知っているからだった。 少なくとも数時間は、タクヤはこの絶望的な痛みと戦わなくてはいけない。もしかすると、翌日までこの痛みは残るかもしれない。 タクヤにとっては無限ともいえる時間との戦いだったが、その苦しみを与えた当のヒカリは、そんなことを考えもせず、仲間たちと勝利を喜んでいるのだった。
「よおし。じゃあ、勝ったボーナスとして、男子に命令を出しちゃおうかな」
ヒカリの目が、嬉しそうに笑っていた。 男子が勝てば、女子の1人を指名して、セックスでも何でも付き合わせることができる。しかし女子が勝った場合、セックスの相手を指名することなどはせず、そのかわりに、男子全員に罰ゲームのような命令を出すことができるのだった。
「さっき、色々言ってた男子、全員並びなさい。女がどうとか、色仕掛けとか言ってたヤツ、全員ね」
ヒカリの言葉は、すで次期女子部長としての権威があった。 さらに、自分たちのなかで最も強い男であるタクヤが、ほとんど手も足も出ずに負けたとあっては、男子たちは意気消沈して、その命令に従うしかなかった。
「よし。じゃあ、みんな後ろ向いて、金玉出しなさい。これからアタシたちが、アンタたちの金玉を鍛えてあげるから。どうしたの? 金玉出せってことは、道着を脱げってことよ!」
男子部員たちは驚いたが、逆らうわけにもいかず、それぞれ道着のズボンを脱ぎ、後ろ向きになって、金玉を女子部員たちの前に晒した。 後ろから見ると、足の間に二つの金玉がぶら下がっているのがよく見えて、男子がちょっと動くたびに、それが揺れる姿が滑稽だった。
「きゃー! 変態!」
「汚―い! そんなもの、よくぶら下げてられるね?」
「ブラブラ揺らしちゃって、バカじゃないの?」
女子部員たちはそう言いながらも、その表情は笑っていた。
「ホント、男は厄介なものぶら下げてるんだね。試合中も、金蹴りが怖くて、集中できないんでしょ? それじゃ試合に勝てないだろうから、ちょっと鍛えてあげようか、みんな?」
ヒカリの言葉に、女子部員たちは「はーい」と元気よくうなずいて、それぞれ金玉を晒した男子部員たちの後ろに立った。 後ろを向いた状態で、股を大きく開き、最大の急所を女性に晒す。 この怖さは、男でなければ絶対にわからないものだった。
「いくよー! せーの!」
パチーン!
と、この合宿でも最もいい音が、それぞれの男子の股間に響いた。 もちろん彼らが、その後しばらく動くことさえできなかったのは、言うまでもない。
終わり。
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