家族連れでにぎわう、昼下がりの遊園地。 大型連休2日目の今日の目玉は、メインステージで行われる戦隊ヒーローのショーだった。 「ボールレンジャー」と名づけられたそのヒーローは、魔法のボールに見出された5人の戦士たちが、悪の宇宙人たちと戦うという、典型的な戦隊ヒーローの設定だった。
「よし、みんな! 正義の力を見せてやろう!」
「おう!」
戦隊のリーダーであるボールレッドの、勇ましい掛け声と共に、闘いの火ぶたが切られた。 この戦隊には、レッド、ブルー、グリーン、イエロー、ピンクの5人がおり、ピンク以外の4人は男だった。 紅一点のピンクは、鮮やかなテクニックで、迫りくる戦闘員たちを、次々となぎ倒していく。 他の4人も、剣や武器を使ったりして、戦闘員たちを倒していった。 中でも怪力キャラのイエローは、戦闘員を両手で高々と持ち上げたりして、その力を子供たちにアピールしている。 テレビでは味わえない、臨場感たっぷりのステージに、子供たちは大興奮だった。
しかし今日はここに、大きな不満を持ったままステージに上がった人物がいる。 彼女の名は、蓮田ミチル。 中堅のスーツアクターとして経験を積み、今回のシリーズでは、中ボスである悪の女帝・クラッシャークイーンに抜擢されていた。
「行け! 我がしもべたちよ!」
台本通りに、戦闘員に指示を出すミチルだったが、その心中は穏やかではなかった。 もともと、彼女は戦隊ヒーローに憧れて、この世界に入った。 端正な顔立ちと、天性の運動神経を持った彼女は、順調にキャリアを積んでいき、今回の「ボールレンジャー」で、初のピンク役をつとめることになると、確信していたのだ。 しかし、蓋を開けてみれば、大手事務所から送りこまれた新人女優に、あっさりとピンクの座を奪われ、自分は中ボスとはいえ、悪役を任されることになってしまった。 ミチルはプロとして、自分に与えられた仕事はきっちりとこなすつもりだったが、かえってその姿勢が、不満を内に溜めることになってしまったようだった。
(あんな女より、私の方が絶対ピンク役に合っていたのに…)
目の間で可憐に戦っているボールピンクの姿を見るたび、ミチルの心にはもやもやとした不満が募るのである。 もちろん、今、ステージに上がっているボールピンクの中身は、大手事務所の新人女優ではなく、ミチルの知り合いのスーツアクターだった。 しかしそれもまた、ミチルの不満の一つなのである。
(私だったら、演技もアクションも、両方一人でできるのに。あんな、外見だけの女を使って…)
ピンク役を任されたその新人は、もともとグラビア出身であり、ヒーローらしいアクションは何一つできなかった。 むしろ運動神経は悪い方で、なるだけ彼女のシーンには激しい動きがないように、演出家などが苦労していることも、ミチルは知っている。
(大体、このボールレンジャーってのは、なんなのよ。運動オンチのピンクを使ったり、セリフもろくに読めないブルーだったり…。今回のシリーズは、完全に失敗ね)
ミチルの不満は、すでにボールレンジャーという番組全体にまで及んでいるようだった。 そんなことを考えているうちに、戦闘員たちは全員倒されて、悪役はミチルのクラッシャークイーンだけになってしまう。
「よおし! 覚悟しろ、クラッシャークイーン! 今日こそ、お前を倒してやる!」
「ホホホホ! そう、うまくいくかしら?」
クラッシャークイーンは、妖艶に笑った。 戦隊ヒーローシリーズには、大抵、このようなお色気担当の悪役がいるものだが、クラッシャークイーンもその例にもれず、ハイレグ水着のような衣装をベースに、露出度の高い格好をしていた。
(よく考えてみれば、これも不思議な話よね。正義のヒーローっていうのに、5対1で戦おうっていうんだから。力の差があるっていう設定だけど、ちょっとした集団リンチよ)
ミチルは頭の片隅で、そんなことを考えていた。
(私だったら、5人相手に戦うとき、どうするかな…。やっぱり、一撃で仕留めないといけないから…)
ミチルはスーツアクターを目指す上で、武道の経験も必要と思い、学生時代に空手や柔道の道場に通っていたことがあった。 しかもその道場で、それぞれ二段や三段の腕前を持っているという。
(男には、金的蹴りが一番ね。大体、ヒーローだからって、金的攻撃を受けないのもおかしな話だわ。命がけの戦いなんだから、急所は絶対に守るべきよ。テレビを見ている子供たちにだって、そういうことを教えていかないと…)
ミチルが、前々から疑問に思っていたことだった。 ヒーローの全身タイツの、もっこりふくらんだ股間を、なぜ誰も攻撃しないのか。 カッコよくポーズを決めているつもりでも、その足は大きく開かれて、ミチルにとっては絶好の的だった。
「うおおぉっ!!」
やがてボールイエローが、ステージの隅に用意されていたドラム缶を持ち上げた。 怪力のイエローがドラム缶を投げつけて、クラッシャークイーンは華麗にそれをかわすというのが、予定された動きだった。
(あんなに足を開いて。バカみたい。強いつもりなの?)
ミチルの頭に、そんな考えが浮かんだ時、もう、どうにでもなればいいという気持ちになった。
「イエロー!」
「すげえー! 頑張れー!」
子供たちの声援が飛ぶ中、イエローはドラム缶を投げつけようとした。 その時。
スパン!
と、クラッシャークイーンの金的蹴りが、ボールイエローの股間に決まった。
「はぐぅっ!」
ボールイエローの体から、一瞬で力が抜けた。 ドラム缶を落とし、両手で股間をおさえて、その場にペタンと尻もちをついてしまう。
「くくく…」
録音されたイエローの声ではない、中に入っているスーツアクターの苦しみの声が、静まりかえったステージに響いた。
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