ある日の夕方、リビングのソファーでマンガを読んでいたノブユキに、妹のハツネが話しかけてきた。
「ねえ、お兄ちゃんもキンタマ打つと痛いの?」
突拍子もないハツネの質問に、ノブユキは目を丸くした。 ハツネは小学3年生になるが、そんなことを聞いてきたのは初めてだった。
「な、なんだよ、いきなり。何の話だよ」
「今日ね、クラスのリュウセイ君がサクラちゃんとケンカして、リュウセイ君のほうが泣いちゃったの。その後、マコト君もサクラちゃんとケンカしたんだけど、やっぱりサクラちゃんに泣かされちゃったの。サクラちゃんは、キンタマを攻撃したんだって」
ハツネはたどたどしく説明した。 どうやら同じクラスの女の子が、男子とケンカして、急所攻撃をして勝ったらしい。 それに興味を持ったハツネが、ノブユキに尋ねてきたのだろう。
「男子はみんな、キンタマを攻撃されると、痛くて動けなくなるんだって。だからお兄ちゃんも、キンタマは痛いのかなって」
ノブユキは、答えに迷った。 ハツネとノブユキの仲は、それほど悪いものではなかったが、やはり兄として、ときにはハツネに力ずくで言うことを聞かせることもあった。 ハツネが、ノブユキの弱点ともいえる金玉のことを知れば、兄としての威厳が保てなくなるのではないか。 ノブユキは今年中学に上がったばかりだったが、まだそういう子供っぽい強がりも持ちあわせていたのだ。
「ど、どうかな。それは、ガキだから痛かったんだろ。大人になったら、痛くなくなるんだよ」
ノブユキは素知らぬ顔で、妙な理屈をこねた。 しかしまったく知識のないハツネは、納得してしまいそうになる。
「そうなんだ。じゃあ、お兄ちゃんはもう痛くないの?」
「お、おう。当たり前だろ。俺はもう中学生だからな。痛くねえよ」
ノブユキは、わざとらしく笑った。
「ホント? じゃあさ、ハツネのキンタマ攻撃の練習してもいい? ハツネもクラスの男子に、泣かしたい子がいるんだ」
ノブユキはまずいと思った。
「え? そ、それはちょっとな…。俺、忙しいから…」
「ええー。いいじゃん。練習させて、おにいちゃーん」
「ダメダメ。俺、宿題するから」
ノブユキはそう言って、そそくさと立ちあがり、自分の部屋に戻ろうとした。 ハツネは不満そうに、兄の背中を見つめている。
「お兄ちゃんの、ケチ!」
ハツネはいきなり、背後からノブユキの股間に蹴りを入れた。 狙いも何もない、ぎこちない小学生の蹴りだったが、運悪く、ノブユキの金玉にうまく入ってしまった。
「うっ!」
ノブユキは突然の衝撃に、息を詰まらせた。 股間から重たい痛みが押し寄せてきて、思わず手でおさえてしまいそうになったが、ハツネに悟られてはまずいと思って、とっさにこらえた。
「お兄ちゃん?」
しかしハツネは、兄のただならぬ様子に気づいてしまった。
「あれ? 痛いの、お兄ちゃん?」
ハツネは、ノブユキの顔を覗き込んでみる。 ノブユキは唇を噛んで、痛みをこらえている様子だった。
「お兄ちゃん、キンタマ痛くないんじゃなかったの?」
「バ、バカ…。今のは、太ももの内側に入っちゃったんだよ。お前がいきなり蹴るから…」
ノブユキは、やっとそれだけ言うことができたが、本当は股間をおさえてうずくまりたい気分でいっぱいだった。
「そうだったの? ごめんなさい」
ハツネは疑問に思いながらも、謝った。 ノブユキは痛みにこらえながら、なんとか平静を装って、傍らにあるイスに腰掛けた。
「ちょっと、休憩しようかな…」
わざとらしくそう言うと、長いため息をついて、天井を見上げていた。 ハツネはそんな兄の様子を、いぶかしそうな目で見ていた。
「お兄ちゃん、ホントにキンタマ痛くないの?」
「え? ホ、ホントだよ。これは、キンタマが痛いんじゃなくて、太ももの内側が、ちょっとこすれちゃったんだよ。あー、偶然って怖いなー」
ノブユキの言葉にも、ハツネは納得いかないようだった。
「じゃあ、今度はお兄ちゃんのキンタマを叩いてもいい? 他のとこに当てないようにするから」
「え! い、いや。今日はもういいだろ。また今度にしようぜ」
「やだあ。ねえ、お願い。ちゃんとキンタマだけ狙うから。一回だけ、ね?」
その金玉が一番狙われたくないところだとは、ノブユキはもう言えなかった。 今はイスに座っているし、痛みも徐々にひいてきたから、手で叩くくらいなら、耐えられるかもしれない。それに、あまり拒否していると、やはりそこは急所なんだと、認めるようなものだった。 ノブユキは兄の威厳を保つために、ハツネのリクエストに応えるしかなかった。
「じゃ、じゃあ、一回だけな。軽くだぞ。お前が怪我するといけないからな」
「わーい。お兄ちゃん、ありがとー。じゃあ、グーで叩いてみるね。キンタマって、ここにあるんでしょ?」
ハツネは無邪気な様子で、兄の股間をズボンの上からまさぐった。
「これ? このフニフニしてるやつ?」
ハツネは意外にも正確に、ノブユキの金玉の場所を探り当ててしまった。
「あ、ああ。それだな。その…軽くだぞ?」
ノブユキは妹に金玉をまさぐられ、ちょっと戸惑ったが、金玉の恐怖でそれどころではなかった。
「はーい。じゃあ、いくよ。えい!」
ハツネは可愛らしい声と共に、握りしめた右拳を、先ほど探り当てたノブユキの金玉に振り下ろした。 ボン、という音がして、ハツネの小さい拳は、ノブユキの金玉の一つにうまく当たってしまう。
「うっ!」
先ほどの蹴り以上の痛みが、ノブユキの金玉を襲った。 ノブユキは座ったまま、両手で金玉をおさえて、前かがみになってしまう。 ジーンと重たい痛みが、ハツネに殴られた金玉から湧き上がってくる。
「え? お兄ちゃん、どうしたの?」
股間をおさえて、細かく震える兄の姿に、ハツネは驚いてしまった。 しかし学校で見た、サクラに金玉を蹴られた男子も、こんな痛がり方をしていたのを思い出して、確信した。
「お兄ちゃん、やっぱりキンタマ痛いんでしょ?」
ハツネはしてやったり、という顔を浮かべたが、ノブユキはそれに応えるどころではなかった。
「ち、ちが…うぅ…」
痛みの波は変則的に、ノブユキの下腹部を襲う。 おさまってきたと思っても、ちょっと体を動かしただけで、また痛みが響いてしまうのだ。
「もう、ホントは痛いんでしょ? なーんだ。やっぱりお兄ちゃんもクラスの男子とおんなじなんだあ。キンタマを攻撃されると、泣いちゃうんだね」
「な、泣いてないだろ…」
「もう、泣きそうだもん。ねえお兄ちゃん、キンタマって、どう痛いの? なんで痛いの?」
ハツネは興味津津な目で、ノブユキの痛がる様子を見ている。 ノブユキはそんなハツネの態度に怒りを覚え、兄の威厳を保つために、実力行使に出ようと決心した。
「お前、調子に乗るなよ!」
まだ金玉の痛みは残っていたが、イスから立ち上がり、ハツネの両手を掴んで、懲らしめてやろうとした。 いつもなら、ハツネの頭を少し叩いて終わりだったが、今日はそれ以上のこともしてやろうと思った。
「えー。別に調子に乗ってないもん。えい!」
ハツネは、いつもなら素直に謝るところだったのだが、ノブユキの痛がる姿を見て、完全に気持ちが強くなっていた。 両手を掴まれた状態から、ノブユキの股間に、ひざ蹴りを入れた。
「うあっ!」
ノブユキはリビングの床にひざをついて、うずくまってしまう。 汗が一気に噴き出してきて、さっきまでとは別次元の苦しみをノブユキ自身の体が予告していた。
「あ…うぁ!」
ノブユキはうずくまったまま足をジタバタさせて、うつむいてしまった。
「あー、やっぱりこれがきくんだー。あのね、サクラちゃんがこれでマコト君を泣かしちゃったんだよ。マコト君、痛いよーって、すっごい泣いてた」
ハツネはのんびりした様子で話しかけたが、ノブユキの耳には届いていなかった。
「ねえ、お兄ちゃんも痛いの? 変なの。そんなに強く蹴ってないんだけどなー」
ハツネは兄の苦しむ姿に首をかしげた。
「わたしなんか、叩かれても平気だけどなー」
ハツネはおもむろに、自分の股の間をスカートの上から叩いてみた。 それなりの衝撃はあるが、痛いというほどではない。
「お、お前には、タマがないから…」
ノブユキは絞り出すような声で言った。
「そうだね。キンタマはお兄ちゃんでも痛いんだって、よく分かった。ありがとう、お兄ちゃん」
ハツネは無邪気な笑顔でそう言うと、ノブユキを置き去りにして、リビングを出ていった。 ノブユキはその後、30分ほどはしゃがみこんだまま動けなかった。
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