とある中堅の出版社。この出版社が発行している雑誌の一つに、女性向けのファッション情報誌「RAGAZZE」があった。 おりからの出版不況におされて、会社の業績はおもわしくなかったのだが、この女性誌の売り上げだけは水準以上を保っていた。 その功績の最も大きな理由は、若くして編集長に抜擢された三木マナミにあっただろう。
マナミは現在29歳。10代のころからファッションモデルとして活躍し、業界のことを知り尽くしていた。170㎝の長身に、モデル時代から変わらぬスマートな体型。常に最新のファッションをエレガントに着こなしたその姿は、いかにもできる女という印象で、自らが創刊した雑誌を成功に導いたという自信に満ち溢れていた。
女性誌の編集部ということで、マナミの部下たちはほとんどが女性だったが、その中に男性社員が二人だけいた。 石丸シンゴと花田トモヒサは、入社3年目。多少の男手が必要だという「RAGAZZE」編集部に配属されてはみたものの、やらされるのは資料の整理や撮影機材の運搬など、雑用がほとんどだった。 半年が過ぎてもまったく誌面作りに参加させてもらえない二人が、それでも文句を言わなかったのは、彼らが以前参加していた雑誌がすでに廃刊になってしまい、社内のどこにも行き場所がないからだった。
「石丸君。ちょっといいかしら。手伝ってもらえる? あ、花田君も来て」
ある日、いつものように資料整理をしていた二人を、マナミが呼び止めた。 編集長自ら彼らに声をかけるのは珍しいことだったので、二人は緊張しながら、マナミについて行った。 今日のマナミはパンツスーツ姿で、ウェーブのかかった長い髪を揺らしながら、男たちの前を颯爽と歩いていく。キュッと締まったお尻がリズミカルに揺れるのを見ながら、彼らはついて行った。 確か今、会議室で雑誌の新しい企画を決める会議をしていたはず。 そう思っていると、マナミは二人を会議室のドアを開け、二人を入れた。
「さ、入って」
「失礼しまーす」
企画会議は、雑誌の方向性を決める大事な会議だったが、二人はまだそれには参加させてもらっていなかった。 初めて会議室に入ると、そこには編集部の女性たちがずらりと並んでいた。
「今ね、ユウカちゃんが考えた企画について話し合っていたの。ユウカちゃん、二人にも説明してもらえる?」
「はい」
返事をしたのは、石丸たちと同期入社の荒井ユウカだった。 彼女は入社当時からこの編集部に配属され、その優秀さがマナミの目に留まり、部内での信頼はあつい。 すでに企画会議に参加していることから見ても、同期入社の石丸たちとはかなりの差が開いてしまっているようだった。
「今回、私が企画するのは、『今さら聞けないオトコの仕組み』というテーマです。これは、女性たちが普段疑問に思っている男性の体の仕組みなどを検証していこうというもので、聞きたくてもちょっと聞きづらい質問なんかを並べていこうと思っています」
会議室の隅に立たされたままの石丸と花田は、ポカンとしていた。 大学ではそれぞれ野球部とサッカー部に所属しており、以前はスポーツ専門誌を担当していた二人は、女性誌の企画など見当がつかず、興味も湧かなかった。 しかし、普段から自分たちをバカにしている同期のユウカが、含み笑いを浮かべながら企画を説明しているのを見ると、嫌な予感しかしなかった。
「どう? なかなか面白いと思わない?」
「はあ…」
「はい。まあ…」
編集長のマナミが乗り気なようだったので、二人は曖昧にうなずくしかなかった。
「それでね。今、みんなに色々と考えてもらってたんだけど。やっぱり、男性もいた方が分かりやすそうなこともあったのね。だから、ちょっと協力してもらえるかしら?」
「は、はい…」
よく分からなかったが、石丸たちはとりあえず返事をした。
「良かった。それじゃあ、会議を続けましょうか。さっき、何の話をしてたっけ?」
「包茎の話です。仮性包茎とか真性包茎って何?っていう」
石丸たちが思わずギョッとする発言だったが、それを言ったユウカも、聞いている他の女性社員たちも、驚く様子はなかった。
「ああ、そうだったわね。包茎ね。やっぱりこれ、あんまり知られてないものかしら?」
「そうですねー。包茎っていうのは知ってると思うんですけど、仮性とか真性とかは、あんまりって感じじゃないですか?」
「包茎の男性の割合なんかも、面白いですよね。どれがスタンダードなのか、はっきりしないところがありますよ」
「手術するとか、そういうのもよく分からないですよね。結局、知りたいのは包茎の男性とセックスしていいのかどうかっていうところかもしれないです」
この編集部にいるのは20代の女性ばかりだったが、その若い女性たちが包茎について真剣に話し合っているのは異様な光景だった。 石丸と花田は、ちょっと面くらっていた。
「それで、石丸と花田は包茎なの?」
突然、同期のユウカが話を向けてきた。 二人は一瞬、ドキッとしたが、会議室の目がすべて自分たちに集中し、答えを待っているこの状況では、あいまいな返答は許されそうになかった。
「あ、いや…まあ、そうですね…」
「そうですねって、包茎ってこと?」
「は、はい…」
石丸は顔を真っ赤にしていた。
「花田君も? 包茎なの?」
「は、はい…。仮性ですけど…」
マナミに聞かれて、花田もためらいながら答えた。 慌てて、石丸がつけ足した。
「あ、俺も…仮性です。仮性包茎です」
男のプライドに関わることと思い言いなおした石丸だったが、言った後で、それも情けないことに思えてきた。 なぜ、会社の会議でそんなことを報告しなければいけないのか。 女性がほとんどを占めるこの編集部内では、以前から彼ら男の人権はとかくないがしろにされがちだった。
「ふうん。二人とも包茎なんだ。意外ね。それが普通なのかしら?」
「そうですね。よく、男の半分は仮性包茎だと言いますけど、ホントにそうなんですかね」
それは、あくまでも仕事の会議というテンションだった。 雑誌の誌面に必要なデータを集めている、という様子で語り合っている。
「ちょっとはっきりさせたいんですけど。仮性包茎って、皮が剥けてるんですか? 剥けてないんですか?」
「剥けてるんじゃないの? 勃起してるときは剥けてて、小さくなると皮が余るっていうのじゃない? 勃起しても剥けないのが、真性包茎でしょ」
「皮が余るっていうのは、どういう状態なんですかね? 私、勃起したとこしか見たことないから…」
「ああ、それは私も。勃起してるとこしか見たことない」
「そうね。その辺は、どうなの? 説明できるかしら?」
マナミが再び石丸たちを振り向くと、二人は顔を見合わせて、言葉を選ぶようにしゃべりだした。
「まあ…その…。皮が余るっていうのは、アレで…。頭の方にちょっと…」
「二人とも、描ける? あなた達の仮性包茎がどういうものなのか、ちょっと描いて説明してほしいわ」
マナミは回りくどい説明や、分かりにくい表現が嫌いだった。 手っ取り早く理解するためには、絵に描いてもらうのが一番と判断したようだった。
「え? か、描くんですか?」
「そうよ。そこのホワイトボードでいいから、ちょっと描いてみて。毎日見てるものでしょ? 描けるわよ」
マナミ以下、女性社員たちは皆真剣な表情で、仕事という雰囲気を崩していなかった。 このような状況下では、石丸と花田も、仕事として自分のイチモツを絵で描いて説明するしかなさそうだった。 唯一ユウカだけが、下をうつむいて笑いをこらえているような顔をしていた。
「はい…。じゃあ…」
石丸は仕方なしに、ホワイトボードにマジックで描きはじめた。
「えーっと…。これが、その、ペニス…で。先の方が、こうなってると思うんですけど」
「亀頭ね。そこに皮が余ってるの?」
描いている石丸や、脇で見ている花田よりもずっと、女性たちは真剣な目をしていた。
「はい。その、亀頭に皮がこうなってて…」
「なるほど。そんな風に皮が被っているのが包茎なのね」
石丸が描いたのは、亀頭の先までかなり皮が余っているペニスの図で、それが彼の普段の状態であるらしかった。
「はい。でも、勃起したらこの皮は剥けるんです。それが仮性包茎です」
自分のペニスのことなので、石丸は妙に力説してしまった。
「花田君も、そうなの?」
「いや、俺は…。俺のは、もうちょっと剥けてるっていうか…。普段でも、半分くらい見えてます。その…」
「亀頭が?」
「はい…」
へー、と女性たちはうなずいた。 花田にしても、石丸よりもマシだと言いたかったわけだったが、それはそれでかなり恥ずかしいことを告白してしまったことに、自ら気がついた。
「仮性包茎っていっても、程度の差があるのね。それは知らなかったわ」
「ペニスの形も、個人によって違いますもんね。大きさとか関係あるんでしょうか」
「そうね。大きい方が、皮が余らなさそうだわ。石丸君のペニスは、何センチくらいなの?」
「え? いや…測ったことは…。大体、このくらいでしょうか…」
あまりに直接的な質問に驚いたが、編集長であるマナミの目は真剣で、答えないわけにはいかなそうだった。 石丸は手の指を広げて、長さを示して見せる。
「それは、普通の状態で?」
「あ、いや…。普通はこのくらい…です」
石丸の指が半分ほどに縮まった。
「ふうん。花田君は?」
「ああ、いや…自分もそのくらい…かな…」
花田は曖昧にうなずいた。
「ふうん。でも、測ったことがないっていうのも、女性から見れば不思議ね。ほとんどの女性は、自分のバストのサイズなんかを知ってるのに」
「そうですね。ペニスの平均サイズなんかも載せたいですけど、ちょっとデータが足りないかもしれないですね」
女性たちは真剣に話し合っているようだったが、石丸と花田にしてみれば、一刻も早く会議室から逃げ出したい思いだった。
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