「じゃあ、第二試合は、マサヤとモモカ。リングに上がって」
空手部の男子が3人がかりでコウイチをリングから降ろした後、第二試合が開始される。 先にリングに上がったのは、空手部のマサヤだった。 マサヤは、コウイチと比べれば小柄だったが、スピードを生かした攻撃が得意だった。第一試合を見て、女子ボクシング部を相手にするには、とにかく足を動かしていくしかないと考えていた。
「よおし! 頑張ろっと!」
モモカはリングに上がると、気合を入れるように肩をグルグルと回した。 彼女の特徴を一つ上げるとするなら、その胸だったろう。 高校生ながら、巨乳と言って差支えないほどのバストが、体を動かすたびにブルンブルンと揺れている。
「……」
試合の直前だったが、マサヤが思わず注目してしまうほどの刺激的な光景だった。 普段は制服を着ているが、それでもモモカの胸が大きいことは皆が知っていた。 しかし、タンクトップ一枚になった姿が、これほどとは。 マサヤだけでなく、セコンドについていたダイゴまで、思わずつばを飲み込んでしまった。
「あのさあ。一つ提案なんだけど」
「え? な、なんだよ?」
あちら側のセコンドにいたアサミが、突然話しかけてきた。
「なんなら、空手部の方はグローブを外してもいいよ。慣れないもの着けて、大変そうに見えたからさ」
「え? ホントかよ?」
第一試合のコウイチの様子を見れば、空手部にとってグローブ着用は大きなハンデといえたので、この提案は彼らにとって願ってもなかった。
「うん。まあ、顔面だけ避けてもらえればさ。ヘッドギアは着けてるけど、さすがに危ないからね」
「分かった。そうしようぜ」
普段の空手部の試合でも、素手で顔面を攻撃することはほとんどない。 まして、女の子の顔を直接殴るつもりなど、彼らにも最初からなかったので、ダイゴはこの条件を受け入れることにした。 リング上にいたマサヤはすぐにグローブを外して、スッキリしたように拳を何度も握りしめた。
「じゃあ、そういうことでいいのね? 第二試合、始め!」
カァン!
第二試合のゴングが鳴った。 重たいグローブさえ外せば、空手の本来の突きのスピードが出せる。 マサヤは空手部でも一番の素早さを持っているから、今度こそ負けようがない。 ダイゴもマサヤ本人も、そう思っていた。
「やあっ! ……っ!」
しかし、モモカと対峙したマサヤは、改めて気がついた。 自分は一体、相手のどこを攻撃すればいいのだろう。
(顔面は、殴れない…。じゃあ、胸を…殴るのか…? この手で…?)
マサヤは、スポーツや武道に打ち込んでいる男子がしばしばそうであるように、女の子に対してかなりウブな方だった。 今まで彼女を作ったことはないし、もちろん女の子の胸を触ったことなどない。 試合とはいえ、グローブを外したこの手で、モモカの大きすぎるオッパイを触っていいものかと、真剣に悩んでしまっていた。
「モモカ! 落ち着いてね!」
すべてはアサミの作戦通りだった。 普段の練習の時から、ボクシング部の男子たちが、モモカの胸を殴りにくそうにしているのを知っていたのだ。 グローブを着けていてもそうなのだから、素手で殴れるはずはないと確信していたのだ。
「シッ! シッ!」
動きやすさのためとはいえ、こんな胸をしてタンクトップを着ているくらいだから、モモカは自分のバストのことには無頓着な方だった。 男子たちが、なぜ自分の胸を殴らないのかと考えたこともない。 だからマサヤの葛藤など知る由もなく、攻撃してこない相手に向かって、練習通りの堅実な左ジャブを繰り出していた。
「んっ! はっ!」
マサヤはそのジャブをフットワークを使ってかわしてはいたものの、パンチの度に大きく揺れるモモカのバストに目が行くようになった。 モモカのグローブの動きよりも、大きなプリンのように波打つ乳房の動きが気になり、やがて灰色のタンクトップが汗で滲んでくると、乳首の形が浮き出てくるような気がして、もう目が離せなくなってしまった。
「…うっ!! く…」
徐々に、モモカのジャブがマサヤの顔面をとらえ始めた。 分かってはいても、目が離せない。かといって、そこを手で殴るわけにもいかない。 マサヤにとっては、天国なのか地獄なのか、よく分からないジレンマに陥っているようだった。
「マサヤ! 手を出せ! パンチをよく見ろ!」
ダイゴの指示も、耳に届かなくなっていた。 もし届いたとしても、それは無理な注文というものだったのだが。 手を出せないマサヤは、いつの間にかコーナーに追い詰められてしまった。
「くっ!!」
圧倒的不利な状況になり、さすがにマサヤは我に返った。 殴ることができないなら、モモカの脚を蹴ろうと思ったが、すでにモモカはマサヤの目の前に迫っており、蹴りを出すような隙間がない。 なんとかコーナーを脱出しなければ、マサヤに勝ち目はなかった。
「シッ、シッ! …エイッ!!」
しかしモモカも、マサヤをコーナーから出すまいと懸命だった。 ジャブの連続から、力を込めた右ストレートを顔面に放った。 マサヤはそれを逆にチャンスと思い、モモカのパンチをかわして、彼女の左側に抜け出そうとした。しかしモモカも、体でそれを防ごうとする。 二人の体がもつれ、交錯した。
「んっ! くっ…!」
押し合いの力比べになれば、男のマサヤがモモカに負けるはずはなかったが、問題はやはり、モモカの胸だった。 二人の体が狭いコーナーで重なり合い、モモカの胸がマサヤの胸に押し付けられると、行き場を失った二つの巨大な乳房が、マサヤのあごの下あたりまでせりあがってきた。
「あっ…!!」
初めて味わう女の子のオッパイの感触に、マサヤはむしろ愕然とした。 世の中に、これ以上の柔らかさを持ったものがあるだろうかと思った。しかも大きなマシュマロのようなそれは、柔らかいだけでなく、押せば返ってくるほどの弾力も兼ね備えている。 まったく、モモカの巨乳は、男にとっては一瞬で理性を忘れさせるほどの凶器のようなものだった。
「待て! ブレイクって言うんだっけ?」
二人が抱き合うように重なり合ってから数秒後、空手部のミオが指示を出した。 ボクシングでは、こういう場合にブレイクを宣言するが、空手の試合でも似たようなことはある。 審判役の二人が、マサヤとモモカを引き離したが、マサヤの顔はどことなくうつろだった。
「始め!」
ミオが開始を宣言しても、マサヤの表情に緊張感は戻らない。 つい今しがたまで、自分の体に密着していたモモカの胸が、また波打つように揺れながら近づいてきた。
「えいっ!」
棒立ちだったマサヤの顔面に、モモカのジャブとストレート、いわゆるワンツーが決まった。 この試合で初めてといっていい、クリーンヒットだった。
「うっ…!」
女の子とはいえ、それは紛れもないボクサーのパンチだった。 衝撃で、マサヤは我に返ったものの、足がふらついた。
「しっかりしろ! マサヤ!」
そのままモモカが一気に攻め立てるかと思った瞬間、第1ラウンド終了のゴングが鳴った。
「あーあ。終わりかあ」
自分でもチャンスだと感じていたのか、モモカは残念そうな顔をして、自分のコーナーに下がっていった。 一方のマサヤは、ゴングに救われた形になった。 コーナーに帰って椅子に座ると、がっくりと肩を落とした。
「おい、大丈夫か? 相手をよく見ろよ。いくら女のパンチでも、まともにもらったらヤバいぞ」
「…分かってるよ」
ダイゴにそう言われても、気のない返事しかできなかった。 相手をよく見てたりしたら、また先程の柔らかい胸の感触がよみがえってきそうで、落ち着かなかったのだ。 一方、モモカは、椅子に座りながらも余裕だった。
「なんか、全然攻撃してこないね。なんでだろ。でも、キックは怖いから、気を付けないとね」
モモカは、自分の規格外のバストが、マサヤの理性を奪っていることに気がついていなかった。 同じ女の子のアサミから見ても、モモカは鈍感で、こんな悩ましい体をしているくせに、小学生のような純粋な心を持っていた。 アサミとしては、そんな彼女をうまく操って、マサヤの冷静さを失わせるのが一番だと思っていた。
「うん、まあ、作戦通りって感じだけどね。…ねえ、次のラウンドではさ、ちょっと作戦を変えてみようか?」
「え? うん。いいけど」
アサミは、男を陥れる軍師として、モモカに策を授けた。 やがて、第2ラウンド開始のゴングが鳴った。
カァン!
「よしっ!」
煩悩を振り払うかのように頭を振りながら、マサヤは椅子から立ち上がった。
「始め!」
ミオの合図と同時か、それよりも早いくらいだったかもしれない。 モモカは、ゴングとほとんど同時に、対角線上のコーナーにいるマサヤに突っ込んでいった。
「えっ!」
反射的に両手を胸まで挙げて、ガードを固めることしかできなかった。 モモカは一気に間合いを詰めて、マサヤのガードの上から、あるいはその隙間からボディを打ちまくってきた。 しかもパンチを打ちながら、グイグイと体を押し付けてくるから、二人の間にはほとんど隙間がなく、マサヤの唯一のアドバンテージである蹴りが出せない。
「くっ! …あっ!」
ガードを固めるマサヤの両手に、モモカの乳房が押し付けられていた。 マサヤはまたしても、理性と本能のせめぎ合いに苦しむこととなる。
「マサヤ! コーナーから出ろ!」
ダイゴにそう指示されても、マサヤは自分から動くことができない。 動けば、さらにモモカと体を密着させることになるからだ。
「く…そ…!」
マサヤが、懸命に横に動いて、コーナーから出ようと足を広げたそのとき、
ゴスッ!
と、モモカの膝がマサヤの股間に炸裂した。
「あうっ!!」
マサヤの体から一瞬にして力が抜けて、その場に倒れるようにして膝をついてしまった。 股間に火のついたような痛みが湧き上がってきて、それはすぐにマサヤの全身のすみずみにまで広がっていった。
「ぐぅう…!」
悲惨な状況になってしまった。 女の子の目の前だとか、男の意地だとかいうものも、この痛みの前には何の意味もなさなかった。 この痛みから解放されるなら、他のどんな痛みでも今すぐ受け入れたくなるような、そんな思いだった。
「マサヤ!」
ダイゴはすぐにリング上に上がり、うずくまるマサヤの背中をさすってやった。 そんなことでおさまる痛みではないことは、百も承知だったのだが。
「おい! 今のは、お前…! わざと蹴っただろ!」
「あ…え…? でも、アサミちゃんが、蹴ってもいいよっていうから…?」
モモカは不思議そうな顔で、リングサイドにいるアサミを振り返った。 見ると、アサミは「しまった」というような顔で、頭を掻いている。
「本当かよ、アサミ!」
ダイゴが、リングロープ越しにアサミに問いただした。 アサミは少しの間、頭を掻いて何か考えるような素振りだったが、やがて開き直ったようにしゃべり始めた。
「そうそう。蹴ってもいいっていうか、まあ、蹴るのもありなんじゃないって言ったよ。言いました。はいはい」
アサミの誤算は、モモカのひたすらな純真さだったろう。 さきほどのユウナのように、それと分からないように、偶然を装って男子の股間を蹴り上げてくれるのを期待していたのだが、モモカにはそんな手の込んだことはできるはずはなかったと、反省する思いだった。 しかし、結果は同じことで、堅い膝小僧で股間を蹴り上げられてしまったマサヤは、哀れにも男の最大の苦しみに喘いでいるのである。
「ふざけんなよ! 今度こそ、反則だ!」
ダイゴが怒るのも、無理はなかった。 しかし、
「まー、そうだねー。…ていうかさ、ちょっと弱すぎるんじゃないの?」
「なに?」
「なんかさあ。試合する前は、空手はボクシングより強いとか、最強の格闘技だ、みたいなこと言っといてさ。アソコ蹴られたら、やっぱりダメでしたって、それはちょっと情けなさ過ぎるんじゃないかなあ?」
「そ、それは…」
「こっちはせっかくさあ、グローブも外して、蹴りもありでいいよって言ってるのに。それって、空手の方が超有利な感じじゃない? しかもこっちは、女の子なんだよ。それなのに、アソコを狙われたら勝てません。反則だって。空手ってそんなもんなの? なんか、恥ずかしくないのかな? 男として」
「う…」
ダイゴは思わず、口ごもってしまった。 確かに、色々と想定外のことはあったにせよ、自分たちにとって特別不利な状況だったというわけではない。 一般的なルールで言えば、金的は確かに反則だが、相手は自分たちよりも一回り小さい女の子たちなのである。 力のない女性が、金的という急所を狙うことは、武道としての空手の思想からいえば、何らおかしくないことである。 アサミの言うことも最もだという思いと、男の象徴である金玉を狙われるという悔しさが、ダイゴや空手部の男子たちの心の中で、相反する思いとして葛藤していた。
「アサミの言うとおりね。アンタたち、油断しすぎなのよ。女の子だからって、ちょっと甘く見すぎなんじゃないの?」
意外にも、味方だと思っていた女子空手部の部長、ミオが、刺すような視線をダイゴと、まだうずくまったままのマサヤに注いでいた。
「反則だなんだって、ぎゃあぎゃあ騒いで。みっともない! 男だったら、反則されたって、はね返すくらいのことしなさいよね!」
リングの周りにいる女子空手部の女の子たちからも、「そうだそうだ」という声が上がりそうな空気だった。 どうやら彼女たちは、空手部の男子たちがボクシング部の女子たちにあっけなくKOされてしまったことで、空手そのものがボクシングより弱いと思われてしまったと感じているらしい。 「自分たちだったら絶対、あんなパンチでダウンしたりしない」 と、そう言いたそうだった。 もちろん彼女たちの股間には、男子がダウンする原因となった金玉など、ついていなかったのだが。
「空手にだって、金的蹴りはあるんだから。反則とは言えないでしょ。アンタたちは普段、さぼってるかもしれないけどさ。女子はちゃんと、金的蹴りの稽古もしてるんだからね。全然反則じゃないよ。これからは、金的もありにしよう」
「そうだね。そういうことなら、ローブローとかはとらずに、ありにしようか。それで困るのは、男子の方だけなんだもん。そんなの、不公平だよ」
ミオの提案に、アサミもうなずき、思わぬ形で連携が成立してしまった。 ボクシング部の女子はもちろん、空手部の女子たちも、大きくうなずいており、ためらっているのは、空手部もボクシング部も、男たちだけになってしまった。
「うーん…。まあ、そういうことなら…」
男子ボクシング部のナオキは、探るような目でダイゴを見た。 こうなってしまっては、ダイゴもしぶしぶ、うなずくしかない。
「分かった…。金的もありでいいよ。この試合は、ウチの負けだ」
「やったあ! 勝ったあ!」
この決定に一番喜んだのは、無邪気なモモカだった。 彼女はここまでの話の流れを、すべて理解したわけではなかったが、とにかく自分が勝利したということが嬉しかったらしい。
「じゃあ、女子ボクシング部の一勝一分けってことね。最後の試合で勝たないとね、ダイゴ!」
ミオは励ましているつもりなのか、ダイゴの肩を強く叩いたが、ダイゴは苦虫を噛み潰したような顔をして、その呼びかけには応えなかった。
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