元木ケンスケは、中堅のIT企業に勤めるシステムエンジニアだった。パソコンの前に座って、一日中画面に向かって作業することも珍しくない仕事だ。
そんな彼が最近見つけた楽しみは、会社の近くにある整骨院に通うことだった。 院長はカオルという女性で、まだ若く、働いているスタッフも全員、若い女性だった。 当然のこととして、この整骨院のメインターゲットは働く女性で、内装や店構えも女性が入りやすいような色や作りになっていた。逆に言えば、男性が入りづらいということである。
ケンスケは33歳の独り身で、休日には電器街やメイドカフェに繰り出すような男だったので、そんな女性のための整骨院に行くつもりはなかった。しかし仕事柄、常に肩こりや首の痛みに悩まされており、ある時ついに痛みに耐えかねて、飛びこむようにしてこの整骨院に入ってしまったのである。 一回目の訪問は、とにかく痛みをとってもらうことしか考えていなかったので、さほど気にならなかった。ただ、
「2,3日して、まだ痛かったら、また来てくださいね」
と言ってくれた院長のカオルの笑顔が、目に焼き付いてしまったのである。 それからというもの、ケンスケは週に二回ほど、この整骨院を訪れるようになった。すでに通い始めて3ヶ月になる。
待合室にいるのはいつも若い女性ばかりで、ケンスケが居づらい雰囲気ではある。ここは完全に、女性のための癒しの場なのだ。 それでもケンスケは、明らかに場違いな自分に嫌な顔一つせず応対してくれるスタッフと、いつも自分を気づかってくれるカオルの笑顔を見るために、せっせとこの整骨院を訪れているのである。 いつの間にかここは、ケンスケにとっても癒しの場になっているのだった。
「元木さん。元木ケンスケさん。どうぞ」
名前を呼ばれたとき、男がいるのかと顔をあげる女性たちの視線にももう慣れた。 ケンスケはむしろ堂々と、この整骨院の常連らしい顔をしていた。
「調子はどうですか、元木さん」
ベッドに座ると、いつも通り院長のカオルが、優しく声をかけてくれた。 年齢は30すぎだろうか。大きな瞳とセミロングの髪が、爽やかで清楚な印象を与える。整体師をやるということは、何かスポーツをやっていたのかもしれない。細身の体つきだったが、しなやかな筋肉が全身にバランスよくついているようだった。
「ああ、はい。まあまあですね。やっぱり肩こりがひどくて…」
これは事実だった。ここに通うようになってだいぶマシになったが、ケンスケの職業病ともいえるものだった。
「そうですか。仕事の合間に、ストレッチをやるといいんですよ」
「ああ、はい。そうですね」
ケンスケはマッサージよりもカオルの笑顔を見るだけで、肩こりがとれる思いだった。
「じゃあ、始めましょうか。あ、その前に…。ねえ、アレ、持ってきて」
カオルが声をかけると、女性スタッフはうなずいて奥に行き、お茶のようなものが入ったグラスを、盆に載せて戻ってきた。
「これ、最近ウチでオススメしているお茶なんですよ。血行を良くして、マッサージ前に飲むと、効果があるんです。どうぞ、試してみてください」
「あ、はい」
ケンスケは何の疑いもなく、渡されたグラスの中のお茶を飲みほした。 そのお茶はずいぶん苦いものだったが、健康にいいというお茶はこんなものだろうと思った。
「はい。じゃあ、うつ伏せになってください」
グラスをスタッフに返すと、ケンスケはいつものようにベッドにうつ伏せになった。これから、カオルの手による至福の一時が始まるはずだった。
「じゃあ、始めますねー」
カオルはケンスケの背中に手を当て、マッサージを始めた。 女性とはいえ、さすがにその手の力は強く、凝り固まったケンスケの筋肉を揉みほぐしていった。 ケンスケはカオルの指先の体温を背中に感じながら、頭の中を空っぽにして、ゆっくりと目を閉じていった。
「ん…?」
目が覚めると、そこは薄暗い部屋の中だった。 ケンスケは自分の置かれた状況が分からず、ちょっと戸惑う。
「…え…!?」
腕時計を見ようとして、初めて自分の手足がベッドに縛られていることに気がついた。しかも、薄いタオルが一枚かけられているが、どうやら自分はパンツ一枚の裸にさせられているらしい。 これはいったいどういうことなのか、理解に苦しんだ。
「す、すいません! 先生…?」
とりあえず、自分をマッサージしていたはずのカオルを呼んでみた。 すると突然、部屋の明かりが点いた。 蛍光灯の白い光に、ケンスケは目を細める。
「先生。起きたみたいです」
「そう。今、行くわ」
部屋の隅の方から、スタッフとカオルの声が聞こえた。 頭をあげて見ようとしたが、どうやら首も革のベルトのようなもので固定されているようだった。
「おはよう、元木さん」
戸惑うケンスケの頭上に、カオルが姿を現した。
「せ、先生! これは…!」
状況が理解できず、ただ驚くばかりのケンスケの顔を、カオルは見下ろしていた。
「さっきのお茶にね、睡眠薬が入っていたの。よく眠れたでしょ?」
「す、睡眠薬…!?」
「もう、元木さんには困っちゃって。どうにかしてウチに来られなくなるようにしたかったんだけど、これしか思いつかなかったわ。ちょっと手荒だけど、確実かなと思って」
カオルが言うと、周りにいた2人の女性スタッフも微笑した。 彼女たちはいったい、何をしようというのか。尋常ではない状況に、ケンスケの背中に冷たい汗が流れた。
「来られなくなるようにって…。え…? どういうことですか?」
カオルはスタッフと顔を見合わせて、ため息をついた。
「まったく、これだから困るのよね、元木さんは。ホントに鈍感なんだから。私たちが迷惑してることに、気付かなかったんですか?」
「え…? 迷惑って…」
戸惑うケンスケの様子を見て、スタッフの一人、川上アイコが口を開いた。
「元木さん、ウチのお客さんは女性の方ばかりなんですよ。なんで元木さんみたいな人が、ウチに来るんですか?」
するとさらにもう一人のスタッフ、木嶋ルミも、
「どうせ、院長目当てなんでしょ? 分かってますよ。院長にマッサージされた後、元木さんのズボンが膨らんでますもんね」
意地悪そうな笑いと共に言うのだった。
「そ、そんなこと…」
否定したかったが、事実だった。 それにしても、普段の彼女たちとは別人のように、まるで小馬鹿にしたような態度でケンスケのことを見ている。 いや、実際にはこちらの方が、彼女たちの真実の顔なのかもしれない。今までケンスケが接してきたのは、彼女たちが仕事上、やむなく行ってきた営業スマイルというものだったのだろう。
「まあ、元木さんが興奮するのはかまわないんですけどね。それもマッサージのうちですから」
カオルはむしろ勝ち誇ったような顔で、ケンスケを見下ろしていた。 ケンスケのような男が、自分のマッサージで興奮してしまうのは当然のことと言いたげだった。
「元木さんがウチに来ることで、他のお客さんに迷惑がかかっていると思うのよね。残念ながら」
「そうそう。元木さんみたいなオタクが来ると、ウチの雰囲気がおかしくなるっていうかあ」
「ウチ、そういうお店じゃありませんからって感じですよねー」
「そ、そんな…」
自分でも場違いだとは思っていたが、改めてカオル達の口から言われると、さすがにショックだった。 しかし、この店は別に女性専用とか会員制とか謳っているわけではない。ケンスケが来店することは、形式上、何の問題もないはずだった。
「だってここは別に、誰が来たっていいわけじゃないですか。そんなの、差別ですよ!」
ケンスケは声を荒げたが、その様子を見て、カオル達は再び顔を見合わせた。
「やっぱりねえ。そう思うわよねえ」
「だから、やっちゃうしかないですよ」
「ホント、こういう人は体で覚えないと分かんないですから」
「そうねえ」
アイコとルミが、カオルをけしかけているような調子だった。 ケンスケは彼女たちが一体なんのことを話しているのか、分からなかったし不安だった。
「じゃあ、元木さん。悪いけど、元木さんの大事な所を潰しますね?」
「え?」
振り向いたカオルの顔は、冗談を言っているようではなく、本気で残念そうだった。
「もう二度とウチに来なくなるように、元木さんの大事な所を潰します。ごめんなさいね」
「え? いや、あの…。何を…?」
ケンスケはまだ事態が飲みこめていなかった。
「だから、元木さんの金玉を潰すってば。ホント鈍いなあ、もう」
「一個だけだから。大丈夫ですよ」
アイコとルミが、追い打ちをかけるように言った。 しかしそう言われても、はいそうですかと返事をできるわけもなく、呆然と口を開けるばかりだった。 しかしカオルは、そんなケンスケを無視して、彼の体にかけてあったタオルをはぎ取った。
「じゃあ、始めましょうか」
ケンスケは恐怖を感じた。 全身に力を入れて暴れようとしたが、その手足はガッチリとベッドに固定されている。
「く…! いや…いやだ! やめろ!」
悲鳴ともつかない声を上げた。 しかしカオルはそれすらも予測していたように、今はぎ取ったタオルを丸めて、ケンスケの口に深く押しこもうとした。
「こ、こんなことをして、ただじゃ済まないぞ! 警察だ! 監禁罪で警察に通報してやるからな!」
必死で叫ぶと、ルミが思い出したように携帯電話を取り出した。
「あ、そういうこともあるかと思って、ちゃんと証拠写真を撮っておきましたから。ほら、これ」
ルミがケンスケの目の前に突き出したスマートフォンの画面には、ベッドの上で服をはだけさせているアイコと、それに抱きつくように覆いかぶさっているケンスケの写真が映っていた。
「こ、これは…!」
「よく撮れてるでしょ? けっこう大変だったんですよー。元木さん、重たくて。もうちょっと痩せた方がいいですよ」
どうやら、ケンスケが寝ている間に撮影したものらしい。 写真ではケンスケの表情は確認できないが、アイコの方は明らかに嫌がっているようで、見ようによっては、レイプの証拠写真と言えなくもない。
「あと、元木さんの携帯から、アイコちゃんにいやらしいメール送っておきましたから。これで本人の証言があれば、完璧ですよね?」
ルミはにっこりと笑って、ケンスケの顔を覗きこんだ。 ケンスケが警察に訴えれば、いつでもこれらの写真を公開し、レイプされそうだったと証言するつもりだろう。そうなった場合、不利なのは明らかにケンスケの方だった。
「あらら。アタシ、レイプされそうだったんだ。危ない危ない。キャハハ!」
アイコは悪戯っぽく笑った。 睡眠薬のことといい、周到に計画されたことらしかった。 ケンスケはもはや何も言うことができず、愕然としていた。
「はい。納得してもらえましたか? じゃあ、ちょっと我慢して下さいね」
カオルは微笑みながら、ケンスケの口に丸めたタオルを押し込んだ。 鼻でなんとか呼吸はできるものの、うめくことしかできなくなってしまった。
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