「筋肉! 筋肉! 筋肉! 今日もイケてるぞ!」
ボディビル歴5年のユタカは、自分に暗示をかけるようにつぶやきながら、鏡の前でポーズを取っていた。 ここはとあるボディビル大会の控室。 狭い空間が、マッチョな男たちの熱気で満ち溢れている。 本番まであと数時間あったが、彼らの戦いはすでに始まっているようだった。
「ふんっ! んっ!」
ステージに立つころには、審査員に最高の状態の筋肉を見せなければならない 軽くウォーミングアップをしているのか、ユタカはおもむろにスクワットを始めた。
「ふう…」
数十回ほどのスクワットを終えて、筋肉の状態を確かめようと、Tシャツとズボンを脱ぐ。 黒いビキニパンツ一枚に包まれた、驚異の肉体が現れた。
「…よし! …よし!」
小山のように盛り上がった大胸筋。風船のように膨らんだ三角筋と上腕二頭筋。 腹筋はまるで板チョコのようにくっきりと割れていて、その下には子供のウエストほどもある太ももが伸びている。 ユタカは軽くポーズを取りながら、その状態を確かめていた。
「いいぞ! 今日もキレてるな!」
ボディビルダーの中には、自分の筋肉に語りかけるようにして鍛える人がいるというが、ユタカはまさしくそれだった。 日々のトレーニングの末、たどり着いたこの肉体に、誰よりも彼自身が一番見とれている様子だった。
「よし! 今日もイケる!」
実は彼は去年、この大会で優勝を飾っている。 今年は連覇がかかっているのだが、鏡の前で自信を得たようだった。 本格的な準備をする前に、外の空気でも吸ってこようと、控室を出た。 黒いビキニパンツ一枚のままだ。 一度脱いだ服を着てしまえば、本番に向けて高めている気持ちが途切れるような気がしたし、何より彼が思う最高の肉体を隠すことなどしたくなかった。 本当は、日常生活でも服など着たくないとさえ思っていたのだ。 はち切れそうな胸をそらしながら、のっしのっしと廊下を歩く。 すると、
「泥棒! 誰か、捕まえてくれ!」
会場となっている体育館の長い廊下の奥から、叫び声が聞こえた。 見ると、ジャージ姿の長い髪の女性が、スポーツバッグを持って走ってくる。 大会に出ている女子選手の控室から、置き引きでもしたらしかった。 ユタカはしかし、慌てることもなく、こちらに向かってくる女性をしっかりと見据えると、その進行方向を塞ぐように、両手を広げた。
「はあ、はあ…! え!?」
走ってきた女は、突然目の前に現れた巨大な筋肉の塊に驚いて、足を止めた。
「おいおい。この会場で泥棒なんて。逃げられると思ったのか?」
まるで悪党を捕まえるスーパーヒーローのような余裕の表情で、ユタカは女に迫った。
「あっ!」
女が振り返り、逃げようとしたところで、その腕をユタカが掴んだ。
「えっ!?」
急に、何か大きな岩にでも引っ掛けたかのように、腕が動かなくなったのを女は感じた。 とてつもなく強い力で、手首を掴まれている。
「女性に手荒な真似はしたくないが、泥棒なら仕方ないな」
ユタカは微笑みながら、女の腕を引き寄せる。 女は抵抗しようとしたが、まったく無駄だった。
「あっ! ちょっと、離して…!」
苦し紛れに腕を振り回そうとしたが、それすらもできなかった。
「こらこら。おとなしくしなさい」
ユタカは意に介する様子もなく、さらに盗んだスポーツバッグを抱えているもう一方の腕も掴んだ。 あっと女が叫ぶよりも早く、ユタカは彼女の体を高々と持ち上げてしまった。
「さあ。このまま警察に行ってもいいんだよ?」
よく見ると女はまだ若く、10代の少女に見えた。 その手足は華奢で、整った顔立ちが宙づりにされた驚きと苦痛に歪んでいる。 とても盗みを働くようには見えなかったが、ユタカはとりあえず捕まえておこうと思った。
「離して! 離してください! わたしは泥棒じゃ…」
少女の体重は40キロほどだったろうか。いずれにせよ、ユタカが毎日何百回も上げているバーベルの半分にも満たない重さだった。 宙ぶらりんになった状態でジタバタと暴れるが、その手は離してもらえそうにない。
「もう! それなら…!」
ついに、少女は最後の手段に出た。
パシッ!
と、少女の足のつま先が、ユタカの股間に当たった。 それは蹴りとも呼べない、単に足が当たっただけのことだったが、しっかりとビキニパンツの膨らみをへこませていた。 完全に油断していたユタカは、突然襲ってきた衝撃に、顔をしかめる。
「んっ! うぅん…!」
急速に体の力が抜け、少女の手を離すと、ストンとその場に着地した。 ユタカは何が起こったのか分からない様子で、襲いつつあった重苦しい痛みに耐えるため、ゆっくりと前かがみになる。
「ごめんなさい!」
体の9割が筋肉の鎧で覆われたユタカの、唯一の鍛えられない場所、黒いビキニパンツで優しく包まれたその柔らかな膨らみに、少女は狙いを定め、至近距離から右ひざを振り上げた。
メリッ!!
と、少女の膝がユタカの金玉を押し潰した。 深く割れた腹筋と、脚が閉じないくらいに発達した太ももをもってしても、まったくの無意味だった。 男の体の中で、そこは絶対に鍛えることができず、しかもとてつもなくデリケートで無防備だった。 ユタカは下半身にゾワッとした寒気のようなものを感じると、とっさにうずくまって、両手でそれ以上攻撃されないよう、股間を守った。 その姿は、どんなに鍛えた男でも逃れることができない痛みに対応するため、すべての男にインプットされている本能のようなものだった。
「あっ…! くぅぅ…!!」
やがて襲ってきた地獄の苦しみに、子犬ような声を上げる。 その目には、自然と涙が浮かんでしまっていた。
「あ…! ホントにすいません。でもわたし、泥棒じゃありませんから…」
少女は自らの膝金蹴りの威力にちょっと驚いた様子だったが、落としたスポーツバッグを拾い上げると、すぐに逃げていった。 少女を追いかけてきた係員が駆けつけると、先ほどまでパンパンに膨らんでいた筋肉はしぼみ、男の痛みに震える哀れなボディビルダーの姿がそこにはあった。
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