人気のない公園に、山崎とエイジの姿はあった。 エイジはすでに数回、殴られたようで、口元には血が滲んでいる。 目を血走らせた山崎の横で、力なくうなだれていたが、ヒナの姿が現れると、ハッと顔を上げた。
「ヒナちゃん!」
「来たな、浅川ぁ!」
ヒナはここまで走ってきた様子で、息を切らせていた。 長い髪はふり乱されて、ぐしゃぐしゃになっている。 エイジの姿を認めると、ホッとしたように息をついたが、すぐに山崎を睨みつけた。
「てめえ、イカれてんのか! 何してんだよ!」
「うるせえ! お前が逃げ回ってるからだろうが。お前のせいだぞ! コイツが殴られてんのはよ!」
山崎はちょっと正気を失っているかのように、まくしたてた。 さんざんヒナに弄られて、もはや不良としてのプライドにかけて、どんなことをしてでもヒナを潰してやると思っているようだった。
「ヒナちゃん! ボクは大丈夫だからね! 全然、迷惑なんかしてないから」
「うるせえ!」
かいがいしく声をかけようとするエイジの脇腹を、山崎が蹴飛ばした。 エイジはウッと呻いて、その場に倒れ込んでしまう。 それを見たヒナは、ついにブチ切れた様子だった。
「おい…! アタシに用があるんだろうが! 相手してやるよ!」
鬼のような形相で、山崎に向かって行く。 山崎も望むところという様子で、ヒナに向かって行った。
「来いよ!」
ヒナは迷わず、山崎の股間を狙って脚を振り上げた。 しかし、さすがに山崎も警戒していたようで、飛び下がるようにしてそれを避けた。 ヒナは怒りに燃えながらも、努めて冷静に、山崎の動きを観察しようとしていた。
「おい、ビビってんのか? 男だろ? かかってこいよ」
「うるせえ、ボケ! 調子に乗んな!」
悪態をついたが、山崎は慎重だった。 ヒナが徹底的に股間の急所を狙ってくることは分かっていたし、ヒナの手足の届く距離である限り、その危険度は高かった。 とにかく、うまく当たれば一発でKOされてしまう恐れがあるのが金的なのである。 山崎にしてみれば、確実な先制攻撃でヒナを仕留めてしまわなければ、返り討ちにあう恐れがあったのだ。
「…しょうがねえな。ちょっと本気出してやるよ」
何事か決心したように、山崎はヒナとの間合いを詰め出した。 ヒナにとっても、山崎の腕力は脅威だったのだが、彼女が狙うのは、ただ金的のみである。 どんなに殴られても、意識のある限り山崎の金玉を潰してやろうと決心していた。
意外なほど無防備に近づいてくる山崎を、ヒナは辛抱強く待った。 自分が攻撃される恐れはあるにせよ、もっとも効果的に金的を攻撃できる位置まで、引きつけたかったのである。 そしてついに、山崎がヒナの眼前にまで迫った。
「オラァ!」
真正面から、ヒナは山崎の股間を蹴りあげようとした。 山崎は足を閉じて防御するものの、本能的に腰を引いてしまう。 するとヒナは、またネコのような素早さで山崎に飛びかかり、その肩を掴んで、強烈な膝蹴りを山崎の股間に浴びせるのだった。
「オラ! オラ!」
まともに当たらなくても、連続して蹴れば、衝撃は金玉に伝わるはずだった。 とにかく、金玉にわずかでもダメージを与えれば、山崎の動きは十分鈍るはずだと思った。 しかし。
「おい…。それで終わりかよ?」
ヒナが肩で息をし始めたころ、山崎はようやく口を開いた。 まったくダメージを受けていない様子だった。 今までヒナが放った金蹴りにクリーンヒットはなかったが、それでも何ともないはずはない。 これには、傍で見ていた男のエイジでさえ、口を開けて驚くことしかできなかった。
「調子に乗んな、ボケ!」
山崎はヒナの長い髪を掴んだ。 そしてその顔を、思い切り殴りつけたのである。
「あっ!」
あっけなく、ヒナは地面に倒れてしまった。 今まで男相手のケンカで殴られたことはなかったが、これが、本来の男と女の体力の差だった。
「ヒナちゃん!」
エイジの声も耳に入らないほど、ヒナは混乱していた。 目の前の景色がグルグルと回り、自分だけ揺れる船の上に乗っているような気分だった。
「ホント、ワンパターンなヤツだなあ。お前が金玉狙ってくることなんか、分かってたんだよ!」
殴った山崎にとっても、それは会心の一撃だったようで、すでに勝利を確信したような余裕さえあった。 彼がヒナに脅威を感じていたとしたら、それはただ一点、金的蹴りに対してだけで、それが通用しないとなれば、勝利は揺るがないはずだったのだ。
「どうした? もうおしまいか、コラァ!」
地面に座り込むヒナの顔に、靴の裏で踏みつけるような蹴りを浴びせた。 およそ中学生のケンカでするような行為ではなかったが、ずいぶん前から、山崎はヒナのことを年下だとも、女の子だとも思っていなかった。 男のプライドの象徴であり、命の次に大事な金玉を、さんざん痛めつけられてきたのである。もはや、ヒナには何をしてもかまわないという気持ちが、山崎の考えを占めていた。
「うっ! …てめえ!」
軽い脳震盪を起こしていたヒナは、かえってそれで正気に返ったのか、蹴りを受けた直後、座ったまま、山崎の股間に下からパンチを打ち込んだ。
「おっ!」
山崎の動きが、一瞬、止まった。 今度こそ、急所にキレイに入ったはずだった。 しかし、ヒナは気がついた。 山崎の股間には、何か、クッションのような詰め物がしてあったのだ。 膝蹴りをしているときには分からなかったが、拳で殴ってみて、初めて違和感に気がついたのである。
「へっ! 効かねえってんだよ!」
しかし、それに気づいたからといって、どうすることもできない。 山崎は嘲るように笑い、再びヒナに蹴りを入れた。
「ああっ!」
ヒナの体は横倒しに倒れ、地面に顔をついてしまった。 今まで、男の金玉を攻撃することで無敵を誇っていたヒナだったが、それを封じられてしまうと、こんなにもあっけなくやられてしまう自分を、思い知らされた。
「オラ! 今まで、ずいぶん調子に乗ってくれたなぁ!」
倒れ込んだヒナの頭を、無情にも踏みつけた。 ヒナの目に、うっすらと涙が浮かんでいた。 悔しいとは思わなかった。 元々、反則のような真似をして、勝っていただけだったから。 自分がケンカに負けることは何とも思わなかったが、ただ、自分のせいでエイジに迷惑をかけたことが、悲しかったのだ。
「これでお前も、自分の実力がわかっただろ? ああ? セコイ真似ばっかりしやがって。とりあえず、明日からお前は、俺の奴隷だ。まあ、色々とやりたいこともあるからよ。お前もおとなしくしとけば、それなりだし、なあ?」
ヒナの頭を踏みにじりながら、山崎は勝ち誇った。 そしてその表情には、いやらしいオスの欲望が、わずかに見え隠れしているようだった。 その時。
「どけーっ!!」
山崎の背後から、エイジが体ごと突っ込んできた。 不意を突かれた山崎は、避けることもできず、そのタックルをまともに食らってしまう。
「うおっ!」
長身のエイジが、全速力で突っ込んできたのだ。 山崎の体は2メートルも吹っ飛ばされ、地面に転がった。
「かっ…! はっ…!」
背中を強打した山崎は、呼吸ができなくなったようで、すぐに立ち上がることができなかった。 解放されたヒナが顔を上げると、そこには、怒りに肩を震わせるエイジの後ろ姿があった。
「お前…!! ヒナちゃんに、何してんだ!!」
ヒナも初めて見る、怒り狂ったエイジの姿だった。 地面に横たわる山崎のベルトを掴むと、そのまま両手で、山崎の体を高々と持ち上げてしまった。
「うわっ! わっ!」
予想だにしていなかったエイジの反撃に、山崎は慌てて、空中で手足をばたつかせた。
「何してんだよーっ!!」
エイジの背中の筋肉が、はち切れんばかりにTシャツを膨張させていた。 ベルトを掴んだまま、山崎の体を振り回し、そのまま頭からブン投げてしまった。
「わーっ!!」
山崎の体は、ヘッドスライディングのように頭から地面に突っ込んだ。 その拍子に、ズボンがすっぽ抜けて、股間に隠していたタオルが落ちた。
「ふう…ふう…」
横たわったまま動かなくなった山崎を見て、エイジはようやく我に返った。
「ヒナちゃん! 大丈夫?」
まだ座り込んだままのヒナの側に駆け寄ると、思わずその肩を抱きしめた。 ヒナは、エイジの大立ち回りを呆然と眺めていたが、やがて安心したように、エイジの胸に頭を傾けた。
「なんだ…。エイちゃん、めっちゃ強いじゃん…」
思わず、ヒナはそう言った。
「ゴメン、ヒナちゃん。ボクがアイツに捕まらなければ…。ボク、ケンカとかしたことなかったから…」
「いいよ。元々、アタシのせいだし。でも、すごい力だね。びっくりした」
「うん…まあ…。部活で鍛えてるからね。ヒナちゃんも、テニスやる?」
ニッコリと笑った顔は、普段のエイジに戻っていた。 しかしヒナの脳裏には、先ほど見たエイジの力強く大きな後ろ姿が、焼き付いていた。
「……」
ヒナが黙ってゆっくりと目を閉じ、心もち唇をとがらせると、数秒の戸惑いの後、エイジは唇を重ねてきた。
「……ん!」
二人が目をつぶって口づけした直後、エイジはハッとして目を開けた。 ヒナの右手が、エイジの股間に伸びて、そこにある二つの膨らみを掴んだのである。
「んん…!!」
エイジは一瞬、身をよじって抵抗したが、ヒナが目を開けて、その瞳に悪戯っぽい笑みが浮かんでいるのを見ると、抵抗するのをやめた。 やがて二人は唇を離し、見つめ合った。
「ヒ、ヒナちゃん…!」
エイジは肩を震わせて苦しみながらも、どこか恍惚とした表情を浮かべていた。
「やっぱり。エイちゃんも、痛いんだ…?」
ヒナもまた、頬を赤らめて、明らかに興奮していた。 その手にはエイジの二つの睾丸がしっかりと握られており、また、握り始めた直後から、エイジのペニスが勃起し始めていたことを、ヒナは感じとっていた。
「痛いよ…。痛いよ、ヒナちゃん! ああ!」
エイジは天を仰ぎ、苦しみと快感に喘いだ。 ヒナはそんなエイジを、愛おしそうに見つめている。
「…カワイイ」
ヒナは手の中でエイジの睾丸を転がしながら、つぶやいた。
終わり。
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