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男の絶対的な急所、金玉。それを責める女性たちのお話。


浅川ヒナは、一目で分かる不良少女だった。
中学生に似つかわしくない濃いめの化粧をし、長い髪を茶色に染めて、耳と唇にピアスをじゃらつかせている。小柄で、不健康に痩せていて、顔色も悪かった。
何よりその目つきは常に淀んでいて、しかし時折、ギラリと鈍く光るものがあり、彼女と会話する者を気味悪がらせた。
学校にはごくたまにしか来なかったが、来たら来たで、何かしらのトラブルを巻き起こすのが常だった。
この日の帰り道もそうだ。

「おい、待てよ、浅川!」

呼びとめたのは、これもまた一目で不良と分かる男子生徒だった。
振り向いてその顔を確認すると、ヒナは明らかにめんどくさそうな表情を浮かべた。

「山崎か。なに?」

「とぼけんな! お前、いっつも無視しやがって。逃げてんじゃねえぞ!」

山崎は大声で威嚇したが、ヒナは意に介さない様子だった。

「はあ。何の話?」

両手をポケットに突っこんだまま、くちゃくちゃとガムを噛んでいる。
山崎はいきなり近づいてきて、彼女のパーカーの襟を掴んだ。

「ざけんなよ、コラ! 俺とお前がタイマン張るって話だろうが。寝ぼけんな、ボケ!」

ここは学校の裏門を出てすぐの所で、家路につく生徒たちの姿も多かったのだが、誰も二人に近づこうとはしなかった。
すでに学校内では、この二人の対立は有名になっていたのだ。

「へー。そんな話だったっけ? ていうか、離してくんない?」

「お前が逃げてっから、勝負になんねえんだろうが! ああ?」

山崎はさらに両手で襟を掴むと、ヒナの顔に自分の顔を寄せ、睨みつけた。
とても中学生とは思えないほどの迫力だったが、ヒナは動じる気配がない。

「なんなら、今ここでケリつけてやるか、コラァ! …ぐっ!?」

山崎が、今にも殴りかかってきそうになったそのとき、突然、その顔が苦痛に歪んだ。
ヒナが、山崎の股間をズボンの上から握りしめたのである。

「あ…く…!!」

全身から急激に力が抜け、腰を引いた姿勢になる。
ヒナはいつの間にかポケットから右手を出していて、山崎の股間にぶら下がっている男の最大の急所を、下からすくい上げるように握りしめていた。
大柄な山崎も、腰を曲げて前かがみになると、ヒナよりも低い位置に頭がきた。

「離してくんない、手?」

「てめえ…!! あぁうっ!!」

山崎はそれでも、歯を食いしばってヒナを睨みつけようとしたが、ヒナの右手にさらに力が込められると、耐えきれずにパーカーから手を離した。

「ああ、思い出した。アタシがアンタらの仲間に入らないから、イラついてんだっけ? それで、こないだアイツを…武田だっけ? やっちゃったから、次はアンタの番ってわけ?」

苦痛に顔を歪め、脂汗を流す山崎を、冷めた目つきで見下ろしていた。
その右手には、男のシンボルである二つの小さな玉がしっかりと握り込まれて、万力のように締めつけている。
山崎はなんとかヒナの手を引きはがそうとしたが、この状態では、まったく力が入らない。膝から力が抜けて、倒れそうになるのをこらえるので精いっぱいだった。

「は、離せ! クソッタレ…!」

「アタシ、好きじゃないんだよね。仲間とかダチとかさ。一人でいたいから、そうしてるだけなんだけど。ほっといてくんない?」

「うる…せえっ!! ダチやられて、黙ってられるかよ!」

「そうなんだ? まあ、やられ方が悲惨だったからねえ」

ヒナはガムを噛みながら笑い、山崎の耳元で囁くように言った。

「武田はさ、パンツ一枚でションベン漏らしながら、アタシに土下座したんだよ。すいません。もう許して下さいって。まあアタシも鬼じゃないから、許してやったけど。アイツの金玉、見た? すっごい腫れて、デカくなってただろ? アンタのコレより、全然でかかったよ」

ヒナが睾丸をコロコロと手の中で転がすと、山崎の全身に電撃のような痛みが走った。

「ああうっ! ク…クソが!!」

「アンタらはアタシのこと、金蹴り女とか呼んでるんだろ? まあ、その通りなんだけど。超面白いよな。こんなちっちゃな玉を、ちょっと握るだけで、こうなるんだから」

そう言って、右手で掴んでいたモノを、捻るようにして持ち上げた。
山崎はギャッと悲鳴を上げて、つま先立ちになり、金玉袋で全身を吊られたような体勢になった。
ヒナはクスクスと笑いながら、山崎の苦しむ顔を見ている。
小柄なヒナが、山崎のような男子を右手一本で意のままに操っている姿は、何とも異様な光景だった。

「金玉が潰れる時って、どんな感じなんだろうな? この、グニグニした柔らかい卵みたいなのが、プチンって弾けるのか? ん?」

囁くように言いながら、楕円形の睾丸を掌の中で弄び続ける。ヒナの指がマッサージのようにそれを押し潰すたび、山崎は呼吸が止まる思いだった。

「アンタに恨みはないけど、アンタがラスボスだっていうんなら、そのうち勝負してやるよ。気が向いたときにね。でもその時は、金玉潰される覚悟はしときなよ?」

ヒナは最後に、睾丸を指で弾くようにして離してやった。

「あぐっ!!」

ようやく解放された山崎は、すぐに両手で股間をおさえ、睾丸の無事を確認した。そしてそのまま膝をつき、土下座するかのようにうずくまってしまう。
睾丸を握られた痛みは、解放されたところで、すぐにおさまるものではない。ヒナはそれすら見透かしたように、笑みを浮かべて見下ろしていた。

「じゃあね」

「く…そ…! このクソ女…!!」

振り向いて、平然と立ち去るヒナの後ろ姿に、山崎は悪態をつくことしかできなかった。




学校を出てから数十分後、ヒナは公園でベンチに座り、タバコを吸っていた。
教師や大人に見つかるという配慮はない。そんな感覚を持ち続けるほど、彼女は年季の浅い不良少女ではなかった。
ぼうっとして空を眺めていると、いつの間にか、スポーツバッグを担いだ男子中学生が一人、彼女の側に立っていた。

「ヒナちゃん! またタバコ吸ってんの?」

「うん。一日一箱」

「ダメだよ。いい加減、やめな。最近、タバコも高いでしょ?」

「いんだよ、後輩からパクるから」

「それ、もっとダメだよ」

ごく自然な様子で、ヒナの隣に腰を下ろした。
彼の名前は広瀬エイジ。小学生のころからのヒナの幼馴染だった。

「今日、学校来てたね。楽しいでしょ、たまに来ると?」

「別に。変なヤツが声かけてくるし。楽しくないよ」

エイジはヒナの幼馴染だったが、成績優秀で、学校の生徒会にも参加しているほどの優等生だった。
明るく人懐っこくて、誰にでも親切。
テニス部に所属しており、県大会で好成績をおさめるなど、まさにお手本のような優等生だった。
しかしそんな彼が、学校でも有名な不良の浅川ヒナと、ごく自然な様子で話している姿を見ると、校内の誰もが不思議がった。

「あのさ、ボク今度、テニスの大会があるんだけど、応援に来る?」

「行かねーし。勝手にやれ」

「えー。一回、来てみてよ。絶対楽しいから。一緒にテニスやりたくなるから。ボク、ヒナちゃんとダブルスやるのが夢なんだ」

「一生ないから。諦めろ」

エイジにしてみれば、小さい頃からの習慣で、ヒナに話しかけることには何の違和感も感じていなかった。
ヒナの方もまた、つい昔に戻ったように話してしまう。
実際、彼女が本当にリラックスして話ができる相手は、今やエイジだけなのかもしれなかった。

「ヒナちゃんさ、もっと学校来なよ。ボク、ヒナちゃんと一緒に帰ったりしたいんだけどな。昔は、よく一緒に帰ってたじゃない?」

ヒナは無言だったが、まんざらでもないように、タバコの煙を大きく吐き出した。
何かの感情を押し殺しているような様子だった。

「アタシといるとさ、アンタも困ると思うよ。変なヤツもいっぱい寄ってくるし。話があるときは、電話してよ」

「変なヤツって? さっきの、山崎さんみたいな?」

エイジはヒナの顔を覗きこんだ。

「見てたの?」

「うん。助けに行こうかと思ったけど、ヒナちゃん強いから、大丈夫そうだったね?」

エイジが笑うと、ヒナは苦笑した。

「ハッ。別に、強くないし。金玉狙えば、誰でも勝てるって」

「あー、そっかあ」

エイジは感心したようにうなずいた。

「ヒナちゃんはさ。アソコを蹴ったりするの、好きなの?」

エイジの口から、思わぬ質問が飛び出したことに、ヒナはさすがにちょっと驚いた。

「別に、好きってわけじゃないけど…。ん…いや…。まあ、好きか…。好きかもね」

自分で言って、少し考え込んでしまった。
確かに彼女は、一部の不良から金蹴り女などと呼ばれていて、自分でもその通りだと思っている。
しかもそれが気に入らないわけではなく、まんざらでもない証拠に、そういう呼び名がついて以降、もっと積極的に男の急所を狙うようになった気がする。
金玉を攻撃して男を倒すことに、密かな悦びを感じている自分がいることを、今、初めて気づかされたようだった。

「やっぱりそうなんだ。何でなの? アソコを蹴ったりするのって、気持ちいの?」

「気持ちいいってさあ…。まあ、そうかもね。なんつうかこう、アタシにケンカ売ってくるヤツって、だいたい強そうじゃん。体もデカイし、筋肉もついてるし。そういうヤツが、アタシの金蹴り一発でダウンしちゃうのが、面白いっていうか、気持ちいいっていうか…」

「さっきは、掴んでたよね。あの人の…」

「うん、まあ…。掴むのはさ、すごいダイレクトって感じなんだよ。ダイレクトにアイツを支配できるっていうか…。あんな小さい玉二つ掴むだけで、思い通りになるから、それが面白いんだろうね」

先ほどの山崎の金玉の感触を思い出すかのように、手を握ってみせた。
その顔には、自分でも気づかぬうちに、うっすらと笑みが浮かんでいる。
エイジはそんなヒナの様子を見て、微笑んだ。

「そっかあ。でもさ、アソコを蹴られるのって、すっごい痛いんだよ。知ってる?」

「知ってるよ。知ってるから、やるんだって。…いや、ホントは知らないんだけど…。どのくらい痛いとか知らないから、気持ちいいんだろうね。アタシには、一生分かんない痛みだから、いいんだ」

先ほどからエイジの言葉によって、ヒナ自身が自分の感情に気づかされているような形になっていた。
エイジはあるいは、そういうことを狙って質問をしているのかどうか。どちらにしろ、彼を信頼しきっているヒナは、そんなことまで考えることはなかった。

「ふーん。…ヒナちゃんさ、ボクのアソコも蹴ってみたいとか思うの?」

「はあ?」

「だって、男のアソコを蹴りたいんでしょ? ボクも一応、男なんだけど?」

ニコニコしながら尋ねるので、ちょっと答えに詰まった。

「…ハッ! 誰が、アンタのなんか。アタシはさ、強そうな男が金蹴りされて倒れちゃうのが好きなんだよ。アンタみたいなヒョロイのが倒れても、つまんないでしょ」

言いながら、ヒナは頭の中で想像した。
自分の金的蹴りを受けたエイジが、股間をおさえ、内股になって苦しむ姿。
エイジが苦悶の表情を浮かべながら、自分を見つめることを想像すると、得体のしれない興奮が、胸の奥から沸々と湧き上がってくるような気がした。
思わず、エイジの顔から目をそらしてしまう。

「えー。ボクだって、こう見えてスポーツマンなんだけどなあ。やっぱりボクの試合、見に来てよ。絶対、ボクのこと見直しちゃうよ。カッコイイから」

ヒナの興奮を知ってか知らずか、エイジは相変わらず無邪気な様子だった。

「行かないってば」

どこか拗ねたように、そっぽを向いている。

「土曜日の2時からだから。絶対来てね。待ってるから」

「おい、人の話を聞けって…」

たまりかねたように振り向くと、エイジは満面の笑みを浮かべていた。
ヒナはその笑顔に見とれて、それ以上の言葉が出なくなる。
エイジはすっと立ち上がった。

「ヒナちゃんはさ、いつからボクのこと、名前で呼ばなくなったのかな?」

「え?」

「前みたいに、名前で呼んでくれると、嬉しいな」

ヒナは何か言いたそうに口を開きかけたが、何も言わなかった。

「じゃあね。もう練習始まってるんだ、実は。戻らないと」

エイジは笑いながら、学校へ向かって歩き出した。
ヒナは無言で、次第に遠くなる後ろ姿を眺めていたが、やがてエイジが振り向いて手を振ると、また拗ねたように顔を逸らすのだった。





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