金玉の痛みから回復したユウジが始めたことは、引越しのための荷作りではなかった。 この部屋を出ていく気など、さらさらない。というより、彼にはこの部屋を追い出されてしまえば、行くあてがまったくなかったのだった。
「くそ…あの女! くそっ!」
恨みごとをつぶやきながら、パソコンの画面を見つめている。 探しているのは、ヒトミをどうやって黙らせるかという方法だった。 住居や賃貸契約に関する法律でも調べれば、少しは議論の余地がありそうなものだったが、ユウジの頭の中には、ヒトミ個人への怒りが渦巻いていたのだ。 ヒトミを屈服させてやることが、この部屋に住み続ける唯一の方法だと信じて疑わなかった。
「ん…?」
ユウジが注目したのは、
『気が強そうな女は、本当は支配されたがっている。強引でも強気で行けばOK』
という記事だった。 ネット上に蔓延する、何の根拠も責任もない記事だったが、人生経験の浅い人間ほど、こういう見出しにとらわれやすい。 さらにユウジは、
『女の奥底にあるレイプ願望』
とか
『女性は一度関係を持った男に弱い』
などという記事に目を留めていった。
ヒトミが看破したように、彼は現実の女性に興味を持つことが少ない方だった。はっきり言ってしまえば、二次元専門だったのである。もちろん童貞だったが、本人は何とも思っていなかった。 それが、出会いの形は最悪だったにしろ、ヒトミという魅力的な女性と接触したことで、ユウジの中の原始的な男の欲望が目を覚ましつつあった。 それは屈折した形だっただけに、燃え上がり方も激しく、同時に陰湿で、ユウジは自分の発想がすでに犯罪の世界に足を踏み入れていていることも分からないようだった。
「そうか…。そうすればいいんだな…」
暗い目つきでつぶやいている自分の顔が、明らかに犯罪者予備軍のそれであることに、ユウジは気がつかなかった。
翌日の昼すぎ。 再びアパートを訪れたヒトミは、ユウジの部屋に引っ越しの気配がまったくないことを見ても、むしろ予想通りという顔をしていた。 昨日はああ言ったものの、さすがに一日で準備ができるはずがない。 ユウジの抵抗は予想外だったが、昨日の訪問は脅しをかけるつもりだったのである。 かといって、ここで手を緩めれば埒が明かないのも確かなので、今日もこっぴどく脅かしてやるつもりで来たのだった。
「奥田さん! いるんですか?」
玄関のチャイムを押しても反応がないので、ドアをノックしてみた。 それでも反応がないので、ドアノブをまわしてみると、鍵がかかっていない。 ヒトミは不審に思いながらも、勝手知ったる部屋なので、昨日と同じようにドアを開けて中へ入った。
「奥田さん?」
部屋の中はカーテンが閉められているようで、薄暗く、よく見えなかった。 ただ、ユウジの姿はないようで、部屋の中の荷物もまったく整理された様子はなかった。 ヒトミは不審に思いながらも、自分の警告にまったく従わなかったユウジに怒りを感じた。 棚の上には、相変わらず女の子のフィギュアが並んでおり、それらがすべてヒトミの方を見つめ、あざ笑っているかのような気味悪さを覚えた。
「まったく…! あの変態野郎!」
ユウジが部屋にいないと見て、思わず悪態をついた。 すると突然、背後からユウジの巨体が覆いかぶさるようにして抱きついてきた。
「きゃあっ!」
ヒトミは思わず悲鳴を上げた。 ユウジは鼻息を荒くして、ヒトミの両腕を包むように抱き締めようとする。
「し、静かにしろ!」
耳元で、ユウジが囁いた。 ユウジの息遣いがすぐ側に感じられて、背筋に悪寒が走ったが、その力は思いのほか強く、振りほどけなかった。
「何! 何をする気!」
ユウジは無言のまま、ヒトミをベッドに押し倒した。 うつ伏せになったところに肥満したユウジの巨体が覆いかぶさってきたので、一瞬、呼吸ができなくなるほどの圧迫を感じた。
「うっ!」
さらにユウジは、どこにそんな力が隠されていたのか、うつ伏せになったヒトミを軽々とひっくり返して、仰向けにしてみせた。 昨日と同様、スーツ姿にワイシャツを着ていたヒトミの乳房が、重たそうに揺れた。 二次元とは違う、柔らかそうな胸の膨らみを見て、ユウジの心にも火がついたようだった。
「お、お前が悪いんだからな! 俺のものにしてやる!」
準備していたようなセリフを、たどたどしく叫んだ。 ヒトミはしかし、意外なほど静かな表情で、興奮した様子のユウジを見上げていた。 ユウジはそれを見て、自分の計画通りヒトミが観念したものと思った。
『女はセックスをすれば、言うことを聞くようになる』
昨日見た記事が、頭の中に浮かんだ。
ヒトミのワイシャツに手をかけて、不器用な手つきでボタンを外していった。 胸の部分を数個外しただけで、ピンク色のブラジャーに包まれた、豊満な乳房が顔を出した。
「ふうっ…ふうっ!」
ユウジの息遣いはますます荒くなり、その股間は、ジャージを突き破らんばかりに膨張していた。 一瞬のためらいの後、思い切ってヒトミの乳房に両手を当てると、予想を遥かに超える柔らかさがあった。
「ふおおっ!」
柔らかいだけでなく、適度な弾力もあり、ユウジにとってはまったく未体験の感触だった。 もはや理性も何もなく、乱暴に揉み続けると、ヒトミがかすかに声を上げた。
「あ…ん…」
ヒトミは感じている。 ユウジはそう確信した。自分の計画に、まったく誤りがなかったということである。 こうなれば、このままヒトミを犯してしまっても、まったく間違いはない。 そう思ったユウジは、一気にヒトミのスカートをずり下ろして脱がそうとしたが、タイトスカートは引っかかって、なかなか脱がせられない。 女性の服の知識などまったくないユウジには、どうやって脱がすのかも分からなかったのだ。
「……」
そんなユウジに痺れを切らしたのか、ヒトミは自らスカートのホックを外し、ファスナーを下ろしてやった。 それを見て、ユウジはますます、ヒトミは自分に服従していると思った。 いつも冷やかに見ているネットの記事に、今日ほど感謝したことはない。 感動すら覚えながらスカートを下ろすと、パンティストッキングに包まれたヒトミの下半身が目の前に現れた。
扇情的な脚のラインは、ストッキングによってその形を強調され、しおらしく折り曲げられている。 さらにパンストのセンターに入った縫い目は、男にとっては股間の割れ目を連想させ、パンティに食い込んでいる様子が無性にいやらしい。 ユウジは、とてつもなく高価な宝石や美術品を目の当たりにしたように、ヒトミの下半身に見入ってしまった。
「私とやりたいの…?」
突然、時間が止まったかのように動かなくなったユウジに、ヒトミは声をかけた。 ユウジはハッと我に返り、大きくうなずいた。
「そ、そうだ! お前を…俺の…俺の…」
ヒトミを服従させるようなセリフを準備していたはずが、頭の中が真っ白になってしまった。 ヒトミは不思議なほど冷静な表情で、顔を真っ赤にして興奮しているユウジを見ていた。
「いいわ…。アナタも脱いで…」
ユウジはこの言葉に、雷に打たれたように体を震わせた。 無言のままうなずくと、すぐにジャージのズボンに手をかけて一気にずり下ろした。 トランクスの下では、すでにイチモツが限界まで膨張し切っている。
「すごい…。興奮してるのね」
ヒトミは体を起こして、大きくテントを張っている股間に顔を近づけると、そっと、天を突きさす肉棒に手をかけた。
「はあうっ!」
ユウジは思わず声を上げた。 トランクスの布ごしとはいえ、女性に性器を触られたことなど初めてで、今にも射精しそうだった。
「フフフ…」
ヒトミは小さく笑いながら、左手をゆっくりと動かし始めた。 例えようのない快感が、ユウジの下半身を溶かしていく。 ほんの何擦りかしただけで、ユウジの尻の筋肉は、射精を我慢するように緊張し始めた。
「ハア…ハア…」
全身を弓のように反らして、目を閉じ、今にも射精するかと思った時、ヒトミの右手が素早く動いた。
「ふぎゃあぁっ!」
突然、握りしめられた金玉の痛みに、ユウジは思わず叫んだ。 ヒトミの右手はユウジの金玉袋を掴み、爪を立てて、下に向けて引っ張るように握りしめたのである。 射精寸前で、尿道まで上がるかと思われていた精液は急速に戻ってしまった。さらにヒトミは、左手で勃起したイチモツをへし折らんばかりに捻っている。
「ぎゃあぁぁ!!」
快感の絶頂から突然突き落とされた地獄の苦しみに、ユウジは泣き叫ぶしかできなかった。
「うるさい!」
ヒトミの右手には、渾身の力が込められていた。 美しく手入れされた爪が、金玉袋を突き破らんばかりに食い込んでいる。
「この変態野郎っ!!」
ヒトミはあるいは、本気でユウジの金玉を潰すつもりで握りしめているようだった。 やがてユウジの呼吸が小さくなり、口から泡を吹いて痙攣しだすと、限界ぎりぎりまで変形した二つの睾丸を、ようやく解放してやった。
「ひっ…ひ…」
ユウジは無言のまま、ドサリとベッドに倒れ込んだ。両手で金玉をおさえ、昨日と同じような体勢でうずくまってしまう。 ヒトミは、ずり下ろされたスカートを無表情に履き直し、シャツのボタンをとめると、ベッドから立ち上がって洗面所に向かった。 やがて水が流れる音がして、ヒトミが手を洗っている様子が分かった。 その間も、ユウジはただ、とめどなく押し寄せる痛みに体を震わせることしかできないでいる。
「ふう…」
洗面所から出てきたヒトミは、小さくため息をついて、部屋の中を見回した。
「カメラ。しかけてるはずよね? どこにあるの?」
尋ねたが、ユウジは答えるどころではない。 ヒトミもあまり期待していない様子で、部屋の中を勝手に探し回った。 やがて、フィギュアが並んでいる棚の奥に、ビデオカメラのレンズらしいものを見つけた。
「あった」
ガラクタを押しのけるようにしてフィギュアをなぎ倒し、小型のビデオカメラを取り出した。
「私をレイプして、言うことを聞かせる。ビデオを撮って、ばら撒くと脅す。気持ち悪いオタクの考えそうなことだわ」
ヒトミはつぶやきながら、ビデオカメラの映像を確認していた。
「せっかくだから、これは私が使わせもらうわね。これを警察に持ち込めばどうなるか。そういうことまで考えたの? バカね」
ヒトミがビデオカメラを置くと、ユウジもようやく少し回復したようで、汗でびっしょりになった顔を上げた。
「まあでも。このマンションから犯罪者が出たりしたら、こっちも迷惑するのよね。これは最終手段として、やっぱりアナタには自発的に出ていってもらうのがベストかしら」
恐怖と混乱に満ちたユウジの顔を見つめながら、つぶやいた。 その冷静すぎる態度が、さらにユウジの恐怖を煽った。
「あの…す、すいませんでした…。つい、出来心で…」
股間をおさえてうずくまりながら、謝罪した。 こうなってしまえば、圧倒的に不利なのは自分の方だと悟ったのだ。 ユウジが自ら立てたこの計画自体、彼自身を陥れる以外の何者でもなかったのだが、昨日、ヒトミに痛めつけられて以来、怒りでそれに気がつかなかったのだ。 今、金玉の激しい痛みが彼を冷静にさせ、自分の置かれた状況を分からせたのである。
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