比較的裕福な家庭の子供が集まる、私立の女子校。 その中等部の体育館で、現役の警察官数人による、護身術の講習が行われていた。
「それでは、今年の護身術教室を始めます。私は講師を担当する、香山ヨウコ巡査部長です。よろしく」
ヨウコがあいさつをすると、ジャージ姿の女子中学生たちが、一斉に座ったまま頭を下げた。
「それからこちらは、今日の教室に協力してくれる、現役の警察官のお兄さん達です」
ヨウコに促され、横にいた制服姿の男性警察官三人は、一斉に敬礼した。
「よろしくお願いします!」
みなヨウコの後輩の警察官たちで、若く、たくましかった。 女の子たちは彼らの力強い姿を見て、ほれぼれする思いだった。
「じゃあ、さっそく始めましょうか。2,3年生は、去年もこの教室を受けているから、大体分かるかな。ちょっと復習しましょう」
ヨウコは後輩の一人、山本を自分の側へ招き寄せた。 山本は警察官になってまだ一年目で、この教室に参加したのも初めてだった。 ヨウコが何も話してくれなかったので、ほとんど何も知らないまま、ここに立ってしまっている。 山本だけではなく、同じくヨウコの後輩の橋田と川上も、同じように何も知らされてはいなかった。 三人にとって、ヨウコは美人だが、近寄りがたい存在であり、気軽に話しかけられる対象ではなかったのだ。
「これから皆さんに護身術を教えますが、難しくはありません。覚えることは一つだけです。みなさんが誰かに襲われて、逃げられなくなったときには、身を守るために相手を倒さなくてはなりません。さて、どうすればいいですか?」
ヨウコはそこまで言うと、見覚えのある2年生の生徒を指差した。
「はい、アナタ。どうすればいいと思いますか?」
指された女子は驚いたが、スッと立ち上がった。
「はい。…あの…急所を攻撃します」
ためらいがちに、答えた。
「その通りです。でも急所はいくつかありますが、どこですか?」
ヨウコは冷静な表情で、質問を重ねる。
「はい。…あの、男の人の急所です」
「男の急所とは?」
「はい。…あの、アソコです」
思春期の女の子らしく、頬を染めながら答える。 その周り、特に一年生の女子達の間にも、ソワソワした気分が広がっていた。
「アソコとは、どこですか? はっきり言って下さい」
ヨウコの口調は、相変わらず淡々としたものだった。 その様子に、山本たちは異様なものを感じた。 普段から冷静沈着で、いわゆるクールビューティーを体現したような先輩のヨウコだったが、なぜこんなことを無理矢理中学生に言わせるのか、彼らには分からなかった。
「はい。…あの…その…キ、キンタマ…だと思います」
女の子は耳まで真っ赤にして、やっとのことでその単語を口にしたようだった。 周りに座っていた女子達は、小さく声を上げたり、口を手でおさえたりして、騒ぎ出した。
「静かに!」
そんな女子達のざわめきを、ヨウコの一喝が鎮めた。
「毎年言っていますが、みなさんのそういった恥じらいをなくすことが、護身術の第一歩です。恥ずかしがっていては、いざというときに身を守れません。下品なことをいう必要はありませんが、しっかりと覚えておいてください」
ヨウコが毅然とした表情で言うと、女子達はいっせいにうなずいた。 男性警官たちにも、ようやくヨウコの意図していることが伝わった。
「はい、それでは続けますね。男性に襲われた時に狙うのは、股の間にあるキンタマです。キンタマを攻撃すれば、男性は一気に行動不能になります。男の急所はキンタマ。はい、声に出してみて」
「男の急所はキンタマ!」
ヨウコが促すと、数十人の女子達が一斉に言った。
「もう一度。男の急所はキンタマ!」
「男の急所はキンタマ!」
「はい。よくできました」
ヨウコは女子達を褒めたが、居合わせている男性警官たちにとっては、複雑な気分だった。 警官であること以前に、彼らも男であるから、男の肉体の欠陥とも言える弱点を、こうやって大勢に指摘されるのは、どうも具合が悪い。
「では、具体的なキンタマの攻撃方法に入っていきましょう。それじゃあ、そこのアナタ。3年生ね? 去年、どんな方法を教わりましたか?」
ヨウコは再び、去年の講習を受けた上級生を指差してあてた。
「はい。えーっと、足で蹴ったりするのがいいと思います」
「そうですね。他には?」
「えーっと…。他には、膝で蹴ったり、手で叩いたり…あ、握り潰したりするのもよかったかな」
女の子は思い出しながら答えていった。 彼女にとっては何でもないことだったが、男性陣にとっては、あまり聞きたくない内容だった。
「そうですね。それでいいと思います。じゃあ、実際にやってみましょうか。アナタ、ちょっと前に出てくれる? 名前は?」
「はい。浅井ミホです」
ミホは返事をして、ヨウコのもとに出てきた。
「じゃあ、ミホちゃん。よろしくね」
「はい。よろしくお願いします!」
ミホは目を輝かせて、頭を下げた。 女の子たちの目から見ても、女性警察官のヨウコは、憧れの存在であるらしかった。
「ミホちゃんは、キンタマ攻撃の方法を習ってから、それを使ったことはある?」
「あ、はい。…その、一回だけ、お兄ちゃんに…」
ミホは恥ずかしそうに答えた。
「そう。お兄ちゃんと、ケンカしたの?」
「あ、はい。ウチのお兄ちゃん、ちょっと乱暴で…。だから…」
「そうなの。乱暴なのはよくないわね。でも、お兄ちゃんに使うのは、気をつけた方がいいわ。潰してしまわないようにね」
「はい。大丈夫です!」
ミホは笑って返事をし、女の子たちの間にも和やかな空気が広がっていたが、男性陣は苦笑いをするしかなかった。
「じゃあ、このお兄さんのキンタマを、蹴ってみてちょうだい」
え?と、ミホと山本が同時に反応したが、その意味合いはずいぶん違っていた。 これまでの話の流れで、嫌な予感はしていたのだが、山本はヨウコからそんな話はまったく聞いていなかったのだ。
「え、いいんですか?」
「もちろん。アナタのお兄ちゃんにやったようにしてくれればいいのよ。遠慮はいらないわ」
「あ、はい。わかりました!」
ヨウコに言われて、ミホは元気良くうなずいて、山本の方を向いた。
「あ、あの…。先輩…」
山本は慌てて、ヨウコの顔を見る。
「あ、山本君は何もしなくていいから。とりあえず、足を開いて立ってて。みんなによく見えるようにね」
ヨウコが平然と言ったから、山本は従うしかなかった。 不安はあったが、まがりなりにも警察官として鍛えた体である。中学生の金的蹴りくらいで、そこまでのダメージを受けるとは、山本自身も想像していなかった。
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