祭りも無事に終わったある日、ルナは学校の帰り道で声をかけられた。
「おい、ルナ。お前、神前相撲でセイヤ君に勝ったんだって?」
声をかけてきたヨウタロウは、ルナと同じクラスの男子生徒だったが、普段は特に話したことなどなかった。 ただ、セイヤと同じ柔道クラブに通っているということだけは、ルナも知っている。
「うん。勝ったよ」
「ホントかよ。どうやって勝ったんだ?」
「どうやってっていうか…。ダメだよ。神前相撲のことは、あんまり話しちゃいけないって言われてるから」
毎年の公平な勝負を行うために、神前相撲の情報は、できる限り外部には漏らさないようにと言われている。 それは、東地区に所属するヨウタロウも、もちろん知っていた。
「ふうん。まあ、どうせ何かのインチキして、勝ったんだろ。お前なんかが、セイヤ君に勝てるわけねえよ。俺だって、一度も勝ったことないんだぜ」
ヨウタロウは小学三年生にしては大きな体格をしており、ルナが神前相撲で対戦したセイヤとさほど変わらなそうだった。 ルナは女子でも小柄な方で、ヨウタロウから見れば、こんな女の子がセイヤに勝ったなどと、とても信じられなかった。
「インチキじゃないよ。ちゃんと相撲して、勝ったんだもん。必殺技だってあるし。ユズキちゃんに教えてもらったんだから」
普段はごく大人しいルナも、さすがにむっとしていた。 しかしヨウタロウは、小馬鹿にしたような笑いを浮かべ続けている。
「へー。必殺技って? どんなんだよ?」
「えっと…。こう掴んで、グッと爪を立てて、ガリガリってひっかくの。すごく痛いんだって」
ルナが右手で実演してみせても、ヨウタロウには通じなかった。 なんだ、ただ爪でひっかくだけのことか、という思いがある。
「へっ。そんなことかよ。そんなんで必殺技とか言うなよな。そんなもん、俺には通用しないぜ」
「ウソ。すっごい痛いはずだよ。セイヤ君には使わなかったけど」
「へー。じゃあ、試しにやってみろよ。俺はぜんぜん痛くないと思うけどな」
「ホントに? じゃあ、やってみるよ?」
「ああ、いいぜ」
ヨウタロウがそう言うと、ルナはすぐさま、彼のジャージの中に手を突っ込んだ。
「え?」
よほど練習を繰り返したのだろう。 ヨウタロウが反応する間もなく、ルナの手は、ブリーフ越しにヨウタロウの睾丸を掴んでしまった。
「じゃあ、いくね?」
グッと、ルナの手に力が込められた。
「うっ! うあぁぁっ!!」
突然、訪れた男の最大の痛みに、ヨウタロウは叫び声を上げた。 ルナの握力は、その小さい体からは想像もできないほど強力で、苦しさのあまり腕を掴んでみても、ビクともしない。 ヨウタロウは知らなかったが、ルナは3歳のころからピアノを習っており、その指先のしなやかさと力強さは、同年代の女の子の平均をはるかに上回るものだったのだ。
「ぐえぇっ!! や、やめろ…」
「えっと、じゃあ、今から必殺技するからね。痛いと思うんだけどなあ。えい!」
ヨウタロウの苦しみの声は届かず、ルナはジャージの中で、少しだけ睾丸を握る手をかえた。 そしてブリーフの布地に向かって親指の爪を立てると、そこにある卵状の物体に思い切り押し込むのであった。
「ぎゃあぁぁっ!! あ…あ…!! 」
ヨウタロウの痛みは、想像以上だった。 最初こそ叫び声をあげたものの、その後は呼吸もままならなくなったようで、目をカッと見開きながら、口をパクパクとさせている。
「あ、うまくできた。あと、裏側の方をガリガリって…」
練習したことを確かめるように、ルナは指を動かす。 親指を突き立てたまま、人差し指と中指の爪で、金玉袋の裏側をひっかくようにしてえぐった。
「あっ!! はっ!! はぁっ!!」
ルナの指が動くたび、ヨウタロウの体がビクビクと震えた。 大きな体を前かがみにして、ついにその膝がガクガクと震えだした時、ようやくルナは相手の苦しみに気がついたようだった。
「あ、ごめん!」
パッと手を離すと、ヨウタロウはがっくりと膝をつき、そのまま両手で股間をおさえて、うずくまってしまった。
「ご、ごめんなさい。やっぱり、痛かったでしょ? 大丈夫?」
ヨウタロウの顔を覗き込むと、本人も気づかぬうちに、涙と鼻水で濡れてしまっているようだった。
「神前相撲以外では使っちゃダメって言われてたんだけど…ヨウタロウ君が平気だっていうから…。ホントにごめんなさい。学校の保健室に行く?」
ヨウタロウは、いまだにジンジンと痛む股間をおさえながら、かろうじて首を横に振った。 立ち上がることさえ無理なのに、今はまだ、この場から一歩も動くことはできない。
「そう…。じゃあ、わたし、もう帰るね。あ、今の必殺技のことは、秘密にしといてね。来年の神前相撲で使いたいから。じゃあね」
ルナは長い黒髪を揺らして振り返ると、何事もなかったかのように帰って行った。 ヨウタロウは痛みをこらえながら、来年も自分は絶対に神前相撲には出ないと、心に誓った。
終わり。
|