木村ハルカは、教育実習生として一か月間、母校の中学に行くことになった。 専門は数学で、教師になることを夢見ていたハルカは、希望に胸を膨らませながら学校を訪れ、すでに2週間、過不足なく実習を続けることができていた。
一つ問題があるとすれば、ハルカは3年のクラスを担当していたのだが、男子生徒の中に何人かの問題児がいて、ときに授業をサボったり、学校に来なかったりしていたことだった。彼らは不良というほど荒っぽくはなかったが、金髪にしたり、制服を着崩したりして、明らかに他の生徒とは毛色が違っていた。
しかしその問題はもちろん、実習生のハルカがどうにかしなければいけないものではない。心残りはあったが、ハルカは当面、自分の課題に集中することにしていた。
「さようなら。気を付けてね」
放課後、日も傾きかけたころにハルカのクラスのホームルームが終わった。しかしハルカの仕事は、むしろこれからであった。
自分が今日行った授業の反省、見学した授業のレポート、明日の授業の準備、担任の先生から任されている、生徒との交流日誌のチェック。 それらを毎日こなしながら、実習全体のレポートの準備も進めていかなくてはいけない。まさに休む暇もなく、ハルカはいつも夜遅くまで学校に残り、作業をしていた。
「あ、もうこんな時間か。そろそろ帰らないとな」
この日もいつの間にか、時計は9時を回っていた。 ハルカは実家から自転車で通っているので、つい時間を忘れて作業に没頭してしまう。 すでに職員室に人影はなく、学校にも恐らく誰も残っていないだろう。 しかし、それもいつものことだったので、ハルカは心地よい疲れを感じながら、ゆっくりと帰る準備を始めたのだった。
「よし、と」
預かっている鍵で職員室のドアを閉めると、ハルカは玄関に向かって歩き出した。 やはり学校には誰も残っていないようで、窓から入る月明かりと非常口を示す緑色のライトだけが、足元を照らしていた。
「え!」
廊下を歩いていると、不意に誰もいないはずの教室から手が伸びて、ハルカの腕を掴んだ。 ハルカは突然のことにパニックになってしまうが、謎の手は容赦なく、ハルカを教室に引きずり込もうとする。一体、誰がこんなことをするのか、教室の中は暗くて、ハルカの目にはよく見えない。
「ちょっと、やめて!」
必死に抵抗するが、ハルカは徐々に教室に引き込まれそうになっていった。 すると今度は背後から、覆いかぶさるように抱きつく者が現れた。
「きゃあ!」
ハルカは更なる恐怖に、ますますパニックになってしまった。 後ろから抱きついた者はハルカを羽交い絞めにしようとし、なおかつハルカのシャツの下にある豊満な胸を、揉みし抱くような動きを見せた。
しかしこれが逆に、ハルカの意識を現実に引き戻すこととなった。 ハルカは小柄で、比較的大きな胸以外は華奢な体つきをしていたが、実は大学では空手部に所属し、その流派で段もとっているほどの実力者だった。 おとなしめでコケティッシュな顔立ちをしていたハルカは、中学・高校の時代からよく痴漢に会い、なおかつそれを得意の空手で、ことごとく撃退してきたのである。
今、突然得体のしれないものに襲われた恐怖でパニックになってしまっていたが、胸を触ってくる痴漢となれば、反撃するのに躊躇などない。
「この!」
ハルカはまず、掴まれている右腕はそのままに、後ろで羽交い絞めにしている男の金的を、踵で蹴りあげた。 背後のことなので、慣れているハルカといえども蹴りは浅い。しかし、男の羽交い絞めを解くには十分な打撃だった。
「アンタも、痴漢の仲間でしょ!」
ハルカは気合とともに掴まれた右腕を引きつけると、教室の中から、人影が引きずり出された。 ハルカは容赦なく、その男の金的に得意の前蹴りを入れる。
バシン!
乾いた音がして、男の金玉はハルカの足に押しつぶされた。 ぐえっと、うめき声をあげて、男はハルカの右手を放し、前のめりに倒れる。
「アンタもよ!」
間髪いれず、ハルカは振り向いて、先ほどまで自分を羽交い絞めにしていた男の肩を掴み、股間をおさえる男の両手の上から、強烈なひざ蹴りを叩き込んだ。 こちらも短いうめき声をあげて、倒れこんでしまった。
「ふう」
痴漢二人を無力化したとみると、ハルカは一息ついて、一歩下がった。 金玉を蹴られ、男の痛みに脂汗を流して苦しんでいる連中を改めて見下ろすと、なんとその連中は、この中学の制服を着た、男子生徒たちだった。
「え? アナタたち、何なの?」
ハルカは驚いて、廊下を這いつくばる生徒たちの顔を覗きこむと、それはハルカのクラスにいる問題児グループの二人だった。
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