俺は見ている。 電車の中から、ずっと見ていた。 柔らかそうで、それでいて張りがあって、いかにもしなやかに動きそうなその脚。 かさつきなんか無縁の、すべすべした膝小僧のすぐ下まで伸びた黒いハイソックス。真っ白な肌とのコントラストが素晴らしいじゃないか。 小さく締まったお尻を揺らしながら歩いているが、そのスカートの下には、その肌よりも白い純白のパンティーがあるんだろ。 そうであってくれよ。 白じゃなければ、むしろ真っ黒がいい。レースでスケスケになった大人もののパンティーも、ギャップがあっていいもんさ。
わたしは見られてる。 電車の中からずっと気づいてた。気持ちの悪い、ヌメッとした視線の感覚。 その感覚がまだ続いているから、電話をかけることにした。 この先はちょっと薄暗い、空き家の多い住宅街で、夜はめったに人が通らなくなる。 わたしの家はここを抜けて、まだ先だから。
「もしもし? うん、そう。今、ヒマ? あ、そうなんだ」
ヤバイ。こんな時に限って、友達は忙しい。 バイトに遅れそうだってなんだって、そんなのどうでもよくない? わたしには今、身の危険が迫ってるかもしれないっていうのに。
電話をかけだしたな。 防犯の知識があるヤツだ。 まあ、そんなキレイな脚をして、そんな短いスカートをはいてりゃ、当然さ。 初めてじゃないってわけか。 そういう俺も、お前の後をつけるのは初めてじゃないんだけどな。 知ってるよ。お前の家はまだ先だろ。 まだあと、10分はかかる。 そしてこの辺りは、ほとんど誰も住んでいないのさ。
「えーっと、マジか。そっか。うん、いいよ。はいはい。じゃあね」
そんなに急いでるって言われたら、電話切るしかないじゃない。 ちょっと待ってよ。
「あ、そうだ。そういえばさ、あの、あれ。あの子、最近どうしてるの? ほら、あの子。名前なんだっけ? 中学で一緒だったさあ」
今、ちょっと間があったの、気づかれた? ちょっとパニクってんだけど。 電話通じてないの、バレてる? バレてない?
まだ話してるな。 女ってのは、無駄話が多いよな。 友達か何かか。 どうも様子がおかしいが、本当に電話してるのか? まあどっちでもいいけどな。 そろそろ時間いっぱいだ。 このあたりでいかせてもらうとするか。
わたしは驚いた。ダダダって、急に足音が大きくなったから。 思わず声が止まっちゃう。 話してるふりしないといけないのに。 とか思ってたら、後ろから腕を掴まれた。 ひどい力。 指が、二の腕に食い込んでるって。
「電話切れ」
俺は声を低くして、そう言った。 右手にナイフ持ってるのが、見えてるか? ポケットに入るサイズの小さいヤツだが、これで十分だろ。 しかし、なんつう柔らかい腕だよ、こりゃ。 女の体ってのは、男とは全然違うな。 そしてこの髪の毛の匂いも、ぶっ飛びそうになるくらいいい匂いだ。
「はい」
わたしは言われたとおり、電話を耳から外して、腕をおろした。 もともとつながってなかったし。 すぐ目の前に、ナイフが見えるし。 マジでヤバイ。
「こっち来い」
俺は女を引っ張って、空き家のブロック塀に押し付けた。 女の後ろ姿ってのは、いいよなあ。 後ろ姿だけなら、女の半分は美人だ。 小さい肩、キュッと締まったウエスト、膨らんだ尻。 そして、脚。 たまらねえなあ。
「壁に手ついてろ」
わたしは男の言うとおり、壁に両手をついた。 すぐ耳元で、呼吸が荒くなってるのが聞こえる。 なんか、肩を触りだしたんだけど。 超キモイ。 マジヤバイ。 肩を撫でまわして、今度はお尻? ホント、勘弁して。 脚とか。 膝の裏とか、普通にくすぐったいから。 ていうか、しゃがんでるの? これ、鼻息? まさかとは思うけど、舐めたりしないでよ、絶対。マジで。
「ふうぅ」
俺は思わずため息をついてしまう。 感動のため息か、これは。 自分でもよく分からないが、すごい満足感だ。
「こっち向け。ゆっくり」
わたしは言われたとおり、ゆっくりと振り向いた。 こんな変態男の顔なんて見たくないけど、しょうがない。 我慢。まだ我慢。
「ふう」
俺はまた思わず、ため息をついてしまった。 マスクの下で、呼吸が荒くなる。 近くで見てみれば、この胸のでかさはなんだ。 こんな高校生が、現実に存在するなんて。
わたしの気分は最悪。 なんなのコイツ。 デカいマスクして、メガネかけて帽子かぶって。 ほとんど顔が分からないのは、かえっていいかもしれないけど。 生温かい鼻息かけてくんなっての。 すっごいわたしの胸見てるけど。 脚フェチじゃねえのかよ、お前は。どっちなんだよ。 まあでも、そっちの方がわたしにとっては都合がいいんだけど。 チラッとコイツの下半身を見てみると、スウェットパンツの前のところが、やっぱり盛り上がってる。 最悪。 それを押しつけてくんなよ、マジで。 今からぶっ潰してやるからな。
「あ、の」
俺は胸ばかり見てた。どれだけ柔らかいんだろうとか想像してた。 女が少し声を上げたから、そこでやっと口を塞いどくのを忘れたって気がついた。 左手を女の口に当てようと思った瞬間、イヤな感触がした。
ボグッ!!
わたしはホントにギリギリのところで、コイツの金玉に膝蹴りを入れることができた。 なにコイツ、わたしの顔に触ろうとした? マジありえない。 危なかった。
「はっ!?」
俺は股間に太い衝撃を感じて、声を上げてしまった。 思わず左手で、股ぐらを押さえる。 金玉を蹴られた。 何て女だ。金玉を蹴るなんて。 コイツ、絶対に犯してやる。
「ん! あ、あぁ!」
俺の金玉から、というか、腰か下っ腹のあたりから、ものすごい痛みが沸き上がってきた。 内臓をえぐられるような、鈍痛だった。 俺はたまらず両手で股ぐらをおさえて、その場にしゃがみこんだ。
「くぅ、うぅ!」
わたしは男を見下ろして、満足していた。 もちろん、絶体絶命のピンチを切り抜けた安心感もあったけど、こうなることはわかってたから。 なに、コイツ。地べたに這いつくばって、ジタバタしちゃって。 そんなに痛いんだね。痛いよねえ。 わかってて蹴ったんだけど。 アンタがわたしの前でバカみたいに脚開いてつっ立ってたときから、もうこの状況は決まってたんだよね。 ナイフも落としてるね。そうだよね。離さないと、大事な金玉がおさえられないもんね。 でもこれは危ないから、あっちに蹴飛ばしとくよ。 もうアンタは立ち上がれないだろうけど、一応ね。
俺は耳の片隅で、チャリン、という金属音を聞いた。 俺のナイフか? もうどうでもいい。 この痛み。 なんていう痛みだ。 金玉にボールをぶつけたことくらいはあったが、そんなものとは比べ物にならない。 体が震えてるのか? 痙攣? 思わず足をバタバタさせちまう。 痛みのこと以外、考えられない。 いつになったら治まるんだ、この痛みは。
わたしは考えていた。 コイツの金玉を蹴る前は、蹴ったらすぐに逃げようと思ってた。 少し動きを止めるくらいで十分、走って逃げることができると思ってたから。 でもコイツ、痛がりすぎじゃない? 追いかけるどころか、立つこともできないみたいじゃん。 いつになったら終わるの、この足バタバタ。 なんか、小刻みに震えてるんだけど。 すごいクリーンヒットしたみたいだね、金玉に。 かわいそ。 もう逃げるまでもないか。 あ、腰をさすりだしたね。 金玉蹴ると、男はだいたい同じことするよね。 腰をさすったり、トントン叩いたり。 それで痛くなくなるの? この動き、マジウケるんだけど。
俺は何も考えられなかった。 もうずいぶん長い間、この痛みは変わらないような気がする。 時間の感覚が、わからなくなってきた。 地面にうずくまっていることしかできない。 下半身に力が入らない。腹がムカムカして、吐き気がしてきた。 俺の金玉は無事なんだろうか。 手にあたる感触では、二つともありそうだが。なんか変形してないか? もともとこんな形だったか?
「そんなに痛いの?」
わたしは思わず、そうつぶやいてしまった。 そんなこと言うヒマがあれば、逃げればいいのにって、自分でも思う。 でも、逃げるって。こんなヤツから? わたしに金玉蹴られて、ジタバタして立ち上がることもできないヤツから? なんか、そっちの方がバカバカしくない? もうコイツは、わたしに何もできないよ。 何かするんだったら、それはわたしの方からだ。
「そんなに強く蹴ってないんだけど。男って大変だね」
俺は何も言い返すことができなかった。 いっそのこと殺してくれってくらいの痛みで、女のことはちょっと忘れていた。 考えてみれば、俺にこの痛みを与えているのはこの女だった。 お前にも、この苦しみを味わわせてやりたい。 この女に、金玉の痛みを。 ああ、クソ。
「アンタ、電車に乗ってたよね。わたしのこと、ずっと見てたでしょ。この変態。警察よぶね」
俺は思った。警察はヤバイ。何とか逃げなくては。 まだ顔はバレてない。 痛くても立ち上がって、この場から逃げなくては。 もうこんな女、どうでもいい。 ヤバイ。ヤバイ。
「うぅ、う」
わたしは満足してた。 思った通り。コイツ、逃げようとしてる。 ほらほら、何とか立とうとしてる。 お腹を両手でおさえたまま、前かがみになって。 ヨロヨロしてる。 生まれたての小鹿みたい。 逃がすわけないだろ、お前みたいなヤツを。 まだ足りないんだって。一発で終わりだと思ったら、大間違いだよ。
バシン!!
わたしは男の後ろから、今度は足の甲で思いっきり金玉を蹴り上げた。 なんか、もっこりした膨らみに当たったよ。これが金玉なの? この小さいのを蹴られたら、動けなくなるくらい痛くなるの? 後ろから蹴る方が痛いっていうよね。 わたしの体に触っといて、これくらいですますわけないだろ。
「あっ!! あぁ。あぁ」
俺は何が何だか分からなかった。 立ち上がろうとしたら、後ろからまた金玉を蹴られた。 全身が寒くなるような痛み。 痛みというより、苦しみ。 もうなにもできない。なにも考えられない。 また地面にうずくまって、小さく声を上げることしかできない。
「あーあ。地獄の苦しみってヤツ?」
わたしはもう、完全に笑っていた。 さっきまで男のことを怖いとか危ないとか思ってたけど、もうそんなことはない。完全にお遊び。 金玉つづけて二回も蹴られたら、そりゃ痛いだろうね。 男の急所だもんね。 痛そう。 でもさあ。急所なら、もっとちゃんとしとかないと。大事にしまっとかないといけないんじゃない? ブラブラさせてるのが悪いと思うんだけど。
「ねえ、もう立てないの? 警察きたら捕まっちゃうよ?」
俺は女の言葉を聞いても、どうすることもできなかった。 もし警察に捕まれば、この痛みから解放されるっていうなら、喜んで捕まる。むしろ捕まえてくれ。 とにかくこの痛みを止めてくれるなら、何でもする。 お願いだ、止めてくれ。
「ふーん。もう動けないんだね。ねえ、どう痛いの? どんな風に痛いのか、説明してくれない?」
わたしは全部わかってて、聞いてる。 男がもう動けなくて、しゃべるどころじゃないってことも。 でも金玉がどう痛いかっていうのは、マジで興味があるなあ。 だって、わたしには金玉ついてないからさ。ホント、わからないんだよね。 女の体に、金玉みたいに感じるところってある? ないよね。 だから説明してほしい。どんな風に痛いのか。なんでそんなに痛いのか。 でも金玉蹴られた男ってみんなそうだけど、それどころじゃないみたい。 まだ一回も、わかりやすく説明してもらったことがない。 コイツも、なんかアウアウ言ってるだけで、何も言ってくれない。 金玉蹴られると、男はバカになるみたいだ。
「すっごい痛いみたいだねえ。ふーん。ねえ、もう一回蹴っていい?」
俺はその言葉を聞いて、顔から血の気が引くのを感じた。 ゆっくりと、本当にゆっくりとやわらいできているよう気がするこの痛みを、また与えられるかもしれないって? そんなことは本当に勘弁だ。何がどうなっても、避けたいことだ。
「や、やめて」
「ん? なんだって?」
私は聞き返した。 コイツ今、やめてって言った? そりゃあそうだろうけどね。そんだけ痛けりゃ、もう蹴られたくないだろうね。
「や、やめてください。お願いします」
わたしは満足した。 この変態男を、支配したっていう気がした。 何て快感なんだろう。 コイツにナイフを突きつけられてるときは、コイツは調子に乗ってた。わたしの方が支配されてたんだと思う。 でもわたしが金玉を蹴っただけで、それが逆転したんだ。 ナイフ持ってても負けるってさあ。 わたしの方がだんぜん強かったってことだよね。 まあコイツが金玉なんかぶら下げてるせいなんだけど。 情けないなあ、男って。 男の金玉は、こういうときに女に蹴飛ばされるためにあるんじゃないかって思う。 ホント、よくできてるよね。
「やめてって? じゃあさ、金玉蹴られるのと、ナイフで刺されるのと、どっちがいいの?」
俺は迷った。 ナイフを持ってはいたが、刺されたことなんかない。 どれだけ痛いかなんて、わからない。 だが、少なくともこの金玉の痛みより痛いってことはないんじゃないだろうか。 これより強い痛みなんて、この世に存在するとは思えない。 だがナイフで刺されば血が出るだろうし。 俺は迷った。
「え? 迷っちゃうの? そんなに金玉イヤなの? へー。そうなんだ」
わたしは初めて納得した。 ナイフで刺されるのなんて、絶対イヤだと思うけど、それと金玉蹴られるのって、迷うくらいなんだ。 そんなに痛いんだ。 ウケる。そうとは知らずに、二回も蹴っちゃった。
「や、やめてください。お願いします」
俺は繰り返し、そう言うことしかできなかった。 俺は何しに来たんだろう。 みじめだとは思ったが、これ以上の痛みを与えられないためには、こうするしかなかった。 この女には今俺がどれだけ苦しい思いをしているかなんて、わからないんだろう。 この地獄の苦しみに比べたら、俺がお前にしたことなんか。 女は怖い。女は恐ろしい。 平気で、あんなに強く金玉を蹴ってくるなんて。 しかも、もう一回蹴ろうかだって? なんて恐ろしいヤツだ。 金玉の痛みでショック死することもあるらしいが、今の俺からしたら、そっちの方がマシなんじゃないかって思えてくる。 とにかく俺には、この女に許しを請うことしかできないんだ。
わたしは不思議なくらい、落ち着いていた。 なんていうか、難しいと思ってた問題が、実は簡単に解く方法があったんだって感じ。 男は金玉蹴られたら、這いつくばって謝ることしかできないってわかっちゃった。 なんて情けないんだろう。 もしわたしに金玉がついてて蹴られたりしたら、同じように這いつくばって謝るんだろうか。 そんなことない。わたしはそんな惨めなことはしない自信がある。 でも、そんな想像も無駄かな。 女には金玉なんてついていないんだし。 その痛み、わたしたちには一生わからないんだし。 もうコイツに用はない。こんなみじめで情けない男に。 触られてムカついたけど、これで許してやるよ。 潰さないでおいてあげるから、いつまでも大事にぶら下げておきな。情けないその金玉をさ。
「あ、もしもし。警察ですか? 今ちょっと、変な人に会っちゃって。はい。そうなんです」
俺はほっとした。 女は警察に電話をかけて、歩き出したようだった。 ようやく俺から離れていってくれる。 この恐ろしい女に比べたら、警察なんてどれだけ優しいだろう。 警察は俺の金玉を潰そうとしたりはしないはずだ。 まだ痛みは治まる気配はないが、俺は心からほっとしていた。
「どうなんでしょうね、コレ」
「何が?」
見る者を取り囲むような、湾曲した大型ディスプレイの前に座った男が、その後ろにいる白衣の女に話しかけていた。
「使用者の願望を拡大して、それで一つのストーリーを作り上げる、次世代のヴァーチャルアダルトビデオっていうのはわかるんですけど。コレ、すごいですよね」
「そうね。こんなことで興奮する人がいるのよね。興味深いサンプルだわ」
「しかもこの被験者の男性は、この相手の女子校生の意識にまで没入してますからね。言ってみれば、SMのSとM、一人二役でやってるってことですよ」
「うーん。これはいわゆる、わがままなマゾヒストってことでしょうね。痛めつけ方に注文をつけるのよね。自分の思うようにしてほしいのよ」
「ああ、そういうもんなんですね」
男は理解できないというように、ため息をついた。
「まあでも、これは面白いサンプルだわ。ハードなSMは体を壊す恐れがあるけど、ヴァーチャルな世界ではそういう心配はないし。ある意味で、ヴァーチャルセックスにふさわしい趣味といえるのかもね。」
「被験者に実際の痛みはあるんですか?」
「痛いという認識だけ、脳内で感じているはずよ。この被験者の場合は、記憶の中から情報を探して、再現しているみたいね。現実でも急所を蹴られたことがあるんでしょうね」
「はあ。蹴られたことがねえ」
また理解できないというように、ため息をついた。
「その痛みをうまく再現するためのプログラムだけど、その匙加減が難しいわね。セックスの快感を再現する方が、まだ簡単だわ」
「そうですね。快感が多すぎて文句を言う人は、あまりいないでしょうからね」
「あともう一つ、この被験者のプログラムがあったわね。概要だけ見させてもらったけど。そっちもなかなか面白いみたいね」
「ああ、はい。話の大筋は同じようなもので。別バージョンというか」
「そっちも見てみようかしら」
「あ、はい」
男性はどこか気が進まないようだったが、キーボードを叩いて、もう一つのプログラムを開いた。
続く。
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