2ntブログ
男の絶対的な急所、金玉。それを責める女性たちのお話。


「いい天気だな、今日は」

「ああ。絶好のナンパ日和だぜ」

とある郊外の海水浴場。
都会から遊びに来ていたリョウとコウヘイは、堤防の上に立ち、白い砂浜を見下ろしていた。

「今年の目標は?」

「まあ、5人くらいッスかねー」

二人は同じ大学の先輩後輩で、毎年夏が来るとあちこちの海水浴場に繰り出して、ナンパをしまくるのが恒例だった。
良く焼けた黒い肌と金ピカのアクセサリー、ボサっとした茶髪がいかにも都会の若者という雰囲気で、この田舎の海水浴場には不釣り合いだった。
彼らはもう都会近辺の海水浴場には行きつくしてしまい、最近では少し足を伸ばして、こういった郊外の海水浴場で純朴そうな地元の女の子をひっかけるようになっていたのだった。

「じゃあ、俺は6人だな」

リョウはコウヘイの言葉を聞いて、強がってみせた。

「いいっスねー。じゃあ、行きますか」

二人はいよいよ浜辺に繰り出そうと、堤防の階段を降りようとした。
しかしそこには、水着姿の高校生くらいの女の子3人が、階段を塞ぐようにたむろしている。

「すいませーん。ちょっといいですかー?」

コウヘイはいかにも軽そうな言葉遣いで、少女達の間を通ろうとしたが、少女達は無言のまま、その場所をどこうとしなかった。

「ちょお、待って。ここは検問なんよ」

少女の中でひときわスタイルが良く、ビキニの水着を着た少女が、両手を広げて道を遮っていた。
少女の名はヒビキ。地元の高校生だった。

「はあ? 検問?」

「そう。ここでウチらがチェックしてるんよ。ウチらの海に入ってほしくない人たちをな」

ヒビキは明らかに二人に対して敵対的な態度だった。その横にいた二人の少女、シズカとカオリもまた、敵意むき出しの表情で男たちを睨みつけている。

「はあ? ちょ、待てよ。キミたちさあ、警察かなんかなわけ? 何の権利があって、そんなことしてんの?」

リョウはうすら笑いながら、少女たちに問いかける。
コウヘイもまた、ヘラヘラと笑っていた。

「ここは、ウチらの海やもん。よそから変なのが入ってくると、困るんよ」

可愛らしいワンピースの水着に身を包んだシズカが言った。
シズカは身長こそヒビキよりずっと低かったが、バストサイズはむしろヒビキ以上で、男ウケしそうなコケティッシュな女の子だった。

「最近、多いもんなあ。この辺でナンパしようとか思ってるヤツらが。そういうのがいると、ウチらが安心して遊べんから、怪しいヤツは砂浜に入れんようにしてるんよ」

競泳用のような水着を着たショートカットのカオリは、170センチはあろうかという長身で仁王立ちしていた。良く焼けた肌と広い肩幅、引き締まった体つきは、水泳部に所属していることを連想させた。

「いやいやいや。俺ら、そんなんじゃないからね。真面目に泳ぎに来ただけだから。入れてくれないかな?」

リョウはさすがに慣れた調子で弁解した。
こういった注意を受けるのは、実際、初めてではない。田舎の海水浴場には、こうしたうるさ方もたまにはいる。こんな少女達から注意されたのは初めてだったが、とにかくとぼけることが一番だと思っていた。

「そうそう。俺達、都会の海が騒々しくてさ。ちょっと離れたところまで泳ぎに来ただけなんだ」

ヒビキたちはそんなリョウたちの様子をジッと見て、何事か小声で相談した後、うなずきあった。

「ダメ。アンタら、この近くの海水浴場で噂になっとったからな。ちゃんと聞いてるよ。チャラい二人組が、ナンパばっかりして困りよるって」

ヒビキの言葉に、二人は心当たりがあった。
去年はこの隣町にある海水浴場に行って散々ナンパをしまくって、地元の若者とトラブルになりかけたのだ。

「ウチらの海では、そんなことはさせんよ。このまま帰ってもらうわ」

腕組みをして言い放つカオリの迫力に、リョウたちはちょっと気圧されたが、すぐに彼女達は年下なんだということを思い出し、再び笑いながら話しかけた。

「ま、待ってよ。それは人違いだよ。俺ら、去年はずっと湘南の方にいたもんな?」

「そうそう。この近くには来てないって。人違いだろ。だから、意地悪しないで入れてよ。キミたち、彼氏とかいるの? なんだったら、俺たちと一緒に遊ばない?」

言い訳しながらも、つい癖でナンパしてしまう。
その様子を見て、ヒビキ達はこの二人を絶対に海には入れないと決心してしまった。

「アホ。ちゃんと顔を見た人がおるんよ」

「バレバレなんよ、アンタら。」

「諦めなって。帰った方がええよ」

こうなるともう、開き直るしかなかった。トラブルはできるだけ避けたいが、ナンパをしていれば、こういうこともたまにはある。
相手は女の子三人なのだから、ちょっと怖がらせれば言うことを聞くだろうと思った。

「はいはい。もう分かったからさあ。ちょっと通してくれないかな。俺達も忙しいんだよね」

二人は、水着姿の高校生達に迫り、上から見下ろすような形で威圧した。

「キミたちさあ、高校生だよね? いい加減にしないと、お兄さん達も怒っちゃうよ?」

真っ黒に日焼けした体格の良い男二人に迫られても、ヒビキをはじめシズカとカオリは、動じる様子はなかった。

「ふうん。怒ったら、どうするん?」

挑戦的な態度に、リョウとコウヘイは顔を見合わせた。

「さあて。どうしよっかなー」

「まあ、痛いことはしないからさ。かえって、新しい楽しみに目覚めちゃうかもよ?」

いやらしそうに笑っている。
そんな二人を、ヒビキ達は冷たい目で見つめていた。

「そうか。残念やな。ウチらはアンタらのこと、痛くしてやるわ」

ヒビキはそう言うと、不意に右足をあげて、目の前に立っていたリョウの股間に膝を打ち込んだ。

「うっ!」

不意のことで、一瞬、何が起こったのか分からなかったが、すぐに下腹部から重苦しい感覚がこみ上げて来て、自分の急所が攻撃されたものだと悟った。

「くくく…」

しかし考えるよりも先に、リョウの体は反射的に股間を両手で押さえて、膝から崩れ落ちてしまった。
その情けない姿を、膝蹴りをくわえた当のヒビキは、冷たい目で見下ろしていた。

「え? なに?」

コウヘイの方こそ、何が起こったのか分からなかった。
ただ傍らで崩れ落ちた先輩に驚いて、目を白黒させている。

「はっ!」

すると不意に、シズカの小さな体が目の前でくるりと回転して、背を向けた。オレンジのワンピースに包まれた小さなお尻が目に入ったかと思うと、次の瞬間、コウヘイの股間にも衝撃が走った。

「くえっ!」

思わず、口から舌を飛びださせて鳴いた。
シズカは左足を中心に180度回転して、その勢いで右足の踵でコウヘイの股間を跳ね上げたのだ。
狙いどころは反則とはいえ、とても素人とは思えない、武道経験者の蹴り技だった。

「くぅぅ…!」

一瞬、両脚の踵が浮くほどの衝撃を受けたコウヘイは、踵が地面に着くと同時に、うつ伏せにべちゃりと倒れ込んだ。

「うあぁぁ!」

「ぐぅぅ!」

焼けたアスファルトの熱さも忘れさせるほどの激痛が、リョウとコウヘイの股間を襲っていた。
二人は金玉を両手で包むようにおさえて内股になり、最初はゴロゴロとアスファルトの上を転がっていたが、やがてそれもやめて、脂汗を背中いっぱいに溜めて無様に尻を上げながら痙攣していた。
ヒビキ達三人は、男たちが苦しむ様子を当然のような顔で見下ろして、やがてクスクスと笑いだした。

「痛いやろ? ウチらのキン蹴りくらったら、3日は痛むからな」

「キンタマぶら下げとる癖に、女に逆らうからそうなるんよ」

強烈な金的蹴りを見舞ったヒビキとシズカは、勝ち誇るように言った。
しかしその横から、カオリが不機嫌そうな様子で口をはさんだ。

「あのなあ、アンタら。またウチが蹴れんかったやん。ウチも蹴りたかったんやけど」

「あ。そうやったなあ。でもほら、二人しかおらんかったから。仕方ないわ」

「アホ。次はウチの番やって言ってたやろ。それを、なんでいきなりアンタが蹴るん? シズカもや。思いっきり蹴りよって。一発ダウンやない」

「あ、いや、ゴメンて。つい…」

憤るカオリに、ヒビキとシズカは申し訳なさそうに頭を下げた。
その間も、金玉を蹴られた男たちは奥歯を噛みしめながら、絶望的な痛みに喘いでいる。

「アンタらもなあ! 一発でへこむなよ! 男やったら、キン蹴りの一発二発、耐えろって!」

カオリの言葉に、もちろんリョウとコウヘイは反応することすらできない。

「いや、男やから一発なんやろ…」

ヒビキがつぶやいたが、カオリがキッと睨むと、あわてて知らんぷりをした。

「もう、我慢できん! ウチにも蹴らしてもらうからな。ヒビキ、シズカ! コイツら起こして!」

カオリの叫びに、男たちはうつむきながら背筋を凍らせた。

「えー。めんどくさーい。もう、ええやん」

「うるさい! やるったらやるんや! 早くして!」

「はいはい」

ヒビキとシズカはしぶりながら、うずくまっているリョウの両脇を掴んで、無理矢理引き起こした。
リョウは抵抗したかったが、まだ体に力が入らず、二人の女の子のなすがまま、ひざ立ちの状態になってしまった。

「よおし! いくよー!」

カオリは待ちかねたように、右足を鋭く蹴りだして素振りをする。
その蹴りの迫力に、リョウは青ざめた顔で助けを求めた。

「ちょ…。待ってくれよ! もうやめてくれって」

「ムリムリ。コイツ、言いだしたら聞かんから」

「キンタマ潰れんように、祈ってあげるな」

両脇を支えるヒビキとシズカは、いかにも他人事のようにしているが、その手だけはしっかりとリョウの体を支えていた。

「いや…。やめてくれ…」

リョウは必死に首を振るが、カオリは意にも介さなかった。

「いくよ! はいっ!」

鋭く振りぬかれたカオリの右足は、まるでサッカーボールを蹴るかのように、リョウの金玉をジャストミートした。

「あぷっ!」

リョウの呼吸はその瞬間、止まり、その目はグルリと白目をむいた。

「おー、いい蹴りやなあ」

「さすがあ。すごいすごい」

ヒビキ達が手を離すと、リョウの体はそのまま横倒しに倒れた。
リョウは一言も発しなかったが、口から泡を吹いて、打ち上げられた魚のように全身を痙攣させていた。

「うん。こんなもんやな。気絶した?」

「うん。なんか、丸くなってるな。面白いなあ」

「こないだも、このくらいやったっけ?」

女の子たちはその様子を、こともなげに見下ろしていた。
リョウの金玉にどれだけの痛みが走ったのか、彼女たちには絶対に想像がつかないし、また考えるつもりもなかった。
ただ、金玉を蹴られた男は必ず必死の形相で悶え苦しみ、ときには気絶することもあるということしか、彼女たちの知識にはなかったのだ。

「でもなあ。毎回思うんやけど、キンタマって不便やなあ。ただ痛いだけやんか。なんで男にはこんなん付いてるんやろ」

「アホ。キンタマがなかったら、チンポも勃たんのよ。エッチができんようになるわ」

「でも、それなら大事に体の中にしまっとけばええのに。何でわざわざ蹴り易いとこに付いてるんやろ?」

「それもそうやなあ。でも、ウチとこの犬はキンタマ取ってしまったけど、チンチンは大きくなるよ。本当はキンタマいらんのじゃないの?」

少女たちがあどけなくも恐ろしい会話をしているのを、コウヘイはうつむきながら聞いていた。横目に、先輩のリョウの無残な姿が映っている。
できればこの場からすぐにでも逃げ出したかったが、シズカに蹴られた金玉の痛みは深刻で、まだまったく体に力が入らない状態だった。

「まあ男のキンタマは、蹴られるためにあるってことやないの?」

「そうやなあ。男が悪させんようにな。でも、キンタマが付いてるから、ナンパとかするんやろうなあ」

「あ、そんならこうしよ。この海水浴場の入場料は、女は無料、男はキンタマ二つって」

「ええな、それ」

「でも、それやったら男は一生に一回しかここに来れんよ」

「ああ、そっか。そんなら、キンタマ一つにするか。よし。アンタ、立って」

コウヘイもまた、ヒビキとシズカに引き起こされた。

「よおし。キンタマもらうよー!」

カオリは再び、鋭い素振りをする。
コウヘイは三人の会話を聞いて、必死の思いで謝った。

「すいません。すいませんでした! もういいですから。もう海に入りませんから。勘弁して下さい!」

泣きじゃくりながら謝るコウヘイの姿に、三人は思わず笑い出してしまった。
大の男が高校生の女の子たちに必死に頼み込む姿は、確かに滑稽なものだった。

「そんな、遠慮せんでいいよ。入場料さえもらえれば、入れてあげるって」

「そうそう。キンタマさえもらえれば、いくらでも入っていいんよ」

「そんな…。すいません。許して下さい。お願いします!」

コウヘイの言葉を遮るように、カオリの蹴りが飛んできた。

「キンタマ一つ、いただきまーす!」

バシィン! という乾いた音と共に、コウヘイの意識は空の彼方に飛んで行った。
カオリの右足はコウヘイの股間に深々とめり込み、その睾丸を破壊した。
コウヘイの体は一瞬の硬直の後に一気に力が抜けて、彼もまた、先輩のリョウと同じように、白目をむいてアスファルトに倒れこんでしまった。

「おー。潰れた?」

ヒビキがコウヘイの様子を見ながら、言った。

「いや、どうやろ。わからん」

「触ってみようか。…うわっ!」

シズカがコウヘイの股間に手を伸ばそうとした瞬間、水着の股間のあたりが、じわりと濡れ始めた。

「あ、漏らしよった、コイツ!」

どうやらコウヘイは睾丸を蹴られたショックで、失禁してしまっていた。
横倒しに倒れた彼の股間から広がった染みは、水着をつたって焼けたアスファルトにも黒く広がっていく。

「あかーん。ばっちいなあ」

「もう、行こ行こ」

「でも、潰れたかどうかは…」

コウヘイの金玉の状態を確かめたいカオリを引っ張るようにして、ヒビキとシズカはその場を去っていった。
気絶したリョウとコウヘイが病院に運ばれるのは、それから数時間後のことだった。


終わり。

 



中島カナは、大学の教育学部に通う女子大生だった。幼少のころからクラシックバレエを習っていて、一時はプロを目指していたものの、現在は趣味として続けている。
これは、そんな彼女が大学3年の時に起こった出来事だった。




マンションのドアに鍵を差し込もうとした直前、カナは何か形容のし難い不安を覚えた。それは悪寒といってもいいようなもので、なんとなく、背筋に寒気が走るような感じがしたのだ。

「……」

ここは恋人のマサトが住むマンションで、彼らはすでに付き合って2年。1年ほど前から、半同棲のような形で暮らしていた。
今日はマサトは大学の授業もなく、バイトも休みで、朝から家にいるはずだった。
一抹の不安を感じながらも、カナは預かっている合鍵を差し込むと、できるだけゆっくりと、音がしないように回した。

「……!」

わずかに唾を飲み込む音さえも気にしながら、ゆっくりとドアを開けると、そこには見慣れたマサトの靴と、自分のものではない水色のハイヒールが転がっていた。
それを見た瞬間、カナは事態をのみこんで、さらに細心の注意を払って玄関の中に入り、ドアを閉めた。
部屋の間取りは1Kで、玄関を入り廊下の突き当たりにあるドアを開けると、10畳ほどのリビングがあるはずだった。
忍び足で廊下を歩き、ドアノブに手をかけた瞬間、カナは信じがたい声を耳にした。

「あ…! ああ…!」

それは明らかに、女の喘ぎ声だった。
状況は、自分が想像していたよりもずっと悪い。そう確信したカナは、リビングのドアにかけた手を一瞬止めた。

「ああ…! 気持ちいい…!」

ドアの向こうから、喘ぎ声は遠慮なく漏れてくる。
安物のパイプベッドがギシギシと軋む音も聞こえる。それは、いつもカナがマサトと二人で寝ているベッドだった。
意を決して、カナはリビングのドアを開けた。
その瞬間、女の喘ぎ声はぴたりと止み、沈黙の中、キイィ、とやけに大きな音を立てて、ドアは全開した。

「…あ…カナ…」

マサトは女に覆いかぶさり、抱きついている最中だった。二人はもちろん全裸で、その体勢のままリビングの入り口に立ち尽くしているカナを見ていた。

「なによ!!」

カナの口から、叫びともつかぬ怒声が飛びだした。
床に脱ぎ散らかされていた服を手に取ると、それを思い切りマサトに投げつけた。

「…! い、いや、これは…ちが…」

顔面に投げつけられたTシャツを払い、何事か弁明しようとするマサト。
その横っ面に、カナの強烈なビンタがとんだ。
パチィン! 
と、気持ちがいいくらいの音を立てて、マサトの顔は90度横を向く。
問答無用という、カナの意思表示だった。
そのあまりの剣幕に、ベッドに横になっていた女は慌てて服を拾うと、小走りにリビングを出て行ってしまった。

「よくも…! この、バカ!!」

人間、本当に感情が昂ぶったときには、気の利いた悪口など言えなくなるものらしい。カナの口を突いて出たのは、子供のように単純な罵声だった。

「バカ! バカ野郎!!」

それしか言えなかった。
一方のマサトも、冷静さを失っていた。

「…お前…ふざけんなよ…!?」

もともと、多少攻撃的なところはある男だったが、追い詰められた状況で、逆切れに近い思考状態に陥ってしまったようだった。
自分のやったことを棚に上げて、ビンタをしたカナが許せない、ということなのだろう。裸のまま立ち上がると、カナの肩を掴もうと手を伸ばしてきた。

「……!」

カナはほとんど反射的に一歩下がり、マサトとの距離を取った。
しかしその反応が、さらに相手の怒りを誘う。

「こないで!」

マサトがなおも近づいてこようとするので、カナは右脚を上げた。
クラシックバレエで鍛えられた彼女の体の驚くほど柔軟で、軽く振り上げただけでも、長身のマサトの胸に届くほどだった。

「うっ!」

カナの足の裏が、ちょうどマサトの鳩尾のあたりを直撃した。
向かっていった自分自身の勢いがそのまま、衝撃となって返ってくる。マサトの動きが、一瞬完全に止まった。

「……」

そのとき、カナは改めてあることに気がついた。
当然といえば当然なのだが、マサトの下半身にあるそれは、まさに真っ最中という様子で、いまだに天に向かって反り立っているのだ。
2年間、マサトと付き合ってきたカナにとっては、それはある意味で見慣れたものだったが、だからこそ彼女にとっては許せなかった。
自分以外の女に対して、そんな風になっているこの男を、徹底的に叩きのめしてやろう。その場で、そう決断した。

「なによ、みっともない。言い訳するなら、パンツくらい履いてからにすれば?」

心を決めたカナは、別人のように饒舌になった。
目の前にいる男に復讐し、制裁を加える。それはカナにとって初めての経験だったが、意外なほどすんなりとその感情を受け入れられた。

「くっ…」

鳩尾をおさえたまま、マサトは突っ立っていたが、やがてカナの言葉通り、床に散乱した服の中から、自分の下着を探そうとした。
その瞬間。
ペチン!
と、股間に衝撃を感じた。

「うっ!?」

カナの右足の甲が、マサトの金玉を蹴り上げたのである。
マサトの方から見れば、とても蹴りが届く間合いに思えなかったが、カナの体は柔軟性からすれば、ギリギリ射程距離だった。
その場から一歩も動くことなく脚を伸ばして、マサトの股間を蹴り上げたのだった。

「あ…く…そ…!」

マサトは思わず内股になって、両手で股間をおさえた。
ジーンとした痛みが、徐々に下腹部に広がっていく。

「バカみたいに大きくしちゃって。蹴ってくれって言ってるようなもんね」

確かにマサトのペニスは大きくそそり立っていたので、その下にある金玉袋をたやすく狙うことができた。
しかしそれにしては、ダメージは少ない。無理な体勢ではあったが、カナが手加減して蹴ったことは明らかだった。

「痛いでしょ? 前に話さなかったっけ? アタシ、キン蹴りが得意なの。浮気したらアンタも蹴っ飛ばすって、言ったよね」

カナは一歩近づくと、これ見よがしに、右脚を上げてみせた。
黒いニーハイソックスに包まれたその脚は、しなやかで、美しかった。
彼女はその気になれば、その場から一歩も動かずに、足先を頭の上まで上げることも可能なのだ。

「うるせえ! こんなもん、痛くねえよ!」

言葉とは裏腹に、マサトはその場から動けなかった。
座り込んでしまう程のダメージではないにしろ、足を一歩でも動かせば、下半身に痛みが走る。その程度に加減された蹴りだった。
少なくともカナはその言葉通り、金的蹴りの経験を十分持っているようだった。

「あっそう!」

突然、カナの右脚が翻り、鞭のようにしなって、マサトの顔面を襲った。
またしても横を向いたマサトの顔を、今度は逆の方向から、カナの蹴りが襲う。
次はその逆。

「うっ! あっ!」

カンフー映画で見るような、脚による往復ビンタだった。
一発一発にそれほどの威力はないが、何回もくらえば、心理的にもダメージは大きくなる。
ミニスカートの裾をまくって、軸足を少しも動かさずにこれを行うカナの身体能力に、マサトは改めて驚愕していた。

「ほらほら! キン蹴りだけじゃないのよ。えい!」

「くっ! この…!」

目の前でひらひらと動くカナの脚を捕まえようとしても無理なので、マサトは顔面をガードしようと、両手を上げた。
しかしそれこそが、カナの狙いなのである。
カナの右脚は素早く下がり、今度はマサトの脛のあたりを攻撃した。
もちろん、格闘家のローキックのような威力はないが、顔面かと思ったところ
へ意表を突いた蹴りだったので、マサトは体勢を崩してしまう。
目の前で大きく開かれた股間を、カナが見逃すはずはなかった。

「やっ!」

大きく一歩踏み込むと、白い太ももを股間めがけて打ち上げた。
グニャリとした玉袋の感触が、脚に残った。

「はうっ! ううぅ…!」

まだダメージが回復していないところへの蹴りで、マサトは先程以上の苦しみに顔をゆがめた。
しかしまだ、ダウンしてしまう程ではない。
怒りでアドレナリンが出ているということもあるが、それも含めて、カナはまた手加減していたのだ。

「く…ちっくしょう…!」

マサトは再び、股間を両手でおさえて、内股になる。
彼の動きを止めることが、カナの狙いだった。

「痛いの? さっき蹴られたばっかりなのにね。しっかり守らないからよ。バーカ!」

カナの言葉に怒りを覚えながらも、下半身をハンマーで叩かれ続けるような重苦しい痛みに、マサトは股間のガードを解いたことを後悔していた。
しかし、カナの復讐はまだ終わらない。
その気になれば、渾身の一撃でマサトを悶絶させることは可能だったが、じわじわと苦しめて、自分を裏切ったことを後悔させてやるつもりだったのだ。

「男って、かわいそうだね。軽く蹴っただけで、そんなに痛いんだ? でも、前から言おうと思ってたけど、アンタのそこ、小っちゃいんだよね。ちょっと蹴りにくいな」

「な…!」

「さっきのコにも、そう言われなかった? 体のわりに、小っちゃいんだねとか」

マサトの浮気相手の女は、どうやら裸のままトイレに逃げ込んだようだった。
ドアを閉めて、鍵をかける音がカナの耳にも届いていたが、彼女のことはひとまず置いておくつもりだった。

「アンタはさ、自分ではエッチがうまいつもりでいるかもしれないけど、アタシも半分くらい演技してたんだからね。たぶん、あのコだってそうだよ。勘違いしない方がいいよ」

こういうことを自分の彼女から聞けば、男としての自信とプライドが何よりも傷つくものだ。カナはもちろんそれをよく分かっていたし、ベッドの上でのマサトのやや傲慢な振る舞いを知っていたからこそ、言えることだった。

「てめえ…!」

歯を食いしばって、金玉の痛みに耐えているマサトだったが、さすがにこの言葉には怒りを燃やさざるを得なかった。
しかしそんな彼の顔を、再びカナのビンタが襲った。
パチィン!
と、すでに赤い紅葉模様がついていたマサトの頬を、カナの右手が張る。

「なによ?」

パチィン!
と、今度は左手で逆を張る。

「動けないくせに、偉そうにしないでよ!」

ここまで挑発されても、カナの言葉通り、マサトはその場から動けなかった。
ビンタを防ごうと手をあげれば、また股間を攻撃される恐れがある。
背中を丸めて逃げようとしても、カナは執拗に回り込んできた。

「この浮気男! 変態!」

罵声を浴びせながら、カナはマサトの顔や頭を叩き続けた。
やがて顔が真っ赤に腫れ上がり始めたころ、さすがに限界だと思ったのか、マサトの腕が顔面を守ろうとして股間を離れた。
そのまま頭を下げ、亀のように丸くなって、身を守ろうとする。

「バカ!」

しかしそれすらも、カナの計算のうちだった。
カナは素早くマサトの後ろに回り込むと、その背中を思い切り蹴とばした。

「うわっ!」

たまらず、マサトの体は前のめりに崩れ、両手を床に付き、四つん這いの状態になった。
この瞬間こそが、カナの最終目標だったのだ。
無様に四つん這いになったマサトの尻の間には、無防備な金玉袋がぶら下がっている。
金玉は後ろから蹴るのが最も痛いということを、カナはよく知っていたのだ。

「死ねー!!」

思わず、そんなことを叫びながら、カナの右脚は振りぬかれた。
パーン!
と、脛が尻肉に当たる音がしたが、カナの狙いはもちろんその下だ。
バレリーナ特有のしなやかな足づかいは、遠心力でその足首から下を鞭のようにたわませ、最大限のスピードでマサトの睾丸を打ち抜くことに成功した。

「はぐっ!!」

最初のビンタからこの瞬間まで、完全にカナの掌で踊らされていたことを、マサトは文字通り痛感した。
彼女の最初の金的蹴りは、大した痛みではなかった。まともに股間を蹴られたことのないマサトは、そこで完全に油断したのだ。女の金的蹴りくらい、自分は耐えられると。
そうしてくらった二回目の蹴りで、彼の体の自由は完全に奪われてしまった。そこからは、カナの一方的なリンチである。

「あ…ああぁ…!!」

四つん這いになった膝をガクガクと震わせ、そのまま横倒しに倒れてしまった。
両手は股間に伸びてはいたが、それは睾丸を守るというより、股間に挟まっているといった方がいいような状態だった。

「ハア…ハア…」

絶叫と共に足を振りぬいたカナは、肩で息をしていた。
その足先に感じた感触からすると、彼女の狙い通り、マサトに死ぬほどの苦しみを与えることに成功したようだった。
気絶させることなく、できるだけ長い時間、急所を攻撃される苦しみと痛みを味わわせてやりたかったのだ。

「この…バカ! もう…顔も見たくない!」

再び興奮しきった様子のカナは、吐き捨てるようにそう言った。
そして、部屋の中にあった自分の荷物の中で、めぼしいものをかき集めると、それをバッグに押し込んで、部屋を出て行った。
残されたマサトは、いつ終わるともしれない地獄の苦しみに、体を震わせることしかできなかった。



終わり。




ここはアメリカ。とある地方都市。
犯罪率が高いことで有名なこの街では、賢明な市民は、夜中に出歩くことはなかった。

バチィッ!

静まりかえった小さな公園の片隅で、突然、稲妻のような光が瞬いた。

バチッ! バチッバチッ!

光は徐々に大きくなり、白い球体となって、あたりを照らし始めた。
するとその中から、人間の肌のようなものが浮かび上がり、ゆっくりと人の姿を形作っていった。
やがて光が弱くなっていくと、そこには裸の若い女性が、白い背中を丸めて、うずくまっていた。
女性の肌は、夜露を浴びたように少し湿っており、長い金色の髪が肌に張り付いている。
ゆっくりと立ち上がると、濡れた髪をかき分けて、あたりを見回す。
まさしく一糸もまとわぬ全裸であったが、その肢体には贅肉など余分なものが一切なく、古代のギリシャ彫刻のように均整のとれた体つきだった。

「Y2よりマザーシップへ。目標の地点に到着。マザーシップ、聞こえるか?」

女性はその外見通りの美しい声で、しかし極めて機械的な調子で、つぶやいた。

<了解、Y2。こちらマザーシップ。通信は良好のようだ。この通信は、キミの聴覚器官に直接響かせているので、周りには聞こえない。現地の様子はどうだ?>

Y2と呼ばれた女性は、再びあたりを見回した。

「問題ない。事前の情報通りのようだ。これから、ω2との合流地点に向かう。合流予定時間は、こちらの時間で明日の午前7時だったな」

<了解、Y2。繰り返すが、キミの任務はその星での現地人の調査だ。今回、キミに与えられた肉体は、現地人の生殖適齢期のメスのものだ。その体を有効に使って、前任者ができなかった調査をしてもらいたい>

「ふむ…」

Y2は、改めて自分の体を眺めてみた。
ホクロひとつない白い肌、大きく膨らんだ胸、引き締まった腰回りと長く伸びた両脚。
どこかのミス・コンテストに応募すれば、間違いなく最終選考まで残りそうな完璧な肉体だったが、逆に言えば、どこか作り物のような印象も受けた。

「この星の地球人には、オスとメスがいるんだったな。見分ける方法はあるのか?」

<Y2、少し待て。……外見上の違いは、生殖の時に用いる生殖器が分かりやすいようだ。キミの体はメスだから何もないが、オスの場合、両脚の間に生殖器がぶら下がっている>

「両脚の間に? 地球人は、二足歩行をするんじゃないのか? オスは足を広げて歩いているのか?」

<ん? いや…そうでもないらしいが…。しかし、地球人は通常、肌を露出させないように、服というものを着て生活をしているようだ。生殖器は、生殖をおこなう時にしか露出させないらしい>

「服か。報告で読んだ。私も、服を着た方がいいのか?」

<可能ならば服を着た方が、任務を円滑に進めることができるだろう。どこかで服を調達しろ、Y2>

「了解、マザーシップ」

うなずくと、Y2は裸足のまま歩き出した。
身長は、180センチ近くあるように見える。大柄な彼女が、まるで機械のような正確さで大きく腕を振り歩き出すと、これまた大きな胸が、波打つように揺れた。

「マザーシップ」

<こちらマザーシップ。どうした?>

「この、胸の部分についている脂肪の塊は、必要なのか? 体のバランスがとりづらいのだが…」

両手でおさえるようにしても、掌におさまりきるものではない。

<Y2、それは地球人のメスにとって、重要な臓器の一つだ。その塊が大きいほど、オスが惹きつけられやすいという情報がある。今回のキミの任務の助けになるだろうから、我慢してほしい>

「そうか…」

Y2は不満げにつぶやいたが、歩き続けることにした。
公園を出て、石畳の路地に入ろうとしたとき、前方に人影が見えた。
何台も路上駐車された車の中の一つに、二人の黒人の男が張り付くようにして立っている。
男のうち一人の手には、バールのようなものが握られていて、どうやらそれを使って、車のドアをこじ開けようとしているらしかった。

「早くしろよ! おまわりが来るだろ!」

「ちょっと待てって…! ここにこう、差し込んで…。よし、開いたぞ!」

バキッっと何かを破壊する音がして、車のドアが開いた。
男たちは早速、車のダッシュボードや座席の上に手を伸ばし始めたが、その目の前を、全裸の若い女性が通り過ぎようとしているのに気がつくと、思わず手を止めてしまった。

「…おいおい相棒、ここはどこだ? いつからヌーディストビーチになっちまったんだ?」

「マジかよ。信じらんねえ。白人の女が、オッパイ揺らしながら歩いてるぜ。下の毛まで見える。ホンモノの金髪だぜ」

男たちは、明らかに昨日今日、犯罪に手を染めたという人柄ではなかった。
強いて言えば、すでに2,3回は塀の中と外を往復しているような、それくらい筋金入りのギャングのようだった。
当然のこととして、彼らは車上あらしを一旦中止して、目の前にいる極上の獲物を捕まえることにした。

「よお、ねえちゃん。どこに行くんだい?」

アフロヘアーの黒人の男が前に立ちはだかると、Y2はそこで初めて足を止めた。

「送ってくぜ。俺たち、たった今、車を買ったんだ。乗ってきなよ」

バールを持った男は、顔の半分がひげに覆われていて、身長は190センチはあろうかという大男だった。
ニヤニヤと笑いながら、なめまわすように体を見つめる男たちを前にして、Y2は無表情だった。

「こちらY2。マザーシップ、聞こえるか?」

<こちら、マザーシップ。Y2、トラブルのようだ。視覚情報を共有する。……なるほど。彼らは地球人のようだな。話すことができるか?>

「現地の言葉は理解している。やってみよう。できれば、この地球人たちから服を調達したい」

小声で、独り言をいっているかのようなY2を見て、男たちは笑った。

「ねえちゃん、何言ってんだ? なんかいいクスリをやってんのかよ? 俺たちにも、分けてくんねえかな?」

「お前たち、私に服を渡せ」

無表情に言い放ったその姿に、男たちは一瞬、きょとんとして、顔を見合わせた。
そしてその直後、弾けるように笑った。

「クッ…ハハハハ! なに言ってんだ、お前? 服をよこせって? ハハハハ!」

「よこせってよ、脱いでんのはお前じゃないのかよ、アハハハハ!」

男たちが腹を抱えるようにして笑っても、Y2は無表情なままだった。

<こちらマザーシップ。Y2、笑うということは、地球では友好的な意味を持つようだ。いい反応といえるかもしれない>

「なるほど。もう一度交渉してみよう。お前たち、私に服を渡せ」

再び男たちに言うと、突然、アフロヘアーの男がY2に近づいて、その胸を掴んだ。

「おおー! すげえ胸してんなあ。服なんか着ない方がいいぜ、ねえちゃん」

男は両手で胸を掴み、容赦なく揉みしだいている。
しかしY2は何も感じないらしく、男が下品な笑いを浮かべながら自分の胸を揉むのを、しばらく眺めていた。

「マザーシップ。これは、どういう行為だ。地球人にとって、友好的なものなのか?」

<こちらマザーシップ。……いや、Y2。その行為は、友好的ではない。それは生殖時の求愛行動に近いな。突発的な求愛行動は、地球人のメスの最も嫌うことの一つだ>

「そうか。では、やめさせよう」

そうつぶやくと、Y2は男の両手を掴んだ。
女性とは思えない強烈な握力が、男の手を捻り上げる。

「う…おおっ!」

Y2はそのまま、男の体を突き飛ばした。
その力も女性とは思えない、人間離れしたもので、アフロヘアーの男の体は一瞬宙に浮き、そのまま尻もちをついてしまう。

「てめえっ!」

バールを持った男は、仲間がやられたのを見て、かっとなった。
さきほど、車のドアをこじ開けたバールを振り上げて、Y2めがけて振り下ろそうとする。
しかしY2は、素早く手を伸ばすと、バールを持つ男の手首を掴んで、動きを止めた。

「マザーシップ、地球人に攻撃を受けている」

<そのようだな。Y2、その地球人は、キミの調査対象ではない。排除してもかまわない>

「そうか。速やかに排除する訓練をしたい。地球人を行動不能にするために、もっとも有効な部位はどこだ?」

<少し待て、Y2。……その地球人は、オスだな?>

「分からない。生殖器が見えない」

Y2は、男の股間を覗き込んだ。
その顔面に、男が逆の手でパンチを打ちこもうとしたが、あっさりと止められてしまった。
両手を掴まれて、男は棒立ちになってしまう。

<顔面に発毛するのは、大部分のオスの特徴だ。オスならば、かなり有効な攻撃箇所がある。さっき説明した、生殖器だ。オスの生殖器に、下から打撃を与えてみろ。そうだな、その状態なら、膝で蹴るのがいい>

「了解した」

Y2はうなずくと、膝を曲げ、男の股間に思い切りめり込ませた。
長身の男が宙に浮くほどの衝撃で、グニッとした感触が、Y2の白い膝に伝わる。

「ぐえっ!!」

男は一瞬、カエルが潰れたような声を上げて、目を大きく見開いた。

「これでいいのか、マザーシップ?」

両手を掴まれたまま、男はブルブルと震えだした。

<そうだな。念のため、もう一回蹴ってみろ>

「了解」

と、Y2は再び膝を股間へ跳ね上げた。

「あがっ!!」

男の口から白いものが飛び散り、バールが地面に落ちる、高い音がした。
すっかり力の抜けた男の両手を離してやると、大きな体が、糸の切れた人形のように石畳の上に倒れた。

「マザーシップ、こちらY2。成功したようだ。地球人は、生殖器が弱点なのか?」

<Y2、よくやった。生殖器が弱点なのは、地球人のオスだけだ。オスの生殖器は体の外部に飛び出していて、そこには痛覚神経が集中しているので、わずかな衝撃でも有効なようだ>

「そういうことか」

Y2は納得した様にうなずいて、倒れて動かなくなってしまった男を見下ろした。

「意識がないようだ。かなりの痛みを感じたらしい。しかしなぜ、この地球人のオスは、そんな危険な臓器を薄い布で覆うだけにしておいたんだ? 合理的ではないな」

<こちらマザーシップ。Y2、過去のデータと比べてみると、その地球人は、知能の低い種類に属しているようだ>

「そうか」

Y2がやり取りをしている間に、アフロヘアーの男が立ち上がっていた。

「て、てめえ! 何なんだ、てめえはっ!」

凶器を持った大男の相棒が、全裸の女性に一瞬で気絶させられたのを見て、アフロの男は動揺しているようだった。
Y2は無表情なまま、ゆっくりと男を振り返った。

「マザーシップ、私の身分を明かしてもかまわないか?」

<Y2、現時点で情報をかく乱する必要はない。大多数の地球人は、我々について知識をもたないはずだが、試してみるといい>

「了解した。地球人よ、私はY2。お前たちの言葉でいう、ウォルフ359という恒星系からやってきた者だ。地球の調査をするために、ここに来ている」

「……あぁ?」

動揺していたアフロの男は、狐につままれたような感覚で、混乱してしまったようだった。
ハリウッドスターと比べても、何ら遜色のないような金髪の美女が、全裸で目の前に現れ、自分は宇宙人だと告白している。
一体、どう対処していいのか、彼ならずとも、よく分からない状況だった。

「それで…つまり、お前は…」

「地球人よ、お前に協力は求めていない。しかし、私は今から、お前の仲間の服をもらう。邪魔をするな。邪魔をすれば、お前の生殖器にも攻撃を加えるぞ」

「は…はあ…?」

アフロの男は、ますます混乱した。
生殖器、などという言葉を、彼は生まれてこの方、使ったことがなかった。
男が自分の言葉を理解していないことが、Y2にもかろうじて伝わったようだった。

「こちらY2。マザーシップ、この地球人も、知能が低いようだ。会話にならない」

<Y2、キミには一般的な言葉のボキャブラリーが欠けているようだ。少し待て。……よし、こう言ってみろ…>

「…了解した。ねえ、アンタ!」

マザーシップから通信を受けたY2は、急にやさぐれた女のような声を出して見せた。

「アタシは今から、このタマ無しの服をいただくんだからね。キンタマ潰されたくなかったら、引っ込んでな!」

それはスラングをふんだんに使った、完璧な脅し文句だった。
およそY2のような金髪の美女から出るとは思えない言葉だったが、アフロの男は、ようやく自分の国の言葉でも聞いたかのように、理解ができた。

「な、なんだと、てめえ!」

激高した男は、尻ポケットから細いナイフを取り出して、それをY2に向けながら近づいてきた。

「マザーシップ、地球人が武器を取り出したぞ。状況は悪化したようだ」

<Y2、予想外だ。肉体が損傷すると面倒だ。速やかに排除しろ>

「了解した」

Y2がうなずくのと、男がナイフを振りかぶるのが、ほとんど同時だった。

「死ねっ!」

首筋を狙ったナイフは、しかしむなしく空を切り、素早く身をかわしていたY2に、男は腕を取られてしまった。

「う…おぉっ!」

先程と同じように、あるいはそれ以上の力で、Y2は男の腕を捻り上げた。
たまらず、男がナイフを落とすと、Y2はそのまま男の体を、腕一本で持ち上げてしまった。

「うおっ! おおっ…!」

男はつま先が宙に浮くと、慌てて両足をジタバタと動かした。

<いいぞ、Y2。そのまま、そのオスの生殖器を手で掴んでみろ>

「こうか?」

Y2はもう片方の手を、男の股間に伸ばした。
そしてそこにある膨らみを掴むと、ためらいもなく握りしめたのだった。

「ぎゃあーっ!!」

男の股間に、恐ろしい痛みが走った。

<やりすぎだ、Y2。少し力を抜いてやれ>

「そうか」

Y2が力を緩めると、潰れる寸前までいったかに思えた男の股間は、いくらか楽になった。
しかしそれでも、急所を握られている痛みに変わりはない。

「マザーシップ、この、二つの丸い臓器が、オスの生殖器なのか?」

<そのようだな。そこで遺伝子を生産し、その上にある管状の器官を通して、体液と共にメスの体内に送り込むらしい>

「なるほど。重要な臓器なだけに、敏感にしているということか。興味深い進化だ」

Y2はつぶやきながら、男の睾丸を手の中で弄ぶように転がし続けた。
その態度には、新種の虫でも観察しているかのような冷静さと、あくまで学術的な好奇心がうかがえた。

「痛いか?」

Y2は男に尋ねた。
男は腕で吊り上げられたまま、大きなアフロヘアーを揺らして、必死にうなずく。

「どのくらい、痛い?」
 
「はっ…はあっ…!」

男は何か叫ぼうとしたが、声にならなかった。

「呼吸器官にも影響が出ているようだ。自律神経系にも作用しているのか。もう少し強く圧迫してみよう」

<了解、Y2>

股間を握りしめるY2の手に、一層の力が込められた。

「ううーっ!! ううっ!! ぐっ…!」

約数秒間、潰れる寸前まで睾丸を圧迫されたことで、男は意識を失ってしまった。
必死にもがいていた状態から、突然、ガクンと首を落とし、全身から力が抜けてしまっている。目は開けられたまま白目をむき、口元から細かい泡が噴き出しはじめた。

「意識を失ったようだ」

Y2が手を離すと、男の体はドサリと地面に落ちてしまった。
見るからに凶悪そうな黒人ギャング二人が気絶している横に、全裸の白人女性が立ち尽くす、奇妙な光景となった。

<Y2、こちらマザーシップ。問題はないか?>

「こちらY2。外傷、その他異常なし。任務遂行に問題ない。この地球人の服をもらう」

Y2はしゃがみこむと、機械的な動作で気絶している男の服を脱がし、なんのためらいもなく、自分でそれを着た。
やがて立ち上がると、そこには男物の服を着た、スタイル抜群の美女がいることとなった。

「こちらY2。地球人の服を手に入れた。これより、任務に戻る」

<了解。Y2、そのまま通信を続けてくれ>

Y2は少しあたりを見回すと、何事もなかったかのように、夜の街に消えていった。




終わり。


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